午後四時の十分前、規定通り制服に身を包んだスコールがホールへと向かうと、恐らくスコール同様SeeD試験を受けるのだろう生徒達がたむろしていた。今回は十人ちょっとというところか。皆思い思いの勝手な行動を取っている。
その中でしきりと学祭実行委員の勧誘に勤しんでいたセルフィが、スコールを見付けて手を振った。前の食事中の会話を思い出して頭痛がしそうだ。
バラムでは訓練後にガーディアン・フォースとの相性を確認する。トラビアでは訓練前にガーディアン・フォースとの相性を確認する。そしてどちらも、ガーディアン・フォースとの適合性が皆無の場合、SeeD実地試験は受験さえ不可能となる。
これらが共に真なのだとしたら、ひょっとしたら人体実験の材料にされているのはバラムの人間のほうかもしれなかった。
つまり、ガーディアン・フォースを
となれば、適性検査で先天的にガーディアン・フォースとの相性がないと言われた人間が、SeeD候補生の中に加えられている理由など、少なくともスコールには一つしか考えられなかった。後天的にガーディアン・フォースを扱うことが可能となるのかどうかの実験。それ以外にあるだろうか。
セルフィから視線を逸らして、首を振った。今考えても詮無いことだ、いずれSeeDになればわかることかもしれなかった。
十六時ジャスト、キスティスその他教官が中央校舎から出てきたところで、やっと生徒達は整列を始めた。一人ずつ名前を呼ばれる。
「スコール! スコール・レオンハート!」
スコールを呼んだのはキスティスだった。また担当が彼女なのだとしたら、随分と縁があるものである。自分の前に出たスコールを目で確認すると、キスティスは
「ゼル! ゼル・ディン!」
ともう一人を呼んだ。
先程食堂で風紀委員目を付けられた男だ。騒がしく落ち着きのないゼルと、厳格な試験に於いて班が同じという事実に、スコールは額を抑えた。
生徒達の自主的な整列をものともせず、ゲート近くでシャドウボクシングを繰り返していたゼルは、名前を呼ばれるとバク転でこちらにやってきた。先が思いやられるばかりである。教官を無視して、
「お! おまえと一緒か、宜しくな!」
などと手を差し出してくるもので、スコールは呆れて視線を逸らし、なおざりに対応したが、意にも介さず話し続ける。
「おまえ、あのサイファーと仲が悪いんだろ? 今朝も喧嘩してギタギタにやられたって?」
と満面の笑顔である。当のゼルのほうが余程ギタギタに伸されたいのだろうか、と思った。
「喧嘩じゃない。トレーニングだ」
「そう思ってるのはおまえだけだろ。サイファーの奴ァ、嫌がらせしてるだけだぜ」
そうかもしれないし、そうでないかもしれなかったが、いずれスコールには関係のないことだった。けしかけられたらやり返す、自分達はもうずっとそんな関係だったのだ。
「おまえが相手しなきゃ良いんだ」
「おまえには関け――」
「関係ない?」
しかし切って捨てようとしたところで、またキスティスに被せられた。ちらりと睨み上げるようにして見遣ると、彼女はまた笑っている。
「あのねえ……そのサイファーなんだけど、あなたたちの班長よ」
そうして驚愕を示したスコールとゼルを、してやったりという顔で眺める。全く良い性格である。
「班長ッ? ……あいつが?」
「変更はできないわよ」
ゼルの抗議など先回りされて遮られる。諦めてスコールは溜息を吐いた。
「サイファー! サイファー・アルマシー! 居る?」
キスティスの呼び掛けに、先程まで集まってもいなかったサイファーが姿を現す。何と制服も着ないままだった。後ろには件の風神、雷神も付き従っている。風紀委員揃い踏みというやつだ、尤もサイファー以外は今回の実地試験を受けないはずだったとスコールは記憶している。
「あなたが班長よ。頑張りなさいね」
どうせその前の話を聞いていたのだろう、サイファーは鼻で笑うと、
「先生、俺は頑張れって言われるのが嫌いなんだよ」
と尊大に宣うた。更に続けて
「その言葉は出来の悪い生徒に言ってやれ」
とスコールとゼルを見下して嗤ったため、ゼルが一歩前へ踏み出す。
「てめ……ッ」
「成程。サイファー、頑張ってね」
しかしゼルの切っ先はキスティスが折り、サイファーもまた、鼻白んだように風神へ何事かを囁いた。ゼルは気まずいように俯いて足許を蹴っている。先程スコールに「相手をしなければ良い」と言ったことでも憶い出しているのだろうか。
「さて!」
見事に生徒達を黙らせたキスティスは教官の顔をしてすまして続けた。
「あなたたちはB班です。担当の指導教官は私。チームワークを大切にして試験を乗り切りましょう」
チームワーク! このチームでか、と自分のことは棚に上げ、本気でスコールは目眩を覚える。
「チームワークってのはな、俺に迷惑を掛けないってことだ」
案の定サイファーがこんなことを言い出している時点で、既にお釈迦である。
「これはB班のルールだから忘れるんじゃねえぞ。いいな?」
チームワークを以て当たることが絶望的に無理だということは、記憶の端に留めておいた。
「全員揃いましたか?」
やがて他班の招集も終わったと思しき頃、バラム・ガーデンの学園長、シド・クレイマーの登場である。風紀委員達が姿勢を正す様子が見えた。
何故かサイファーは昔から学園長に敬意を払っているが、スコールがその理由を尋ねたことはない。意外と義理人情に厚いサイファーのこと、拾ってもらった恩でも感じているのかもしれなかった。
「皆さん、お久し振りです。学園長のシドです」
恰幅の良い身体、丸眼鏡のむこうの穏和な瞳、顔に刻まれた笑い皺。しかし彼こそが、世界に名だたる傭兵集団の長なのだ。
「この試験にはA班からD班まで総勢十二名が参加しますが……」
スコール、ゼル、サイファー。成程、一班三名ということである。
「君達がこれから行く場所は本物の戦場であり、行われているのは当然本物の戦闘なのであります。生と死、勝利と敗北、名誉と屈辱、すべてが隣り合わせの世界」
そして敗北が、即ち死である世界。
スコール達の知らない世界だ。彼等はまだ、自分達が籠の中で大事に育てられた小鳥であることを知らなかった。
「君達の殆どが、まだ知らない世界というわけですね。どうです? 怖じ気づいた人は居ませんか?」
戦場を、戦闘を、求めて暴れているサイファーが試験に合格しないままで居るのも、或いは外の世界を知りたくないためだったのかもしれない。
シドは居並んだ生徒達の顔を一人一人覗き込むように確認すると、やがて満足したように笑った。生徒達が怯えていないだろうことに安心したのかもしれないが、いずれ戦場を知らぬ身であればこそ、戦場を畏れることもできないのだった。だから、
「正SeeDは九名参加します。君達が全滅しても、彼等が確実に任務を果たしてくれるでしょう。まぁその点だけは心配しなくて良いです」
このようなことを事前に言って脅かそうとしてくれる程度には、少なくとも覆面教師よりは、シドも人が好いのかもしれなかった。
「我等バラム・ガーデンが誇る精鋭傭兵部隊SeeD。彼等を見習い、指示に従って試験を乗り切ってください。我こそはSeeDに相応しいと、存分にアピールするのです」
少なくともバラム・ガーデンで学んだ者は、すべからくSeeDを目指すべきと言われて育ち、その目標に向かって邁進してきた。
「さあ、行きなさい!」
このように、常に背中を押されてきたのだから。
ガーデンの所有する特別車輛は数多いが、利用の大半はSeeDの出撃のための足であり、一般生徒が免許取得の用途以外で利用することは滅多になかった。
今回は、運転席とパーティションで区切られた後部座席に向かい合わせで六人まで収容できる、大型車両が用意された。スコール達SeeD候補生も全員運転免許は持っているが、今回は試験ということもあり、ガーデンスタッフ達の運転である。
スコールの隣に座ったゼルが、しきりとこちらを見ている。やがて好奇心を抑えられなくなったように口を開いた。
「な、スコール。ガンブレード、見せてくれよ」
ガンブレード。スコールとサイファーの扱う武器である。更に言えば、学園内でスコールとサイファーしか扱う者の居ない武器である。
文献からすると、古代セントラの時代には既に存在の確認されている武器で、普通の片刃剣よりも攻撃力があるため、一時は隆盛を極めたらしい。しかし扱いが元々難しいこと、手軽な武器が大量生産されるようになったこと、などの理由から今では衰退し、ガンブレード人口は極端に少なくなっている。
ガーデンでも昔はガンブレード使いも居たようだが、誰もが途中で挫折し、或いは穏便に卒業を迎え、現在ではスコールとサイファーが扱うのみとなっている。更には、もし今回スコールないしサイファーが合格したとしたら、これが初のガンブレードのSeeDとなる。それくらい稀少な存在であった。
よって、ガンブレードを見たがる生徒は多い。無愛想と評判のスコールが声を掛けられるときは、大抵がガンブレードの話題だ。ガーデンでの無断の抜刀は禁止されているので応じたことはないが、見せてくれとせがむ輩は未だに後を絶たない。風紀委員に頼むよりは、というやつだろうか。
無視していると、尚もゼルはにじり寄ってくる。
「いいじゃねっかよー、なースコールー」
「…………」
普段はガーディアン・フォースのように、ヴァン位相変換によりこのメディア界には紋様としてしか存在していないバラム・ガーデン生の武器は、実体化にはサイファデコードキィを持った人間の認証が必要だった。要はガーディアン・フォースの召喚者に対する、武器の紋様という関係である。この技術もガーディアン・フォースの高次元構造構築技術を応用したもので、他校にはなく、バラム・ガーデンのみに取り入れられているものだった。
スコールやサイファーの持つガンブレードも、当然ゼルからは武器としては見えない。この位相には現在、ただフルール・ド・リスの下で遊ぶ魚の意匠として存在している。
ゼルは拝むように両手を頭の上で合わせた。
「な、ちょっとで良いから!」
「…………」
「……わかったよ。おまえはケチな奴。そういうことで良いんだな?」
「…………」
ここで抜刀したら、のちの試験結果、延いてはSeeDレベルに関わる。それをケチと言わば言え。無視を決め込んだ。
「何とか言えよ! な。何を考えてるんだ?」
「……別に」
「別に」
またもや重なったキスティスの声に、一瞬だけ顔を上げる。目が合うと微笑まれた。視線を逸らす。
キスティスの吐息のような笑い声が途切れたあと、落ちた沈黙に耐えきれずか、やがてゼルがシャドウボクシングを始めた。シュ、シュ……と空気を裂く音だけがエンジンのかしましい振動の中に響く。そのまま長い時間が経ったように感じられたが、実際は一分程でしかないのだろうか、サイファーがボソリと洩らした。
「ウザいんだよ」
ゼルの動きが止まったところで、体躯を乗り出し畳み掛けるように続けた。
「チキン野郎」
臆病者、ということだ。何故ここでチキンなのか、スコールには皆目見当が付かなかったが、ゼルの神経を逆撫でするには理由など必要なかったのだろう。
「……あんだと?」
掴み掛かろうとするゼル、それを鼻で嗤うサイファー、立ち上がって止めようとするキスティス。何処かで見たような風景だ。そういえば今日は何故、サイファーはいつもの自分にではなくゼルをけしかけているのだろうかと若干疑問に感じた。
「好い加減にしなさい!」
「……クソッ」
ゼルが着席する。続いてキスティスも着席し、諦めたように首を振った。
このチームでチームワーク。実に素晴らしい目標である。ご立派で、そして難しい。
今度こそ、車内にはエンジン音だけが響くようになった。
「……先生」
不意に口を開いたスコールを、ゼルがぎょっとしたかのように振り仰ぐ。先程のサイファーとの諍いにも無関心を決め込んでいた男が何を、といった心境だろうか。
「何?」
「今朝、保健室に居た女子は誰だ?」
スコールの視界の端で、更にゼルが挙動不審になる。ほっとけ、と胸の中で言ちた。
「誰か居たの? 気付かなかったけど」
保健室で会ったボブカットの女子、スコールより歳上のようだった。キスティスの入室タイミングならば彼女と擦れ違った可能性も、顔見知りの可能性もあるのではないかと思ったのだが、どうやら当てが外れたようだ。
「何か問題、あり?」
「いや、別に……」
問題、と言えば、こちらが知らない相手に「再会」をされたことぐらいだろうか。否、本当に自分も知らないのかどうか、自信がなくなってきている。
「……最高だ」
サイファーが実に愉快そうに嗤った頃、バラムの街が見えてくる。
「俺のチームは、チキン野郎と色気付いた兄ちゃんか」
実に幸先の良いスタートのようだった。