高速上陸艇は派手にドールの防波堤を壊してルブタン・ビーチに上陸した。砂浜で砲煙を上げながら戦っていたドール軍とガルバディア軍の双方が、海岸に勢いよく乗り上げてきた船に押し潰されまいと、慌てふためいて散開する。
ルブタン・ビーチはそのままドール市街に繋がっている砂地の海岸だ。スコール達は彩度の低いドールの町並みを目の前にして、高速上陸艇の開いたドアから飛び降りた。
先行していたSeeD達が嚮導している。隣の船からセルフィが飛び降りてくる様を見ながら、スコールはガンブレードを現出して、その場で刃を向けてきたガルバディア兵を薙ぎ払った。
正直なところ、密集地での対人の混戦にはスコールのガンブレードは向いてはいない。重量のある両手持ちの大剣はどうしてもモーションが大きく、知能のあるものが相手の戦闘では、全身を使って攻撃を行っている瞬間の隙を狙われやすい。仕方無く、すぐに魔法主体に切り替えた。
「さぁ、B班の受け持ち地域は中央広場よ!」
「行くぞ!」
やはり既に戦闘に入っていたサイファーが、キスティスの言葉で市街地に向けて駆けだした。彼の獲物はスコールのものよりも細身で軽量なガンブレードで、だが本来はやはり両手持ちのはずのそれを片手で悠々と操り、サイファーは味方が巻き込まれるのも構わず敵を薙ぎ払ってゆく。鼻先を掠めていった切っ先にゼルが慌てて飛び退いて、泣きそうな目をスコールに向けてきたが等閑に付した。やはりそこまで間近ではガンブレードも見たくはなかったらしい。特にサイファーの太刀筋は、袈裟懸けに振り下ろすスコールのものと違い、横一文字に薙ぐタイプなので、それはそれは怖かろうとスコールも思う。思うが、それだけだ。
市街入り口のネットケーブルをジャックしているセルフィの班が確保したスペースを通り、商店街を駆け抜けた。ドール軍は早々にSeeDの保護下に入っており、市街に残るのはもはやガーデン関係者かガルバディア軍だけである。街に傷を付けることだけは気を付けて、スコールもガンブレードを振るった。
ドールの歴史は古い。国の歴史は無論のこと、街のつくりも古式ゆかしい石畳の道路と煉瓦造りの赤茶けた建物で構成されたものであり、懐かしい景観を有していて戦闘で破壊されてしまうのはさすがに忍びなく感じられた。
尤も、山間部へと通じる道路に残るガルバディア軍の大半は、先行しているSeeD達が片付けていたらしい。時折路地裏から出現するガルバディアの残党をスコール達が掃滅する回数も多くはなく、古い町並み特有の複雑な路地を抜けて中央広場に着くまでに、そう時間は掛からなかった。
女神ニミュエの泉が中心に据えられ、百合の紋様が四方に広がる中央広場には、ドール随一のホテルが面しており、普段は観光客の姿が絶えない。砲撃に晒されることもなく優美な姿を湛えたままの彼女は、だが水の裏にガルバディア兵を隠してスコール達を出迎えた。
「来やがれガ軍!」
サイファーは高笑いと共に彼らを挑発した。もしかしたら煽ったという意識すらないかもしれない。
「なんだコイツら、こんなガキがドールの援軍?」
「バカ野郎、ガーデンのSeeDだ! 油断するな」
残念ながらまだSeeDではなかったが、バラム・ガーデンの制服の違いも知らないところを見ると、恐らくは経験も足りない新兵だ。こちらをSeeDと誤解してくれているのならばやりやすい、怯んだ隙に突撃するだけである。いずれこの班の戦闘力はSeeDにも見劣りしない。足りないのは経験だったが、それも相手と同条件ならば、何も問題はなかった。
驀進して後ろを取ったゼルが蹴りで吹き飛ばし、こちらに飛んできたガルバディア兵二人を二対のガンブレードが勢いのままに仕留めた。上がる血煙。それを避けてスコールは目を逸らした。
「おい! ガルバディアの臆病者ども、俺を退屈させるな!」
しかしサイファーは白いコートが赤く染まるのも意に介さず、返り血を受けて叫ぶ。嗤っている。
「メインルートは俺が押さえたぞ! SeeDなんかに手こずってないで、とっととここまで来やがれ!」
「……莫迦だぜ、あいつ」
スコールの倒した死体を覗き込みにきたゼルが呆れて呟く。スコールは皺を寄せた眉間を押さえた。自分達がなろうとしているものがSeeDだと、果して班長殿が理解してくださっているのかどうかは、どうやら神のみぞ知るところのようだ。試験の結果を想像して頭が痛くなった。
サイファーの言葉を受けてではないだろうが、そこかしこの路地から、SeeDに撤退を余儀なくさせられたのだろうガルバディア兵が顔を出す。だが肝心の、山間部方面からの撤退兵は居ない。既にSeeDに殲滅させられたのか、或いはまだ撤退が始まっていないか。
スコール達は分散してガルバディア兵を掃討しながら、山間部への道路を見張っていた。気を取られていると交戦の発砲音を耳にしてか、余計にガルバディア兵が集まってくる。それでなくとも中央広場はサイファーの言うとおりメインルートだ、押さえておきたいのだろう。舌打ちしてガーディアン・フォースを召喚した。
「雷帝ケツァクウァトル!」
雷獣のサンダーストームでガルバディア製の自動銃を一時不能にすると、剣を持った兵のほうへ突進する。電撃で痺れているのだろう、動きの鈍い兵士達の獲物をガンブレードで叩き落とし、返す刃で彼等の身体を撲った。
吹き飛んだ兵士達が小銃兵に折り重なるようにしてぶつかり倒れたのを見ると、スコールは今度こそイフリートで一掃する。にくの焼ける匂い。サイファーが厭そうにこちらを見ていた。
「これで全部か?」
三人が一通り掃滅したあとの中央広場には、夥しい血の跡と伏した死体が残っていた。新しく出てくる兵は居ない。街のあちらこちらに散らばったSeeDと候補生達によって、既に市街地はほぼ制圧が済んだのだろう。
「……これで敵さんの到着まで待機か」
サイファーが山間部を睨み上げた。市街地から臨める山の第二ピークには、ドールがかつて使用していた電波塔が聳えている。十七年前までの話だ。今回のようなことが度々あったため、ドールとしては避難所として廃棄はできなかったのかもしれない。
生肉の匂いをかぎつけてか、痩せこけた犬が顔を出した。何処にでも居そうな茶色の犬だ。家族に置いていかれたか野良か、戦火の中で怪我もせずに生き残ったは良いが、腹を空かせてでもいるのかもしれない。
「待機。……退屈な言葉だ」
呟いたサイファーのコートに懐いたのを見てゼルが目を剥いたが、何のことはない、血の匂いに誘われたのだろう。結局血飛沫を浴びたのはサイファーだけだ。
「仕事の邪魔だ、失せろ!」
だからといって犬に対してガンブレードを振るうことはないのではないか、とスコールが呆れたとき、件の山の方向からここまで揺らすような砲音が響いた。
山間部へと至る市街地周辺に到着したSeeDと、そこに駐屯していたガルバディア軍が開戦したのだろう。いずれSeeDが勝利することを前提として、スコール達はここで退避してきたガルバディア兵を迎え撃つのが試験内容である。
「始まったみたいだな……」
「歓迎してやるか」
先程の八つ当たりも何処へやら、サイファーは既に笑いを抑えられないといった体だ。SeeDのおこぼれでも何でも、戦闘があれば良いのだろう。
しかしサイファーの期待には添わず、ガルバディア軍はなかなか姿を現さなかった。SeeD相手に全滅でもしたのか、或いはガーデンの予想を裏切ってガルバディア領に撤退したのか。一時は激しかった砲撃の音も小康を見せている。比例してサイファーの機嫌は下がってゆくのが手に取るようだ。
「……来ないな」
「こりゃ……さすがに退屈だぜ……」
ゼルまでもがこの始末だ。サイファーは言うまでもない。
「まだおあずけか……」
肩に担いだガンブレードの峰を規則正しくトントンと肩に当てながら、サイファーの不満は募る一方のようだった。
もはや三十分は経過しているだろうか。学校で時間に縛られている子供達は、何もしないでいるという時間に慣れていない。それはサイファーのみならず、残り二人も同様だった。そろそろ堪忍袋の緒も切れそうだったが、しかし先に見境なく騒がれると冷めるものだ。
「もう限界だ!」
案の定真っ先にキレた一人のお蔭で、スコールとゼルの苛立ちはたちどころに収まりを見せた。理由のこどもは尚も叫んでいる。
「耐えられねえ! これは犬の訓練か?」
犬のブリーダの仕事などまるで知らないスコールが首を傾げていると、サイファーの言葉に反応でもしたかのように、程近い位置で先程からずっと死体を漁っていた犬がスコール達から離れた。ガーデン生達がやってきたのとは反対の港の方向を向いて、高く遠吠えを上げる。
一度。
二度。
三度。
そして犬は満足したように戻ってくる。
「……なんだ?」
「! 敵だ!」
ガルバディア兵だった。しかし予想していた山間部からの撤退兵ではない。
三人は顔を見合わせて頷くと、物陰に隠れた。一個分隊と思しきガルバディア軍の兵士達が、港の方向から山間部へと移動している。予定では逆に山間部から市街地へと兵が降りてくるはずだったのにも関わらず、である。
兵隊は中央広場に広がる自軍の死体に眉をひそめたようだったが、立ち止まることなく通り過ぎると、一直線に山へと向かった。
「……つまり、また新しく兵を投入したってことか?」
「しかも市街地は実はどうでも良くて、避難してるドール軍皆殺し作戦?」
スコールの呟きに、ゼルが尤もな仮説を立てた。
誤算も良いところだ。もしガルバディア軍の動きを予想したのがガーデンではなくドールからの進言だった場合、そして上層部で新たな契約が結ばれなかった場合、契約外ということでSeeDは動かない可能性もある。SeeDとガルバディア兵が山間部で開戦した際に上がっていた激しい砲撃が止んだ理由がそこにあったとしたら、間もなくスコール達のところにも撤退命令が来るかもしれなかった。
つまり中途半端に試験終了だ。
根拠はなくもない。街のそこかしこで発現されているガーディアン・フォースの気配が、山間部にはないのだった。SeeDは既に山間部でのガルバディアとの交戦を打ち切っているのではなかろうか、と考えることもできる。
「お、見ろよ。さっきの奴等だ」
スコールが考え込んでいると、ゼルが顎をしゃくった。見れば件の分隊だろう青い制服の団体が、岩肌の見える山の崖路を進行している。
「どこ行くんだ、アイツら」
目を凝らしていると、彼等はどうやら件のピーク付近に立つ電波塔に向かっているようだ。ドール軍がそこに立て籠もってでもいるのだろうと思われた。
「なんだ? あの山頂の施設は」
「電」
波塔、とスコールが端的に答えようとしたが、途中で遮られる。サイファーだ。
「あそこへ行くぞ」
「そりゃ命令違反だぜ!」
「さっきまで暇だって言ってたんじゃないのか?」
止めようとしたゼルが反論されて詰まっている。それは確かに事実だろうが、しかしだからといってガーデンの命令に背いて良いという問題でもない。
「スコール……」
救いを求めるようにゼルが振り向いた。
ゼルの言い分にスコールとしては大いに賛同できたのだが、サイファーが言い出したら聞かないこともまた、長い付き合いから熟知していた。しかもサイファーは班長だ。ここで背こうものならそもそもが命令違反であり、サイファーと立場が変わらなくなる。しかし班長に従ったとしても、どちらにしろ命令違反になることは間違いない。
既に事態は未熟な候補生達が言い渡された予定とは大きく異なっており、彼等の判断の許される範囲を超えていた。ドールがガーデンと再契約するにしろ破約するにしろ、いずれ新たな指令が下されるとの予想は想像に難くない。
要するに今回の試験は御破算となるだろう、とスコールは自棄になって口を開いた。
「班長の判断には従うさ」
どうせ台無しなら、少しでも面白いほうがマシである。
「何が班長の判断だ。おまえだって暴れたいんだろうが」
だからサイファーの指摘は正しい、全く以て正しい。正しい、が、
「あんたとの訓練の成果を試すチャンスだからな」
しかしサイファーには言われたくなかった。
「あんたのお蔭でどんな卑怯な相手にも負ける気がしない」
「そのときは俺に感謝するんだな」
皮肉げに返されたが、自分で言っていてスコールは違和感を感じた。サイファーはそのように卑怯な手を使う人間だったか?
だが疑問が形になる前に、ゼルの言葉で我に返った。
「なんだよ。仲が良いじゃねえか……同類だぜ、あんたたち」
『……同類はともかく、仲が良いってのは勘弁してくれ……』
ゼルは苛立っているのか、落ち着きなく辺りをうろつくとサイファーを睨んだ。
「あのなぁ、これ、ただの戦闘じゃないんだぞ。大事な試験なんだ」
何が試験に重要と考えるかが、人によって本当に違うのだとスコールは思う。確かゼルにも大事な大事な試験の邪魔をされそうになったことが、この短い時間で既に何度かなかっただろうか。あったはずだ、と思ったが、すぐに考えることは放棄した。
「勝手な行動はマイナスでかいぜ」
「おまえ、ここに残れ」
ゼルの提言に、だがサイファーはゼルどころか恐らくはSeeD試験すらも一顧だにせず、切り捨てた。
「やる気のない奴は要らない」
「……ンだと?」
やる気がないのは自分も同じだ、と思ったが、スコールは懸命にも、或いはいつもどおりに口を噤み、一触即発といった体の二人を諫めた。
「気にするな、ゼル。それよりサイファー、行くなら急ごう」
サイファーはスコールの言葉に鼻を鳴らして電波塔を仰いだ。もし現地に残っているのならばSeeDに敵の存在を知らせるにしろ、或いは自分達で敵を追いかけるにしろ、いずれ時間はないだろう。
「敵目標は山頂の施設と判明。我々B班は、山頂を確保すべく移動する。直ちに出発だ」
「了解」
既にしてサイファーの身体は山間部へと動いている。宥めるように視線を向けると、ゼルも舌打ちして諦めたようだ。
「……了解」
あとには犬の遠吠えだけが残された。