ショートショート/ツッコミ・5 お題制限系

041:デリカテッセン

 ヒカルの家は、ヒカルが生まれるもうずっと前から惣菜屋兼下宿屋を営んでいる。肉の味は良いが下宿人の入れ替わりが激しく建物として何処か欠陥があるのではないか、と噂の店だったが賃貸料の安さ故か、いつも部屋は満室だった。

 その惣菜が、実は下宿人の肉体を食材として作られていることは、ヒカルの父とヒカルだけが知る秘密だ。原材料には事欠かない。金のない学生は空き部屋があればすぐ補充される。

 そんな折、ひとり調理した後釜を探していたところに入居したいと言ってきたのが幽霊だった。煮ても焼いても食えない。それがヒカルの感想だ。

「幽霊なぁ……住まわせるわけには」

「ちゃんと家賃は払いますよ?」

 変な幽霊。面白そうなので父親に頼むと、まぁ一人くらい良いだろと材料にもならないその幽霊を結局下宿に入れることになった。

 その幽霊は確かに煮ることも焼くこともできなかったが、ヒカルの血肉にはなっていった。彼がヒカルに与えたものは、溢れんばかりの愛情と輝く白と黒の宇宙。

 そうしてヒカルに食べられて幽霊が消えたとき、ヒカルは店を辞めた。

伊角:addジャン・ピエール・ジュネ?

042:メモリーカード

 ヒューマノイドタイプの半人造人間が台頭している時代に、機械仕掛けのアンドロイドとはひどくアナクロだとヒカルはおもう。或いはアナログ。機械に対してアナログという感想を抱くとは奇妙なものだが、ヒカルにはそうとしか言いようがない。

 アンドロイドがヒューマノイドと違う点は、機能の偏りだ。必要な機能だけに特化し、それ以外の知識、この場合はデータと言うべきか、を殆ど保有しない。但し既存のデータから新規ニューラルネットワークは自律的に構築されることを考えると、アンドロイドの初期設定とは赤ん坊に偏った知識だけが詰めこまれた状態とも言える。

 今、ヒカルの目の前には一体のアンドロイド。アキラという名称を付けられた、そのソフトの価値は囲碁にある。囲碁専用アンドロイドなどと今時珍しい低機能ないし単機能ソフトに惹かれてヒカルは購入した。

 オプショナルデータは搭載せず、本当にただ打ち手としてのみ優れ、笑顔ひとつ作れないアンドロイド。使用者の好みの性格に設定できる外挿しメモリカードも放り出したままだった。

 アキラは本当に強く、当初ヒカルは手も足も出なかったものだが、何年か経ち、ようやっとヒカルがアキラに白星をひとつ挙げたとき。

 幸せそうにわらったヒカルの対面で、アキラもふわりとほほえんだ。

越智:addAIよりALに近いね。

043:遠浅

 目の前には薄青くゆれる水面が拡がっている。目に見える水平線のかなり近くまで、その水色は続いている。あの端まで行っても、せいぜい胸元くらいまでしか濡れないのだろう。アキラはおもう。

 足許にはしろい珊瑚礁の欠片。歩いても歩いても届かないその様は、誰かに似ている。

 それでもアキラが歩みを止めることはない。届くことのない地平線目指し、波に足をとられながら遠浅の端まで行けば、それでも何かが得られるだろうことを信じて。

 或いはその先の深遠に飛び込むことさえ厭わず。

ヒカル:addクマノミとイソギンチャクの関係って、共生でなく寄生だっけ。

044:バレンタイン

 バレンタインを嫌う男は世の中に結構居るものだが、まさかアキラまでもがそんなことを言うとは思っていなかったヒカルは好奇心丸出しでその理由を尋ねたものだった。

「何でー? おまえなんていっぱいもらえるだろ、それって嬉しくないの?」

「いっぱいと言うほどでもないが、別に」

「別にってその答えは嫌いとは別モンじゃん。なに、甘いもんそんな駄目だっけ?」

「別にそれほどでもない」

「いやだから別にって答え方は嫌いにはならないんだって。なんでそんなに嫌うー?」

「…………ったら」

「は?」

「男からチョコレートをもらっても君は喜ぶのか!」

 叫んだ相手に一瞬きょとりと目を見開き、次いで盛大に吹き出したヒカルの頭をアキラは小突いた。それでもヒカルは笑っている。

「じゃあさ、来年はオレもおまえにやるからさ」

「人の話を……ッ」

「だからおまえもオレにちょーだい?」

市河:addそれこそ男の子の嫌うバレンタインの姿じゃないの。

045:年中無休

「おーがーたーさーん!」

 近所迷惑も良いところの大声だった。居留守を決め込んでいた緒方は根負けしてドアを開ける。そこに居るのは盛大に酔っ払った芦原。

「なーんだ、やっぱり居るじゃないですか緒方さーん」

「煩瑣い。とっとと入れこの酔っ払い」

「自分だって酒臭いですよぅ?」

「酔ってはいない。ほら倒れるな、寝るならソファに行け、ああスーツは脱いどけよ、皺になる」

「おお、優しい!」

「よせ、気持ち悪い。さっさと寝ろ、絡むな」

「邪険だなぁ。女性はいつでも受け入れるくせにー」

「年中無休で男はお断り」

「もう入ってますけど」

「女だって部屋には入れん」

「僕は?」

「酔っ払いは近所迷惑だ」

 年中無休、ところにより優しさの雨が降ります。ヒカルがそんなことを言っていたのを思い出し、芦原はからからと笑った。

桑原:add緒方君は優しいじゃろ、かっかっか。

046:名前

 名前、付けて?

 妻が決めるものだとばかり思っていたアキラは、そう言われて子供を渡され、ひどく困惑した顔でその赤い物体を眺めた。今は寝息も立てず眠っている、先程までこの身体の何処からこんな声が出るのだとばかりの大声で泣き叫んでいたこの物体を、どのような名称で呼ぶべきかの決定など、アキラには難しい。もっと言えば、怖い。一生付き纏うものの重さなど、アキラは良く承知している。

 そっと顔を撫でてみた。薄い産毛は色素も薄く、額にきらりと金色を乗せている。

「……ひかり」

 やがて出た小さな言葉に、あかりは微笑んだ。

ヒカル:add反則、反則、反則ー!

047:ジャックナイフ

 もう彼をここには引き留めておけないと確信したときの衝撃といったら、三谷がこれまで生きてきた中で二番目にきついものだった。ヒカルの何に感謝していたとかいって、彼の偏見なき眼差しと、それを持つ多くの仲間の中で生きることを教えてくれたことだった。息がしやすい。集団行動の鬱陶しさなど、呼吸の易さの前に消え去った。

 ヒカルは三谷が居なくとも生きてゆける。生きてゆく。それは三谷自身とてそうであるのだ、と認めることがただつらい。初めてと言って良い集団行動。誰かが居なくてはさみしい、ということを初めて明示的に自覚した。

 ひとがひとりでは生きてゆけないことも、同時にひとりで生きてゆくしかないことも、まだ知りたくないと思うほどには三谷は子供だった。ならばもはやこう思うしかないのだ。最初からヒカルなんかほしくなかった、と。

 そんな折に見掛けた、教室の片隅で机に突っ伏して居眠るヒカル。最近碁をやめると言っているらしいことを聞いていた。苛立ちは募る。その程度のもののために自分を捨てたのか、と思うことが、自分が未だヒカルを割り切れていないことに気付くことだからだ。

 光に反射する金の前髪をそっと一房、掬い取る。ポケットから折りたたみ式のナイフを取り出してすいた。

 今の三谷にその行為の説明をすることはできない。なんとなく行ってしまったことだ。

 ただ、何かが軽くなった気がした。

夏目:add一番目が気になるなぁ。

048:熱帯魚

 伊角のことを熱帯魚のようだと思ったことがある。和谷にとって非常に不可解、それでいて心地好い存在だからだ。ひらひらと優雅に泳ぐその様は、何にも囚われていないかのようで、だが実際は透明な水槽の中で泳ぐしかないペットで、それは和谷にとっての伊角のイメージにとてもちかい。

 言い換えれば天然で小市民ということになるが、そこが和谷のお気に入りでもある。煩瑣くない小動物を和谷は好む。小動物というには些か大きすぎるきらいもあるが、要は実体の大きさではないのだ。

 そんなことをつい伊角に言ったことがある。すると伊角は笑って応えたものだ。俺にとっての和谷も小動物のイメージなんだけど。

 なごむ、ということは相思相愛の状況でしか生まれない状態なのかもしれない。伊角が自分に和んでいることに、和谷はほっと安堵し、その奇跡的な状態を維持する努力を惜しまないことを誓った。

奈瀬:addなんていうか、ふたりってさ……いじらなくても良いよね。

049:竜の牙

 久々に会ったヒカルはチョーカーなどしていた。たまたま話題がそれになったところ、恐竜の牙をペンダントトップにしたものだと言う。嘘臭い。

「どうせ象牙か大理石、下手すりゃプラスティックちゅうとこやろ」

「ロマンのない奴だなー、博物館の恐竜展で買ったんだから本物だよ」

 言いつつヒカルも笑っている。

「そもそも進藤がそういうトコ行くんが意外なんやけど」

「好きな奴が居て、引っ張ってかれた」

 一瞬反応が遅れてしまう。

「……恐竜を、か」

「ん?」

「や、好きって」

「え? ああ、ああそう。なに、オレの好きな奴と思った?」

「こないだ振られたばかりやってん、つい耳が」

「お仲間お仲間」

 これも社には意外だった。

「黒髪ストレートの彼女か」

「あれ? 話したことあったっけ?」

「ないねんけど。進藤の好みってわかりやすすぎや、視線で追っとる女、皆そうやも」

「はっはー、自覚なかったな」

「……そいつも意外と意外」

「へ?」

「自分そない頭しとるくせになー」

「……意外と恐竜とか黒髪とか、古式ゆかしきものも好みで御座居ますわよ?」

 ふさげた口調を裏切る、何処か傷みを噛み締めるかのような表情は、いつか社が見た、秀策に執着するあの表情とよく似ていて、ヒカルに刺さったままの牙を社に思わせた。

伊角:add言われてみれば進藤の頭ってどうしてあれなんだ?

050:葡萄の葉

 じゃあまたね、と別れ際、風に乗って鼻を掠めた香りに、知らずヒカルは指を伸ばし、あかりの髪を掬っていた。

「なに?」

「あー、うん。なんか良い匂いが。シャンプーかなぁ?」

 顔を近付けて息を吸う。あかりが咽喉で息を呑んだ音が聞こえ、あ、まずい、とおもう。それに気付くぐらいにはヒカルもおとなになっている。

「コロンだと思うよ。最近、変えたの」

 困り果てたヒカルを救ったのは当のあかりだった。あかりのほうがヒカルよりもずっと慣れている。ずっと長いこと気持ちを自覚している。今更の事柄だ。

「ふぅん。なんか腹減る匂いだなぁ」

「葡萄だからね」

「ぶどう?」

「Grape Leafっていうの、これ」

「……今度ワイン呑みに行くか」

 ヒカルがあかりに応えないのは今更の事柄だ。絶望でも失望でもなく、そういうものなのだとあかりは既に受け入れている。ヒカルを囚えて離さない黒と白の世界は、あかりにとっても愛すべき世界だ。

「うん、行きたい。デートしよう」

 けれどこのくらいの言葉は許してほしいとばかりに、あかりは悪戯じみた表情で舌を出した。

アキラ:add進藤は藤崎さんのことが本当に大事なんだね。

ページ情報

Document Path
  1. ルート
  2. 創作部屋
  3. ヒカルの碁
  4. ショートショート/ツッコミ・5(カレント)
Address
日月九曜admin@kissmoon.net