IF YOU WERE HERE 01-08 "SeeD"

I

 結局言葉に乗せられたことになるのだろう。サイファーの挑発に無言で歩を進めたスコールに、ゼルは「あちゃー」と頭を抱え、セルフィは訳がわからないといった体で三人を見回している。

 逃げるわけにはいかないのだ、という言い訳は、もはやサイファーからの逃避ではなく、サイファーに対峙する自分から逃げてはならない、というレベルまで来ている。既にサイファーの問題ではなく、スコールが内面化した己を律するための義務だ。

 おねえちゃん、と内心呟く。

「だーッ、もうわかった、わかったから! おまえらならすぐに倒せるんだろ、すぐに行ってこい!」

 背中でゼルが叫喚した。

「えー、ちょっとーそれって……」

「待ってっからな! 五分で終わらせてこいよ!」

 サイファーが意味ありげにほくそ笑んでいる。

「だとよスコール」

 ああなっちゃ駄目なの? ああなっちゃ駄目なの。と後ろではゼルとセルフィの問答が続いている。ゼルに対しては多少申し訳なさも感じたが、やはり足は止まらない。止めない。一段高い位置に居るサイファーのところまで辿り着いた。

 サイファーの立っている場所はやはりと言えばやはり、上の階に上がるための昇降機だったようだ。取っ手の類は一切ない。実用第一で作業人の安全は大方考慮に入れられていないのだろう。

「怖いか?」

 軽い機械音ののち、リフトが多少の揺れを伴って上昇した。階下の二人の声が聞こえなくなった頃、今度は挑発ではなく、サイファーが静かな声で問い掛けてくる。不思議だった。だから答えた。

「……わからない」

「……へぇ?」

「でも、考えると怖くなりそうだ」

「怖がれるってのは正常な証拠だ。まだ戻れる」

 何処に? だが問いがこえになる前に、リフトは二人の身体を目的の場所へと運び上げた。

「俺は戦闘が大好きだ。戦闘が終わっても生きてるってことは」

 昇降機が完全に止まる時間ももどかしく、まだ動いている機械から飛び降りたサイファーは、ガルバディア兵を襲っているモンスターに向かって突進した。

「確実に夢の実現に近付いてるってことだ、怖いことなんて何もない!」

 サイファーが叫び様斬り掛かったそのモンスターは、この付近では滅多に見ることのないハイレベルモンスターのエルノーイルだった。否、変種か亜種か、若干形態も違うように見受けられる。豊かな環境に適応して、エルノーイルよりも多少なりとも弱くなっていてくれれば幸いなのだが。「モンスターの巣窟」とはこのことだったのだろう。

「……ッ、夢――?」

 先程のサイファーの言葉をそのまま受け止めるのならば、それは戻れない場所に存在するものなのだろう。裏側に回り込んでガンブレードを発現し、斬りつけてトリガを引いた。硬い。甲殻が邪魔をして切っ先を潜り込ませることができないため、銃の威力も半減だ。外殻をほんの僅か、傷付けることしかできなかった。同じ場所を狙うか、それとも。

「おまえにだってあるだろうスコール!」

「そういう話なら、パスだ……ッ、出でよイフリート!」

 炎の魔人の火炎はスコールの意志に違うことなくエルノーイルの羽根を焼き、巨大な体躯を地に墜とした。正確に言えば鉄塔に送信機室を置くための不安定な床の上に、なので、当然太い鉄の糸で編まれた足場は大いに揺れた。その上を羽根をなくしたモンスターが、振動など物ともせずに駆けてくる。

「……おまえにはないか、スコール」

 こえに、だがスコールが振り向く前にはサイファーのガンブレードはモンスターに向かっており、舌打ちして追いかけようとしたそのとき、視界の端で動いたものがあった。先程このエルノーイルに襲われていたガルバディア兵だ。叫んだ。

「死にたくなかったら動くな!」

「ううう、うるさいっ、SeeDもモンスターも滅びろ!」

 がたん。ガルバディア兵が何らかのコントローラだろう端末を操作した途端、何処かで機械の軋む音が聞こえた。サイファーはまだエルノーイルとやり合っている。

「サイファー! 気を付けろ、何か――」

 皆まで言葉にはならなかった。目にした物が一瞬何だか判別できなかったのだ。

 電波塔上層、ループアンテナを擁する指向性アンテナとのジョイント部の一部が動き始めている。それは蜘蛛のような足で機器に取り憑き、恰かも電波塔の機器の一部であるかのように振る舞ってはいたが、徐々に浮き上がり、こちらに飛び降りる準備をしているように見えた。

「っサイファー!」

 叫びにサイファーがやっと注目したが、間に合わない。

 既にブラックウィドウはその身体を鉄塔から離脱させ、着地地点はどう見積もってもエルノーイルとサイファーの交戦場所だった。

 考える余裕もなく、反射的に魔法を発動する。

「トルネド!」

 魔法により突如巻き起こった強い突風が、エルノーイルとサイファーの身体を足場の外へと吹き飛ばす。地面に落ちれば多少の怪我はするかもしれないが、モンスターと共に機械に押し潰されて圧死するよりはましだろう。「スコールてっめぇー!」という怒声が遠ざかっていったような気がするが、きっと気のせいだ。

 機械仕掛けの黒い蜘蛛は、派手な音を立てて既に空席となった場所に落ち、何もないことに戸惑ったかようにセンサーを回して周囲を伺った。なかなか愛嬌のある姿だ。サーモグラフィとAIでも搭載されているのだろう、やはり蜘蛛のような機械の目にスコールの姿を認めて、体勢を整えた。これがドールの備品であったとは考えにくく、ガルバディア軍が用意していたものならば、当然スコールも攻撃対象になるだろう。

 体勢を整えなければならないのはスコールもまた同様だった。エルノーイルどころではない重量の落下に、そこかしこで鉄の継手は悲鳴を上げて身体を揺らしている。とても立ってはいられなかった。

 だが膝を折っていたスコールは立ち上がる間も惜しんで、体勢を整えている機械に対してガーディアン・フォースを召喚する。

「ケツァクウァトル!」

 招来したガーディアン・フォースの発した雷が機械の命令系統にダメージを与えている間に、自身の身体の安否を確認した。疲労こそ溜まってはいるが、度重なる戦闘にも特に支障はない。問題なくいけるだろう。

 サンダーでまめに動きを止めては、懐に潜り込んで連結部を痛めつけ、すぐに離れてケツァクウァトルを召喚する。ガンブレードであれを決定的に破壊することは不可能だろう。動きを止められればそれで良い。

 下にはゼルもセルフィも居るから問題はないだろうと思ったが、やはり吹き飛ばしたエルノーイルの生死は気になった。サイファーの心配は無論していない。

 やがてブラックウィドウも動きを鈍らせてきたので、スコールはほっと一息吐いた。下から聞こえてくる音を判別する余裕も出てくる。戦闘音のようだった。

「……行くか」

 ブラックウィドウを起動させたガルバディア兵のほうを一瞥すると、どうやら件の機械の落下で衝撃に頭をぶつけでもしたらしい、気絶している様子だった。呆れて一歩踏み出した、そのとき。

 崩れ落ちていた、とスコールが思っていたブラックウィドウが、気が付けば機械音を立ててすぐ背後に迫っていた。素晴らしいスピードだ、最初に飛び降りてきたときの敏捷さを取り戻してでもいるかのようだった。

『……自己修復?』

 思ったが、時既に遅し。せめてプロテスを発動させたスコールは、機械の突進に吹き飛ばされて階下に落ちる。

 衝撃。だが魔法のお蔭か酷い痛みも感じず、思考能力は減退してはいない様子なのが幸いだった。

「今度はスコールーッ?」

 落ちる最中、セルフィの叫びが聞こえた。彼女が落ちてきたときと逆のシチュエーションだが、頼むから今はレビテトを掛けてくれるな、機械のほうがスコールの身体の上にある。そんなことをされたらお釈迦である。

「下がってろ!」

 身体を返すと、眼下には瀕死のエルノーイルが地上に転がっている。魔力で風を足に溜めた。

「ふっ!」

 エルノーイルの身体に着地した、と思った瞬間には風を纏って蹴り出した。蹴り出されるのはこの場合当然モンスターの巨体ではなく、スコールの身体のほうだ。

 すんでのところでブラックウィドウの着地に巻き込まれずに済んだスコールの身体を、同じく瞬動してきたゼルが抱き留める。

「大丈夫か?」

「ああ……サイファーは」

 問い掛けて、止めた。エルノーイルは既にブラックウィドウの重量によって絶命しているようだったが、その重量の更に上、既にサイファーは仁王立ちして、ガンブレードを制御系中枢に突き刺していた。

「良い様だなスコール、天罰だろ!」

「もっと天罰を食らわしてやるさ! 避雷針を!」

 言い様、集中して魔力を高めた。ガーディアン・フォースを召喚しようとしているのだと気付いたゼルとセルフィが慌てて倣い、サイファーは舌打ちしてブラックウィドウから飛び降りる。ガンブレードは突き刺さったままだ。

「来たれ雷帝、集え天の光」

「神鳴る怒りを以て敵を裁き給え!」

「召喚、ケツァクウァトル!」

 三人の詠唱が一つになり、ケツァクウァトルを一柱、現出させた。姿は一つだが、もとよりこの世界での姿などに価値はない。いっそ普段よりも姿がはっきりしないほどだ。同時詠唱の価値、それは一人の力では到底及ばない地点まであちら側を探れるという点にある。曖昧な現実態エネルゲイアは寧ろ可能態デュミナスより正確にメディア界に固着している証拠でもある。終局態エンテレケイアに近い、という言い方でも良い。ハイレベルガーディアン・フォースと同格の形相が生じているのだ。

 更には今回、先程倒されたばかりのエルノーイルに固着していたガーディアン・フォースが、スコール達の側に変位しようと共振している。偶然だったが、これは相乗効果が大きい。

「サンダーストーム!」

 三倍どころではない、普段の三乗ほどの威力の雷撃を食らい、ブラックウィドウは重い身体の下にモンスターの死骸を敷いたまま、動きを止めた。

 先程の例があるので、また再起動しはしないかと暫くスコールはそれを見詰めていたが、モータ音の一つもしない。漸く、はふ、と一つ息を吐いた。

 スコールの様子に引き摺られてか、やはり息を詰めて機械を注視していたゼルとセルフィも、スコールが肩の力を抜いたことを察して、盛大に溜息を吐く。

「何なんだ、もう。サイファーとエルヴィオレが落ちてきたと思ったら、今度はスコールとカニマシンだし」

「エルヴィオレ?」

 ああこのエルノーイルの変種のことか、と一瞬訝しんでから納得する。カニマシンは聞かないでもわかった。

「上で襲われたんだ。ああサイファー、……」

「ふん、余計なことしやがって」

 圧死から救われたことに対する、彼なりの照れ隠しなのかもしれない。単に事実を述べただけの可能性もあったが、いずれ全員無事ならば取り敢えず文句はあるまい。ガンブレードを避雷針代わりにしたことに対しては文句の百や二百もあるかもしれなかったが、ブラックウィドウから引き抜いている最中の彼の剣に、少なくとも変形や焼け焦げは見当たらない。尤も一度位相変換して紋様化してしまえば疵など元に戻ってしまうから、勝手に使用したことではなく疵痕に文句を言われる筋合いもなかったが。

「サイファー」

「なんだ、これ以上――」

 持ち上げた左手首を指で叩いた。

「時間」

 何処か悠長なスコールの発した単語に、全員がギョッと目を剥いて腕時計を確かめる。意識はしていなかったが、それぞれ討伐に結構な時間が経っていた。

「撤収てっしゅー!」

「十五分で海岸まで走れ!」

 時間が差し迫っていたためか、サイファーがこれ以上無理難題を言うこともなかった。上にまだガルバディア兵が残っていることは当然伏せておくに限る。

Appendix

ゲームでの設定
  • 特になし。
この話での設定
  • 順番入れ替えっぱなし。
  • G.F.の設定についての注釈はもう入れないで良いですよね。

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