結局それ以上の情報は得られなかったスコールは、一旦ディン家に挨拶に行くと、そのまま夕方まで実家で過ごすというゼルを置いて、セルフィと二人でガーデンまで帰ってきた。別れるとき、何やらゼルの視線がニヤついていたような気がしたが、多分きっと気のせいだ。そうに違いないと思いたい。
試験後のガーデンはいつものように騒がしかった。試験の内容を自慢げに話す受験者、それに憧憬の視線で聞き入る下級生、戦争の余韻でピリピリしている受験生、諦めきったように現実逃避している受験生、様々だ。
「うっひゃー、話しちゃっても良いんだー」
セルフィが何故か楽しそうに周囲を見渡す。
「毎回試験内容は違うからな。参考にもなりゃしない」
「なるへろほろへろ。まみむめみ」
……日本語だろうか。
「で、……あんたはどうする」
「へ? どうする、って?」
「案内……今からで良いなら、しても良いが」
気まずいような表情で視線を逸らしたスコールに、一瞬虚を突かれたように瞠目したセルフィは、だがすぐにプッと吹き出した。
「……ッ、もう、良い!」
「あーいや嘘うそ、ちょっと待ってウソ嬉しいチョー嬉しい」
何が嘘だと言うのか、赤くなった顔で憮然と眉を顰めるスコールの腕を取って、変わらず可笑しげに笑い続けながらセルフィは歩き出した。
「で、どっちから?」
「わかってないで動き出すなよ……」
またカラカラと笑う。と、その笑顔が波が引くように消えた。
「サイファー」
え、とセルフィの視線を追うと、風紀委員の取り巻きも伴わずにサイファーが一人、立っていた。
「朝帰りか不良息子」
何処かで見たような笑顔だ。そうだ、別れる寸前のゼル。いやまさかサイファーまでそんな。気のせいだ。
「誰が息子――」
「そうでーす、朝帰りでーす」
遮ったセルフィが元気に宣言した。
ちょっと待て何だそのゼルに対する態度との違いは。絶句して目を剥いたスコールの左腕にぶら下がるセルフィは軽い。そりゃもう色々な意味で軽かった。
「羨ましい?」
「おう羨ましい羨ましい。ない胸を押しつけられてチョーウラヤマシー」
「しっつれーな、ちゃんとありますよーだ」
「せめてCになってから言えガキンチョ」
「ぶーっ。あるもーん」
「え、……マジ?」
「そこだけ声、真剣にならないでよー。男の人って細い女の子の胸、小さく見積もりすぎ」
知り合いではなかった、のではなかっただろうか。少なくともセルフィにとってはほぼ初対面のはずの相手に、ここまで砕けられるというのはスコールには理解しがたい。
「ありそうか? スコール」
「え、何が?」
内容を聞いていなかった。
「うわっ、サイファーより酷い、酷いよースコール!」
「え?」
「可哀想になー、そこまでなくはないよな?」
「は?」
「スコールぅ……テンパりすぎ」
二人に揃って憐れむように肩を叩かれた。訳がわからない。
「ところで聞いたか。ドールの電波塔のこと」
話の変化についていけず、首を傾げた。
「あんたが言いふらしたのか?」
ゼルはまだ帰ってきていない、自分達は今ここに来たばかり且つここに居る、となると、話にできるのがサイファーしか居ない。まさかスタッフはそんなこと噂にはすまい。
サイファーはげんなりした表情で首を振ると、溜息を吐いた。
「ち、げーよ。ドールからガーデンに正式に情報が入った」
「何?」
「やはりガ軍の目的は廃棄された電波塔ってオチだとさ。電波塔を整備して送受信可能にしておくっつー条件で、既にガ軍は撤退してるんだそうだ」
「ああ……」
そこまでさせるのならば、やはり電波を使う目処は立っているのだろう。
「……どうせ電波が使えないのに何で、とは言わないんだな」
「使えるようにしてあることが前提だろう、少なくともガルバディアが必要としている時間程度は」
「そこだ」
サイファーは一旦言葉を切った。
「電波障害は十七年前に突如始まった。それはエスタの突然の終戦宣言と鎖国に無関係か否か? 何より今回――」
「何でそんなに回りくどいんだ? サイファー」
そちらが気になった。
「……十七年前、魔女は少なくとも二人居た」
「え?」
「電波障害を取り除ける可能性を持っていても、エスタの魔女、アデルがガルバディアに行くとは考えにくい。だとしたら、今可能性があるのは、……」
「……サイファー?」
魔女の数はいつの時代も不明だ。滅多なことでは表に出ようとしない上、特別に姿を変えていない場合、外見上人間と差異がない。能力を隠して生きていれば、それは普通の人間と何ら変わりがないのである。
おまけに十七年前は、世界を脅かしていたエスタの魔女、アデルが台頭していた時期だ。その頃に魔女だと名乗ることは、対人間としても対魔女としても自殺行為に等しい。つまりアデル以外の魔女が自ら名乗ることはないと言って良いだろう。なのに、
「魔女が二人、何でだ?」
「あん?」
「何で二人も居たことを知っている?」
少なくとも授業で出たことはない。はずだ。そんなことスコールは知らない。セルフィを見遣っても、やはり首は横に振られる。
「何でって、そりゃおまえ、……」
サイファーは一瞬虚を突かれたように固まったが、そぐに苦虫を噛み潰したような貌でくしゃくしゃと頭を掻いた。神経質そうにコートの裾を払う指先、靴を踏みならす小さな仕種、苛立ちが見て取れた。
「いや……今は良い」
「何だっていうんだ……」
「そのうち、――」
「サイファー」
やおら後ろから声が掛かった。幼い頃から聞き慣れた、少し癖のある声。
「お話し中すみませんね」
ガーデン創設者にしてバラム・ガーデン学園長の声だった。視線を遣れば、恰幅の良い体躯をおよそ戦場には似つかわしくない上品なスーツで包んで、柔和な笑みを貼り付かせ、シドはサイファーに近寄ると肩を叩いた。
何故か知らないが、シドはサイファーがお気に入りだ。人と人との関係に疎いスコールでさえそれは感じ取れていたくらいだが、肝心のサイファーがそれを理解していない風である。彼はいつだってシドの立場にとってさえ問題児たる存在だった。
「あンだよおっさん。懲罰房入りでも決まったか?」
こうである。だがしかし、これでいてサイファーはなかなかシドを敬愛しているのであった。
「勘が良いのも困りものですねぇ」
まるで先程のサイファーと同じ仕種で頭を掻き、シドはスコールとセルフィの顔を見てから、溜息を吐いた。
独房入り。それは事実上、SeeD試験の不合格を意味している。
「まぁ慣れてるからな」
「馴れられてもねぇ。あなた、そういうところには反抗しないんだから、全く」
「持ち場を離れたんだからな。チツジョノイジとやらには必要な処置だろ。リーダーだしな」
何故、そこまでわかっていて、持ち場を離れようとするのだろう。シドも同じ気持ちなのか、残念そうに首を振る。それはスコールにさえ、愛情に見えるものだった。
「でも、私には君の気持ちがわからないでもないのです。君達には――」
「『命令に従うだけの単なる傭兵になってほしくないのです』? 聞き飽きたぜセンセー」
息の合った掛け合いに莫迦らしくなって、スコールは寄る眉間に指を当てた。
「命令に従わなすぎて万年SeeD候補生で終わるってのも、どーぉかと思うんだけど」
シドの後ろから顔を出したシュウが、呆れたように呟いた。隣にはキスティス。この二人は他人と関わりの少ないスコールですらも、良く一緒に行動しているところを見掛けていた。
サイファーはくつくつと笑う。
「仕方ないのさ、戦場で自分を見付けちまった奴は、戦いの中にこそ、……戦いの中にのみ、自分が居ると思って戦場から離れられなくなる」
「SeeDでもない学生の身で何言ってんだか」
「怪物と戦う者は、自らも怪物とならぬよう心せよ。汝が長く深淵に見入るとき、深淵もまた汝を見返すのである」
「取り敢えずアンタは自分の言葉でバトル観を語れるようになりなさい」
「まぁ、何と言うか色々ですねぇ」
シドは頭を掻きながら実に曖昧なことを言い、サイファーは引用でごまかして本心を語らない。実に奇妙な狸と狐のじゃれ合いだった。
『莫迦らしい……帰ろ』
きびすを返しかけたとき、袖を引かれた。すっかりセルフィの存在を忘れていたとはとても言えない。
「……図書館、行くか?」
「はーい」
「ああスコール」
まとわりついた軽い存在よりも更に重さを感じさせない軽さでサイファーは言葉を寄越した。
「気を付けろよ、おまえはまだ戻れる」
何処に?
電波塔でも、同じ問いを発した気がする。たかが籠の中の小鳥が、何処に戻ることができないというのだ?
まだ何処にも行ってはいないというのに。
図書館でドールの電波塔について若干の情報を得たスコールとセルフィだったが、訓練施設に案内する最中、アナウンスが入った。
『本日のSeeD選抜試験に参加した生徒は、速やかに三階会議室Aに集合せよ。繰り返す――』
「スコール、会議室Aに御案内、一名様ーでよろしくぅ」
学園長室控えの間としても使用される、教員用の会議室だった。スコールも入室したことはないが、SeeD試験合格発表にいつも呼び出しが掛かる場所で、耳に馴染みは深い。が、それだけだ。
スコールにとって、これが初めてのSeeD試験で、初めての合格発表だった。試験のあの有様では、合格の期待はしていなかったけれど。
「中央棟だな。行こう」
そういえば去年はどうしてSeeD試験を受けなかったんだろう。そうだ、去年はSeeD試験がなかったせいだ。戦争がなかったから? 小競り合いならたくさんあったのに、本当に? じゃあ今年は、何故この回になるまで自分は。単位が足りなかったから? そんなの幾らでも挽回できたのに。
ぼんやりと考えたが、考えの纏まらないうちにエレベータが目の前で開いた。三階のボタンを押す。
「こんな早いんだね、合格発表って」
「人数が少ないからな」
チン。
音を立てて開いたドアのむこうには見慣れた顔が所在なげにうろついていた。
「おー、やっと来たなぁ、おまえら。一緒だったのか?」
「ゼル早いねぇ」
「焼きそばパンが売り切れだったもんでな、はっは……」
それとどういう関連性があるのかはわからないが、兎にも角にも、また買い逃したらしい。
「会議室、入らないの?」
「風神と雷神が陣取ってるんだもんよ」
口調が移っている。
「誰?」
「サイファーの取り巻き、バラムに帰ってきたとき見ただろ、男女二人組。それがさ、サイファーがSeeDになれなかったらオレ達のせいだって息巻いててよー……」
端的な説明に、セルフィはえらく納得した風で何度も頷いた。どういう意味で解釈して良い納得だろうか。
「まーまだ会議室に教師来てなかったし」
「俺は中に入って待ってるぞ」
「え、ちょっと待てオレも!」
前言撤回してヒヨコよろしくスコールの後ろに付いてきたゼルとセルフィは、髪と服の色も相俟ってまさにヒヨコだった。ぴよぴよ。何か音でも聞こえてきそうだ。そういえばゼルのことを、サイファーはチキンと、セルフィはヒヨコと呼んでいた。言い得て妙だが、セルフィも色や動作からスコールが連想するに、やはりヒヨコなのだった。
会議室Aには何人かの見覚えある制服姿の生徒達と件の風神、雷神の姿のみで、あの目立つ私服のサイファーは見当たらない。既に懲罰房に入れられでもしたのだろうか。
「なんか、一人ずつ名前呼ばれるってよ。前試験受けた奴の情報」
「あ、ゼルも初めてのSeeD試験なんだー?」
「おう。我等が班長に訊けばもっと詳しいことわかると思うんだけどな、来てねーな」
「サイファー? そういえばー、万年SeeD候補生とか何とか……」
「そういやおまえ。セルフィ? 初めて?」
「はいな。転校ホヤホヤでっす。トラビア・ガーデンから来ましたぁ」
「あー道理で」
……一晩一緒に居て今頃? 頭を抱えたところで、教師が会議室に入ってきた。覆面をした教師だ、当然表情は見えない。
「揃ったな。これから名前を呼ぶ者は学園長室に移動すること」
どういう関係なのかはスコールも知らないが、ガーデンには覆面をした制服の教師と、素顔の私服教師とが居るのだった。無論キスティスは後者だ。
「B班、ディン。ゼル・ディン」
「やっ……たぜーッ!」
真っ先に名を呼ばれたのはゼルだった。部屋中の生徒がゼルを見遣る。思わずスコールも目を丸くして振り返ってしまった。何しろあの成果で、自分達の班から合格者が出るとは思ってもなかったのだ。
「みんな、おッ先に!」
「B班、レオンハート。スコール・レオンハート。こちらへ」
一瞬反応が遅れた。
「……はい」
スコールには合格基準がわからなかった。
仰せに従い、部屋を出ようとしたところでセルフィの名も聞こえた。本当に基準がわからない。スコールが思っていたよりはずっとSeeD合格の基準が緩いのだろうことだけは何となくわかった日だった。
今回の合格者はスコール、ゼル、セルフィに、スコールの知らないD班のニーダという男だった。以上四名。或いはスコールの聞いていないところでサイファーの名も挙がったのではないかと思っていたが、この言葉を聞いたとき、そんなことはなかったのだと知れた。
以上四名。
(やっぱりジャンクションしてなかったよねぇ。一切使わないんだ? 受かるの?)
『やっぱり……受からなかった。俺達ですら受かったのに』
ガーディアン・フォースを使おうとしないから?
スコールの内心をよそに、シドの演説は続いている。
「でもそれはSeeDの一面を表しているだけです。時が来れば君達は――」
「学園長、会議の時間が迫っています。手短に」
だが覆面教師に遮られた。事情は知れずとも、力関係はスコールにも知れる。私服教師にはともかく、覆面教師にはシドは頭が上がらないようであった。何故かはわからない。
「SeeDはガーデンの重要な商品だ。他ガーデン及び各国軍事関係者のガーディアン・フォース批判は無視し、SeeDの価値を高めることに専念してもらいたい。……これで宜しいですね、学園長」
シドは何処か哀しそうに、黙って首を振った。
「認定証及びSeeDランク通知書授与!」
シドが一人一人にSeeD認定証を手渡す。ついでに、耳許で囁かれた。
「これでガンブレードのSeeDですね」
サイファーは。咽喉まで上がってきた言葉は呑み込んだ。
ガンブレードのSeeDはスコール・レオンハートただ一人。それが現状であり、これからもそうなのかもしれなかった。
「いつか、……じっくり話しましょう」
そんな囁きをスコールの耳に残して、SeeD認定式は終了した。