やはり十五分では無理だったようだ。
「お疲れ様……えーと」
中央広場からすぐに戻ってくると思われた教え子達の、到着時間と息も絶え絶えの様子に、キスティスは苦笑いで言葉を詰まらせ、シュウは腹を抱えて大笑いした。
「B班……ヒトハチゴーロク、撤収完了……」
「えーっと、わたしA班なんですけどぉ……」
「残念ながらA班の船はもう出航したわ。B班の船に乗っていきなさい」
「はぁーい……」
そんなわけで無事高速上陸艇に乗り込んだ四人は、堅めの椅子に身体を沈めたのだった。
襲ってくる疲労のままに眠気に誘われたいところではあったが、まだ試験中、そのような真似は許されないだろう。
自分達はまだ自業自得だから仕方無いが、スコール達と同様走らなければならなくなったSeeD試験の監察官達は、堪ったものではなかったろうと思う。それともサイファーの参加する試験ではこの程度のことは毎度お馴染みのことなのだろうか。
ルブタン・ビーチに戻ってきたとき、遅れてガーデンスタッフも海岸に走り降りてきたが、酷い有様だった。残されたスタッフ用上陸艇に乗り込みながら、彼等がこちらを恨めしげに睨め付けていたのは気のせいだと思いたい。
扉の閉まる前の高速上陸艇内部から半眼のガーデンスタッフのむこうに見た電波塔は、来たときとは違い、最上部の指向性カセグレンアンテナが天に向かって開いていた。いつのまにやら再起動は完了していたらしい。あの残されたガルバディア兵は職務を全うしたのだろう。
『でも一体何のために?』
ドールの電波塔は形状から判断するに、赤道上空に位置する静止衛星に対してアップリンクを確立するためのトランスミッタのはずだ。電波放送用の人工衛星は停波後の今もトランスポンダとして待機してはいるだろうが、仮に地上からの電波を受け取って正常に変換できたとしても、変換前のデータが、或いは変換後のデータが正しいことは決してない。アップリンク時に既にノイズが混じるのか、それともダウンリンク時にノイズが混じるのかはスコールも知りはしなかったが、地上波の現象から推察するに恐らくはアップリンク時に既に輻輳していると思われる電波は、いずれ地上で受信する際には完全に使い物にならない。
使い物になる有線ネットワークをではなく無線を必要とした理由。ひとつしか考えられなかった。
『エスタへの放送……』
ガルバディアの有線放送が届かない地域。それは二大陸存在していたが、そのうち一つは住まう人間の殆ど居ない不毛の地ということを考えれば、対象はもう一つしかなく、そこに対しての放送がどうしても必要になったのだろう。機械大国と名高いエスタならば、恐らくレシーバも作動していると推測することは容易いし、ガルバディアならば確証を得ていても不思議はない。
とでも考えなければ、今回のガルバディア軍の動きはあまりにも不可解であった。実際に電波が使用できるかできないかはともかく、電波を使用する必要に駆られた、ということだ。望んだ結果が出るかどうかは博打なのだろうか。
『いや……そんな甘い国じゃないか』
電波の干渉を抑止する手段が見付かった、と考えたほうが賢明かもしれない。元々電波障害は特別な何かがなくとも日常的に起こる現象である。十七年もあれば技術の進歩により講じる対策が見付かった可能性は高い。その上で敵国に対して何らかの放送をするつもりなのだろう。
『また……大戦か?』
「そうだ、先生。さっきガーディアン・フォース見付けたんだけどさ」
思考を遮ったのはゼルの言葉だった。
「あら。モンスターの中に居たの?」
「あーさっきの」
「エルヴィオレの中に居たんです」
「エルノーイルの変種? ガルバディア大陸に珍しいわね。街中?」
「う」
突っ込まれると痛いところだ。
「……今は言及しないでおきます。あとでスタッフに言って登録しておいて頂戴」
「はーい……」
キスティスは笑って見逃してくれた。やはりサイファーの試験では多少のイレギュラーな出来事など茶飯事なのかもしれない。
と思っていると、件のサイファーは、やおらキスティスの手首を掴んでその身体を引き寄せた。
「おい先生」
色気付いた兄ちゃんはどっちだ、と目を丸くしていると、
「持ってけ」
と、キスティスにその場を明け渡して身体を離し、サイファーは不機嫌そうに椅子に身体を沈めた。紫の光がかすかにその場に残っている。
「……サイファー、あなたねぇ」
「俺はソレはいらねえ。オーケイ?」
キスティスはわざとらしく盛大に溜息を吐いて肩を竦めた。既にして彼女には件のガーディアン・フォースが宿されている。
「バラム港に到着するまでが試験です。着いたら自由よ。SeeD認定式があるから、日が暮れるまでにはガーデンに戻ること」
「着いたらもう暮れてませんか?」
ゼルが質問する、とサイファーが吹き出した。
「日暮れどころか日が回ってるぜ」
「え? けどよ、行きに二時間ちょっとだったのにそこまでは行かないだろ?」
「時差とか日付変更線とか知ってるか、チキン」
背もたれの縁に頭を預け、顎を上げて呆れたようにサイファーは吐息する。
「試験前に時計を動かしただろうが。明日着いたら今日のままだぜ」
「……つまりどういうこと?」
「そういうことよ」
会話の続きはキスティスが引き取った。
「バラムで一泊していっても良いわよってこと。尤も……」
ガーデンに帰っても良いけどね、とキスティスは付け足し、尚も考え込んでいるゼルに肩を竦めると、サイファーをちらりと見遣る。どちらの意味にとって良いのか一瞬スコールは悩んだが、考えるだけ無駄だとすぐに放棄する。
日付変更線はバラム大陸とガルバディア大陸の間を縦断している。バラムを出航したのが二十日の夕方、その二時間後に到着したはずのドールでは二十一日になっている、という寸法だ。時差は三時間。ドールをドール時間で午後七時半に出航したので、行きと同時間掛かるとして計算すると、バラム到着はバラム時間でドールでの試験日の零時過ぎになる。
「宿泊費はー?」
ひどく現実的な質問をセルフィが挙げた。キスティスは苦笑する。
「自腹です」
成程、結局はすぐに帰ってほしいというのが本音らしい。正確に言えば、その間に問題を起こせばたとえ合格基準に達していたとしてもSeeD落第、ということなのだろう。
「夕方六時にSeeD認定式がありますから、どちらにしてもそれまでには帰ってね」
「はーい……」
良かったら家に泊まるか? というゼルの声だけが浮いていた。
「サイファー!」
バラム港では、件の取り巻きが主の帰りを待っていた。忠義心に厚いことだ。
「どうだった?」
風神と雷神である。彼等が今ここに居るということは、ドールからの撤退にはバラムにもそれと知れるだけの情報が入ってきていたということだろうか。
『いや、ずっとここで待ってたということもコイツらならあり得るか……』
サイファーは大袈裟に首を振ると、
「皆で俺の足を引っ張りやがる」
と溜息を吐いた。
「全く、班長ってのは大変だぜ」
全く、班長を選べないというのは大変だ。ゼルとスコールが白い目で見守る中、班長殿は二人を引き連れて港を出て行ってしまった。チームで行動の義務は既にしてないことは確かだろうが、全く以てチームメイトを労ろうという心のない班長である。
「お疲れ様!」
スコール達の下船時にはシュウと話し込んでいたキスティスが、今やっと港に上がって生徒達を見回す。
「……サイファーは?」
「先に――」
「あーっ!」
スコールの言葉はゼルの絶叫によって遮られた。
ゼルの視線の先を見遣ると、スコール達の乗ってきた車が動き始めている。当然港には背を向けて、既に方向は市街を向いている。先程のキスティスの視線は、こちらの意味だったようだ。サイファーはいつも帰宅組なのだろう。だからと言って人を置いていくことまでもし普段通りなのだとしたら、キスティスのほうを恨みたいところだ。
「まったやられた、お得意の個人行動!」
「えーっと……何?」
「あれ! 俺達が乗ってきた車!」
状況が呑み込めていなかったのだろうセルフィが、やっと慌てふためいて挙動不審に身体を揺らす。
「じゃ、帰りはー?」
「それは何とでもなるけど……」
「ていうかA班の車はーッ?」
「……おまえンとこもかよ……」
スコールは額を抑えた。もう滅茶苦茶だ。
「仕方無いわね」
キスティスが助け船を出した。
「あなたたち、帰る気なら教員用車輛を用意するけど、どうする?」
どうやらさすがにあそこまでのことは「普段通り」ではなかったらしい。
「えっとー……」
「俺はバラムに一泊していきます」
スコールの言葉に、キスティスのみならず、セルフィまでもが目を剥いてこちらを凝視した。こっちも普段通りじゃなくて悪かったな、と胸中ぼやく。
「良いんだろ?」
「え、ええ……構わないけど」
キスティスの狼狽に気付かぬ体を装って受け流す。
「……あたしもバラムに泊まってきまーす」
すると何故かセルフィまでもが乗ってきた。視線を遣ると笑顔を返される。怖い。
「ちょっ……お、オレもッ、オレも残ります!」
ゼルまでもがこの始末だ、何なんだ一体。
頭痛を覚えてスコールは天を仰いだ。大きな月が暗闇に浮かんでいる。夜は長そうだ。
日が暮れるまでにガーデンに戻ることと言っている。この際バラムの背景が青空だったこともあり、SeeD候補生達は高速上陸艇で一泊したのではないかと言われることもあるが、確実に次の日以降になっているSeeD初任務で電波塔再起動が
長い間放置されていたけど、昨日ガルバディア軍が再起動したんだと言われている。これを矛盾無く解消するためには、午後8時のバラムは日が暮れていないとするか、一昨日の出来事を昨日と錯覚させる何かが必要となる。個人的には前者のほうがすっきりするとは思うが、一応話としては後者の設定を採用し、日付変更線と時差の概念を取り入れる。
時間 | スコール達 | その他 |
---|---|---|
魔女大使就任パレードの準備が進み、ガルバディアからの観光客が減る。 | ||
20日午後4時 | SeeD候補生、ホール集合。 | |
20日午後4時45分 | SeeD及びSeeD候補生、バラムに到着。 | |
20日午後4時45分 | SeeD及びSeeD候補生、ドールに到着。 | 約30分の航行。 |
20日午後5時10分 | B班、待機開始。 | |
20日午後5時45分 | B班、ガルバディア兵の投入を確認。 | |
20日午後6時10分 | B班、電波塔に到着。 | ガーデンとドールの間で交渉決裂。 |
20日午後6時30分 | B班、電波塔から撤収。 | |
20日午後7時 | SeeD及びSeeD候補生、ドールから撤収。 | ガルバディア、ドール撤退条件締結。「さっきドールから聞いた」。 |
20日午後7時30分 | SeeD及びSeeD候補生、バラムに到着。 | 約30分の航行。「日が暮れるまでにガーデンに帰還」。 |
20日午後8時30分 | SeeD認定式。 | |
20日午後9時 | SeeD就任パーティ。 | |
21日午前0時 | エルオーネ救助。 | |
21日午前10時(ここまでバラム時間) | スコール班初任務。 | |
22日午前9時(ここからティンバー時間) | スコール班、ティンバー到着。 | 約1時間の乗車。 |
22日午後2時 | 森のフクロウ、大統領確保。 | 電波塔修復は「昨日」。 |
ティンバー−バラム間大陸横断鉄道停止。 | ||
森のフクロウのアジト潰される。 | ||
22日午後5時 | ティンバー班、テレビ局に到着。 | 約5分の乗車のところを歩いて30時間。その間にアジト崩壊。 |
22日午後6時 | ティンバー班、森のキツネの家で匿われる。 | |
22日午後9時 | 学園東行き最終列車に乗る。 | 「すぐ着く」。 |
22日午後9時30分 | 学園東駅到着。ガーデン……この時間に行くのか? もうちょっと早いかな。 | 約30分の乗車。 |
バラム時間 | ドール・ティンバー時間 | スコール達 | その他 |
---|---|---|---|
魔女大使就任パレードの準備が進み、ガルバディアからの観光客が減る。 | |||
20日午後4時 | 21日午後1時 | SeeD候補生、ホール集合。 | |
20日午後4時45分 | 21日午後1時45分 | SeeD及びSeeD候補生、バラムに到着。 | |
20日午後7時 | 21日午後4時 | SeeD及びSeeD候補生、ドールに到着。 | 2時間強の航行。 |
20日午後7時30分 | 21日午後4時30分 | B班、待機開始。 | |
20日午後8時30分 | 21日午後5時30分 | B班、ガルバディア兵の投入を確認。 | |
20日午後9時 | 21日午後6時 | B班、電波塔に到着。 | ガーデンとドールの間で交渉決裂。 |
20日午後9時30分 | 21日午後6時30分 | B班、電波塔から撤収。 | |
20日午後10時 | 21日午後7時 | SeeD及びSeeD候補生、ドールから撤収。 | |
21日午前0時30分 | 21日午後9時30分 | SeeD及びSeeD候補生、バラムに到着。 | 2時間半の航行。「日が暮れるまでにガーデンに帰還」。 |
21日午後3時 | 22日午後0時 | ガルバディア、ドール撤退条件締結。「さっきドールから聞いた」。 | |
21日午後5時 | 22日午後2時 | SeeD認定式。 | |
21日午後7時 | 22日午後4時 | SeeD就任パーティ。 | |
22日午前0時 | 22日午前5時 | エルオーネ救助。 | |
22日午前8時 | 23日午前5時 | スコール班初任務。 | |
22日午後1時 | 23日午前10時 | スコール班、ティンバー到着。 | 約3時間の乗車。 |
22日午後5時 | 23日午後2時 | 森のフクロウ、大統領確保。 | 電波塔修復は「昨日」。 |
ティンバー−バラム間大陸横断鉄道停止。 | |||
森のフクロウのアジト潰される。 | |||
23日午後5時 | ティンバー班、テレビ局に到着。 | 約30分の乗車のところを歩いて2時間。その間にアジト崩壊。 | |
23日午後6時 | ティンバー班、森のキツネの家で匿われる。 | ||
23日午後9時 | 学園東行き最終列車に乗る。 | 「すぐ着く」。 | |
24日午前0時 | 学園東駅到着。一晩森で野宿。 | 約3時間の乗車。 |