ショートショート/ツッコミ・6 お題制限系

051:携帯電話

「この話についてはパスだとどっかの誰かが言っている」

「なんじゃい」

「どっかの誰かの仕事なんだよ。最近会社が情報漏洩に煩瑣くてなー」

「せやかて別に使用者側の話は問題ないやろ」

「単に手抜きしたいだけだろとかは言っちゃいけないんだぞ社クン」

「言うとるのはジブンや」

「実はそのどっかの誰かが携帯持ってなくて掛け方すらよくわかってないせいで書けないなんてことは絶対に内緒だ」

「ナンの仕事しとる言うてた?」

「っつーことで、最近ノートパソコンの盗難に伴う情報漏洩がどの企業でも問題になってるから、みんなセキュリティには気を付けてねー! 物理的にキィロック付けたら番号忘れて動かせなくなっちゃったねーちゃんだとか、BIOSパスワード設定したのは良いけどパスワード忘れないように付箋紙をモニタに貼っ付けてるおっさんの頭なんかは、はたいて良いから!」

「何ッ処の実話やねん!」

ヒカル:別の意味で余程情報漏洩な話。

052:真昼の月

 一見おとなしそうで礼儀正しげなアキラが実はエキセントリクスなほどの激情家と知ったのはいつだったろう。

 真夜中の太陽のようだと思った。

 一見遊んでいそうで礼儀知らずなヒカルが実は身を食み続ける昏い闇を裡に抱えていると知ったのはいつだったろう。

 真昼の月のようだと思った。

奈瀬:河村隆一?

053:壊れた時計

 壊れた時計がヒカルの裡には存在する。

 時間とは、物質の移動そのものであり、移動することが時間だとも言われる。時間とは、一生の間に鼓動を打つ心臓の回数だとも言われる。時間とは、時計を見ている人間の心理作用だとも言われる。

 兎にも角にも、先人がどう言おうとヒカルの裡には確かにヒカルが感じるところの壊れた時計があり、それはヒカルが壊したままだから壊れているのであると彼は自覚している。成長はすべてその壊れた時計を壊したままにするためと言っても良い。

 だが表面上のヒカルはと言えば、そのための成長速度が速すぎて、まるでそんな壊れた時計の存在など人々に感じさせない。ヒカルは時を駆け抜けてゆく。それは天才の所業だった。ヒカルの時計は速い。速い時計を持つ自分を、ヒカルもそろそろ理解してきている。

 そうしてすべてを駆け抜けてすべてを追い抜かしてひとりで良いと思うのに、いつも立ち止まらせては時計をじっと見詰めさせるこの男は何なのだろうとヒカルはおもう。彼と対峙しているとき、確かにヒカルは誰よりも孤独で誰よりもひとりではなく、時計はふたりの長さで流れていた。

越智:処理速度を上げれば、幾らかは脳天気になれるから。

054:子馬

 馬のようだと言われたことがあるヒカルは、当時はその意味などまるでわからず、動物と一緒かよと多少憤慨もしたものだが、あとになって、つまりヒカルが少しおとなになってから考えてみるとそれは、けなし言葉でもあろうが褒め言葉でもあったのだと思う。

 御しにくい野生の馬だと言われた。競走馬のように脚が速いとも言われた。巧く乗りこなせばとても名馬にもなるだろうが、大抵の者には使いこなすことができず、そのまま駄馬として朽ちてゆくかも知れない。

 そんなことを言われた去年を思い返してみる。しかしヒカルは思うのだ、乗りこなされて競争させられて勝ち残って何処までも勝ち続けて、でもそれだけが名馬と言われるのはあまりに視野が狭くはないかと。脚が速くならざるを得なかった馬の理由はといえば単に敵から逃げるためで、早く走れることはただ環境を示す能力というだけだ、それを以て価値とすることは人間の価値基準に則っているだけの話で、馬から見れば最高の能力とは走らずに済む環境を作れるちからなのではないかと。

 そうしてだが俊足の子馬は金のたてがみを揺らして、これからの成長を人々に思わせる。

ヒカル:と称されたのは昨日のどっかの誰かだけど、単にじゃじゃ馬っつー意味かと思われる。

055:砂礫王国

 広範囲に渡る砂礫地帯のちょうど真ん中に当たる辺りにオアシスがある。

 千年女王の治める楽園だ。ここでは争いは起きない。何故ならすべてが満ちているからだ。不足するものがなければ人々は争わない。そんなことは自明の理だ。

 だから、こんな白黒の世界で争いを続けている自分達は何なのだろうとヒカルは思う。この国には遊びという概念はない。遊びも不満から生まれた飢えを満たすための装置だ。そんなものはこの国には必要ない。いつしか旅人が持ち込んだこんなゲームに、興味を示したのはヒカルとアキラだけだった。

 アキラも言う。どうしてこんなことをしているんだろうね。答えなどわかりきっている、自分達が飢えているからだ。

 そんな罪悪感を懺悔しに女王のところへゆくと、女王はその感情を大事にしなさいと言う。その感情は原始的で猛々しく確かにこの国にふさわしいとは言えませんがそれは実行力でもあり、実践のない理論が先に立つこの国ではいつか役立つかもしれません、と。

 女王の言葉はヒカルには理解しがたかったが、それでもアキラと打ち続けられることは良いことだと思った。

あかり:ミチルっていうとサエバミチルより四季博士を憶い出すなぁ。

056:踏切

 夕焼けの美しい日のことで、思い返せばまるで夢でも見ていたかのようにすべてが茫洋と美しく霞んでいたように思えるのは、ヒカルがその景色をまるで夢の世界のようだと思っていたからに他ならない。

 元々けぶるように儚く微笑む人だとは思っていたが、その風景の中に溶け込んだ彼女は本当に美しく、人を思わせないほどだった。隔てられたむこう側で彼女のくちびるが動き、「シンドウサン」と聞こえたような気がしたとき、ふたりの間を電車がさえぎった。

アキラ:……人妻だぞ。

057:熱海

 マーフィーの法則など和谷は信じたくはないのだが、信じてしまいそうになる瞬間が確かにある。今がそうだった。

 熱海で行われたイベントに、狩り出されたのが若手では和谷とアキラだけだったのに加え、多分に年代順で組まれたのであろう部屋組みでは和谷とアキラは同室だった。

 気にしなければ良い。そうは思う。和谷はアキラが好きではない。昔のような積極的な嫌いという感情では既になくなってはいたが、それは単に感情を抑える術を年齢と共に身に付けたというだけの話のような気が彼はしている。最初に抱いた子供っぽい悪印象の代わりに今では別の意味で、もっと人生に深く変わる部分でアキラのことを疎ましく思い始めているのに、それを表に出すのをためらっているだけなのだと感じている。

 挨拶もそこそこに、部屋で寛いだアキラは棋譜を並べ始めている。和谷が見たくなかったアキラはこれだった。

 名人の息子だからでも何でもなく、ただ努力を重ねているが故に強いのだと、今の和谷にはそれが一番つらい。わかっている。この嫌いは好きの裏返しでしかなく、ただ自分がそうありたいだけなのだと、思ってはみてもアキラほどに碁に没頭することのできない己の資質を思い知るのが、ただ和谷にはつらいだけだった。

 それでもやらねばならない、と思うのは、思わなければいけないと思うのは、和谷がプロだからだ。自分で選んだ道だからだ。アキラほどに碁に必要とされなくとも、自分が碁を必要としているのならば、必要とされる自分は自分で積み上げるしかない。

 待っているだけでは、必要とされる自分など何処にも生まれない。だから自分で自分を生むのだ。

「塔矢」

「はい?」

 まさか己を好いてはいない体の和谷が声を掛けてくるとは思ってもいなかったのだろう、アキラの反応が一瞬遅れて返ってきた。

「良かったら一局打ってくんねぇか?」

 目をまあるく見開いた、和谷の初めて見た表情のアキラが、これまた初めて見るかおで微笑んだ。

伊角:卑屈は乗り越えられれば強さになるよ。

058:風切羽

 籠に入れられ、出されたとしても飛び立てぬよう風切羽を切られている飼い鳥を見ていると、ヒカルはアキラを憶い出す。常識や慣習や羞恥や、そういうものの存在を熟知しているのと裏腹にまるでそれらに囚われていないあの天才は、たったひとつ、囲碁の他に囚われているものがあった。

 塔矢。アキラがただアキラである場所は確かに盤の前に座っているときに得られていたが、それ以外の場所で、その自由を彼に与えたはずの塔矢の家が、彼をこの上なく縛り付けている。

 彼の両親は決してそれを望んでいない。そのためには塔矢の名を捨てることさえ厭わないほどに彼は愛されているだろう。それでも塔矢がそこを抜け出すことはなく、自ら風切羽を毟り続ける。

 それはアキラが塔矢の血を引かなければこそ。

 ならば、それにも勝るちからでアキラの風切羽を引き千切り、一ツ処に縛り付けてやったらどうなるのだろうとヒカルはおもうのだ。それをできる可能性のあるのは己しか居まいことを自覚しつつ。

ヒカル:……他人様とズレた妄想も大概にしといたほうがと一応。

059:グランドキャニオン

 まだプロになる前、緒方がアキラの父の研究会に学生服で通っていた頃の話だったように記憶している。

 「グランドキャニオンより」。それだけの書かれた絵葉書を、郵便受けから取り出したのがアキラだった。差出人は緒方精次。既にしてグランドキャニオンの名を知っていたこどもは、外国に居るのだろう緒方に素直な憧憬を抱いた。どんなところなのだろう、とおいとおいくにのおおきなふうけい、ぼくもいきたいな。

 実際にアメリカにも幾度か出るようになって、だがその頃には見知らぬ土地にはしゃぐような真似もしなくなっていたアキラは、同じような既に幾度も大陸を訪れているだろうヒカルの子供のような反応に、当時を憶い出してちいさく笑う。

「すげー、広い、でかーい! 名前まんまー!」

 そんなヒカルに、アキラは声を立てて笑った、それはいとけない子供の笑い声だった。

桑原:意図的に能天気になれるようになったら大人かもの。

060:轍

 この一手は我ながら改心の一手だと自画自賛したくなるような手が、実は本因坊道策が以前編み出した一手と意図、効果共に類似したものだと知ったとき、ヒカルが感じるのは多少の徒労感と、それ以上の充足感。同時に湧き上がる矛盾した感情。

 ヒカルは先人達の偉業を踏襲することに吝かではない。過去から切り離されたオリジナリティなぞ欠片も信じてはいない。そんなものを信じようとすることは、自ら佐為を切り捨てようとする行為にも近い。寧ろ先に述べたような一見斬新であるかのような手に怯えさえする。

 佐為の居なくなった場所で、佐為とは別のところに築かれてゆくネットワーク。それらもすべて佐為を繋いでいるとはいえ、それを恐れることはヒカルが生きるために必要な感情だ。ヒカルが生きるための大切な儀式だ。

 大丈夫。そう囁く。こんなところに留まったって、自分にはそこから無理にでも引き摺り出し高く在ることを強要するライバルが居るのだから、とヒカルは顔を上げて轍を踏み締めた。

アキラ:生きるために必要でも、生きることは必要?

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