「……で?」
スタッフ及びSeeD達の姿が見えなくなって漸く、スコールは二人を振り返った。
「い、いやー……良く考えたらオレはお邪魔だよな、退散するわ」
「は?」
だがゼルの反応はスコールの予想の範囲外だった。
「いや、さすがにマズいんじゃないかと思ったケドよ」
「何が?」
じりじりと後ずさりながら、ゼルは奇妙に引き攣った笑顔を浮かべている。
「試験もう終わってるし、オレが口出すことじゃないよなーなんて思い直して、あはは……」
「おい、だから」
スコールを無視してそこでぐっと握り拳。
「気張って! しけ込んでこい!」
ゼルの後ろから巨大なヌンチャクが飛んできて、派手な音を上げた。カコーン。派手な割には軽い音だ。中身がないのかもしれない。と、現実逃避したくなった。
ああ詰まるところ何だ、セルフィと二人で夜中のアレコレを疑われてたわけか、と痛む額を押さえる。セルフィが殺っていなければ自分が殺っていたかもしれない。字が不穏当なのは御愛嬌だ。どうせ殺しても死なない。アレだから、とは言わない。
「行こっ、スコール」
屍となったゼルを、物よろしくセルフィが乗り越えて寄ってくる。廊下での抜刀は禁止だが、市街での戦闘は……まぁ、良いか、とスコールも転がった物体に軽く手を合わせた。要するにケアルを掛けた。
「何処に?」
「あたしはこの街、知らないよー。スコールが、調べに行くんでしょ?」
その通りではあるのだが、時間が時間だ。このままでは本当にゼルの言ったとおりになってしまう。いやならないならない。
「今日は取り敢えずもうチェックインに行くぞ」
「これ、どうする?」
ヌンチャクで指された屍を見遣る。本当にあっちもこっちもどうしよう。途方に暮れる。表情に出ないのはもはや奇跡だ。
「ゼルの実家を知ってる」
適当にだが。という言葉は飲み込んでおく。
「送ってく?」
「あんたは何で残ったんだ?」
セルフィは無視して笑いながら膝を折ると、ヌンチャクをあちらに戻してゼルの頭を持ち上げた。
「送ってこ?」
二人がかりでディン宅に運ぶ道半ばで当のゼルも目を覚まし、セルフィに散々説教されて誤解を詫びていた。その調子でキスティスも説得してくれ、と内心勝手なエールを送るが、裏を勘繰るタイプのキスティスの場合は説明すればするほど疑われるだろう。頭が痛い。
「で、結局何なんだよ」
「結局何なのー?」
何一つ知らないままでどうして人にくっついてこられるんだコイツらは。ぐっと拳を握って耐える。
「調査」
言ってから気が付いた。「何一つ知らないままで」ではない、先程セルフィは言っていたではないか。
(スコールが、調べに行くんでしょ?)
自分はそこまで気取られるような表情をしていただろうか、と額に皺を寄せる。他人に内心を探られるのはあまり気分の好いものではない。
「何の調査?」
案の定、ゼルには知られていないのがまだしもの救いだった。
「それよりーぃ、早くチェックイン、しよー」
「時間も時間だしな。さっきも言ったけど、別にオレんちでもいいぜ?」
「ゼル様ってば太っ腹ぁ!」
「あ、でも客間だかんな! オレの部屋は聖域だから入れねーぜ」
「エロ本隠してあっても驚かないよー?」
「違ェって!」
「一冊もないのも、それはそれで不健全ー」
「う、いやゼロとは言わないが……」
「やっぱりぃ」
すっかり打ち解けている二名のそばでさりげなく少年は落ち込んだ。
『……不健全で悪かったな』
学生寮の相部屋の片割れはサイファーだった。ティンバー辺りで女を侍らしているらしいサイファーに、そんな本なんか見付かったら確実に笑われる。絶対に笑い飛ばされる。むしろ同情されたりしたら一生立ち直れない。
「どうでも良いからおまえたち、夜中にそんな大声でそんなこと喋ってるなよ……」
「はーい班長代理、夜話さないならいつこういうこと話すの?」
そんなこと訊かれても困る。
結局スコール達は、ゼルの勧めには従わず、ホテルに宿泊することになった。実家のそばでホテルに泊まるなんて何て不良的! とゼルは感動した体でベッドに転がり飛び跳ねていたが、スコールには良くわからない。実家というものがない。
「そういえば訊こうと思ってたんだが」
「うん?」
ゼルがシャワーを浴びてる最中の話だった。風呂上がりのセルフィは鏡に向かって髪を乾かしており、それは当然外に跳ねてなどいない。女って面倒だな、とはスコールは思わない。自身もお洒落には気を遣うほうだ。正確に言えば、だらしくなくしたことで与えられる周囲の視線に対して気を遣う、かもしれないが。
「あんた、サイファーのこと知ってたのか?」
「え、そりゃはんちょーだし」
「そうじゃなくて、えー……、逆だ」
(セルフィ・ティルミット)
苦々しく声を発したサイファーの貌を良く憶えている。
「伝令伝えたとき、サイファーがあんたの名前を知ってただろ」
「ああ……うん。ねぇ……」
何故か鏡に映るセルフィまでが、あのときのサイファーと似たような、苦虫を噛み潰したような貌になった。ドライヤを止めて振り返ると、妙に真剣な表情で口を開く。
「何でだと思う?」
「はぁ?」
「会ったこと、あるような気がする。でも知らない。これ、何?」
「それは……」
(スコール……また会えたね)
既視感を覚えた。
「サイファーはあたしのこと、知ってたよね?」
スコールは押し黙った。
SeeDは通常、ガーデンの外では互いを苗字では呼び合わない。使用するのは名前のほうだけだ。面倒を避けるための知恵ではあるが、それは同時に、苗字を知っていればそれだけで同士だという証になることも多い。
(セルフィ・ティルミット)
サイファーは、知っていた。スコールとの出会い頭にセルフィが苗字を名乗ったあのとき、サイファーは既にして教室から遠く離れていた。
「あ、はんちょーしか聞いてなかったんだ、あたし。君の名前訊いても良い?」
「スコール・レオンハートだ。尤も孤児だから、本名かどうかなんて知らないが」
「あ、あたしもー。多いよね、あたしたちの時代」
「ゼルは」
「もう知ってる」
軽く笑った。先程、ディン家に行くの行かないの騒いでいたのはゼル本人だ。この街で隠す意味もないことだろう。
「サイファー、さ」
「うん?」
「セイレーン、キスティス先生にあげてたでしょー……」
「ああ……」
前のエルヴィオレの中に潜んでいたガーディアン・フォースだ。
「サイファーはガーディアン・フォースが嫌いなんだ」
「ふーん。やっぱりジャンクションしてなかったよねぇ……。一切使わないんだ?」
「ああ」
「……受かるの?」
「いや、多分……あんたの言ったことが推測でないとしたら、……」
(あたしの勝手な推測だけど)
「だよねー……」
(多分、筆記の内容じゃなくて、適性検査のほうで合格と不合格、決めてると思う)
どれだけ適性があったとしても、ガーディアン・フォースを使わないSeeDならば、SeeDたり得ないのではないか?
「サイファーは、もしかしたら、……」
「もしかしたら?」
「……何度も何度も試験を落ちてる、資格は充分なのに。でもそれは、受からないんじゃなくてもしかしたら」
「……」
「受かって……SeeDになりたくないだけなのかも、しれない……」
(戦闘が終わっても生きてるってことは、確実に夢の実現に近付いてるってことだ)
サイファーの夢がSeeDにはないことは、もうわかっている。
「スコール、風呂空いたぜ! ってうお、何お見合いしてるんだよ!」
タイミングの悪いゼルの誤解が解ける日は遠そうだ。
チェックアウトを済ませたスコール達が向かった前は駅だった。
駅と酒場は情報収集の拠点。とは言っても、スコール達の年齢では酒場では追い出されるのか、精々がミルクを御馳走されるのがオチである。酒と煙草は二十四歳から。少なくともガーデン関係者に見付かる可能性の高い場所で堂々と呑める猛者は居まい。
「いえ、特には……。ダイヤは……通常通り運行しているんですが……」
今度ガルバディアに仕事に行くのだが何か変化はあるか、とSeeDの振りをした一般制服のスコールがしれっと情勢を訪ねると、駅員は歯切れ悪くそう答えた。歯切れが悪いのはこちらを疑っているからという風ではない。駅員自体が何かしらの違和感を感じているためだろうと思われた。
「ですが、何ですか?」
「ううん……、どうも、ガルバディアからの観光客が少ないんですよね」
それが何を意味するのか、スコール達にはいまいち掴みかねた。先日トラビアから来たばかりのセルフィには尚更のことだろう、頭上に大量のはてなマークを浮かべ、首を傾げていた。
「観光客が少ないとー、問題なのー?」
小声でスコールに訪ねてくる。
「さぁ……」
「いえいえ、まだ問題かどうかはわかりません。単純にデリングシティで大規模なパレードが今度あることが発表された影響でしょうし。ただ……」
あんまり大きな声じゃ言えないんですけど、と駅員は声を落として続けた。
「経験上、ね。ガルバディアが何か大々的にやらかすときって、ほら、あんまり良くない戦争関係の発表じゃないですか……」
現ガルバディア政権が誕生したのは十八年前のことだ。東の大国たるエスタの魔女、アデルが起こした第二次魔女戦争が一旦の収束を見せた直後、ビンザー・デリングは新たなガルバディア大統領として就任し、国として覇権主義を打ち出した。その政策はエスタの恐怖に縛られていた国民に受け入れられ、デリングは次々と近隣諸国を蹂躙し、制圧して領土を広げていった。
国税を湯水のように使い、徴兵で国民を駒のように扱うデリング政権の支持率は、当然高かった位置から地に落ちていったが、その頃には既にして反政府的な言動を取った者は即刻収容所送りとなる体制が出来上がっていた。デリングは終身大統領となり、彼の側近はすべてイエスマンで構成されるようになって久しい。もはやデリングはただの独裁者であった。
パレードだのとお祭り騒ぎを装ってはいても、それがお祭り騒ぎであればあるほど、デリングの目が光らないわけはないのだった。と言うよりも、デリングの意向に沿う形でのパレード開催だと考えたほうが自然だ。駅員の指摘は至極真っ当であった。
「パレードの内容は……?」
「さて、私はそこまでは。マスコミ関係者くらいには漏らされてるのかもしれませんが」
お役に立てなくてすみません、と駅員は頭を下げた。この国でSeeDの身分は絶対的なものである。騙している罪悪感を多少感じた。これがもしガルバディア兵の騙りだったりしたら、この駅員の命はないだろう。
この街ではそのようなことなどないのだと、SeeDとガーデンが信頼されている証ではあるかもしれなかったが。
「で……結局何なわけ?」
人気のない裏通りに入ったところで、ゼルがこっそり尋ねてきた。今迄話題に出すのを我慢していたのだろう、期待の入り交じった視線がスコールには痛い。セルフィも口を出すつもりはないようで、黙って二人を眺めている。
「ドールの電波塔」
「うん?」
「ガルバディアがドールを攻めた理由、わかったか?」
「ん? ん? いつもの牽制……じゃなくてか、やっぱ電波塔なのか?」
「まだわからない。ただガルバディアでパレードがあるんだとしたら、電波塔と繋がるとは思わないか」
ゼルは首を傾げ、セルフィは顎に手を当てて何某かを考え込んでいる。
「電波塔の必要な、有線放送の繋がらない地域、だ」
「エスタ!」
ゼルの声が上がった。
「声が大きい」
「わりッ。てかそうか、つまりエスタへの宣戦布告イコール凱旋パレードってこったな?」
「まだ勝ってないから凱旋はおかしいが、まぁそれに近いだろうな」
他に考えられるか? と言わんばかりにスコールが二人を見渡す。
「ンでも、パレードするほど今回の作戦? 侵攻? に自信がある? ってことじゃ?」
「自信は……あるだろうが……」
「んーでも」
ここに来てやっとセルフィが口を挟んだ。
「何か変だよね? 完全にイコールではないよね?」
「何で?」
「ガルバディアは他国侵攻のときに、宣戦布告したことはー、ない」
「だからそんだけ自信があるってことじゃ」
「勿論その可能性もある。せやけど」
『せやけど?』
聞き慣れない言葉にスコールは首を傾げた。トラビアの言葉だろうか。
「エスタが自信ありげな宣戦布告に怯むような小国なら、確かにそれも効果的ではあるのねー。たださ、エスタはほら、違うじゃない?」
領土面積、人口、経済力、科学力、文化水準、地形。どれをとっても東の大国エスタは、世界一の大国で間違いなかった。だからこそ、あのデリングが十八年も攻め倦ね、地味に地道に国力増強に努めてきたのである。
それを今更崩すというのは。
「つまり宣戦布告は何らかのブラフだってか?」
「じっつは友好路線に切り替えましたー、なーんて」
「もしくは、……あのエスタですら怯むほどの、何か。この場合――」
考えられるのは一つしかなかった。
「……魔女大戦再びは……勘弁してーなぁ……」
ゼルの声が虚しく響いた。