IF YOU WERE HERE 01-05 "SeeD"

I

 バラムは周囲を暖流に囲まれた島国で、緯度の割には年間を通じて温暖だった。夏には目映いばかりの太陽が青空を彩り、バラム特有の曲線的な白い建造物が良く映える。かつての母国であったドール大陸――現ガルバディア大陸から多く観光客を迎え、保養地としても栄えているが、元々は漁業と酪農で生計が成り立っていた国である。

 そんな環境のせいか、国民の気質はおおらかで陽気だった。ちょうどスコールの隣に座るゼルがそうだ。彼は首都バラムの出身だと聞いている。対人関係に問題のあるスコールがわざわざ聞かなくとも耳に入る、という意味だ。ゼルもまた、スコールやサイファーとは別の意味で問題児として名を馳せていた。

「おっ、あそこあそこ! あそこがオレの実家な!」

 窓から一つの民家を指差し、誰に言うでもなくゼルが嬉しそうに声を上げた。

 バラム式の住居は一軒一軒分かれて建っているわけではない。一区画毎ににのっぺりと連なる白い壁が続いており、住居の入り口こそ各々分かれて付いてはいるが、家と家の間に区切りや境といったものが、外観上は一切存在しないのだった。内部でのみ壁によって仕切られている家々は、巨大な住居の一部屋だと言っても差し支えはない。言わば長屋のようなものだった。

 スコールもちらりと窓の外に目を遣ったのだが、そのような理由で、ゼルの指差した方向の果してどれが彼の家なのか、まるでわかりはしなかった。が、知れずとも特に問題とは思っていない。そのまま視線を外すと、すぐに港に到着である。

 バラム港は漁業用船舶のみならず一般の船舶の帰港をも許可していたが、もうひとつ、SeeD専用船の発着港としての機能も兼ね備えていた。当初はガーデンが自前で港を開くという話もあったようだが、ガーデンとの密接な関係を望んだバラムの申し出により、このようになった。いずれガーデンにとっても有難い話である。金銭的な面は無論のこと、SeeDの出向はガルバディア大陸に向けたものが殆どなので、位置的にもバラム港は最適だった。

「あの船か……」

 スコール達が車輛から降りて仰いだ港には、ガーデンの高速上陸艇が待機していた。のっぺりとした黒っぽい外観に上部の機関砲が重々しい小型の舟艇である。既に海上で出撃を待つばかりの船も六台。どうやらB班の到着が最後だったようだ。

「もう後戻りはできないぜ」

 サイファーが嘯く。スコールに視線を遣って鼻で嗤ったが、何度も引き返してSeeD試験を受けているのは一体何処の誰だろう。呆れて無視した。

 切り返しのなかったスコールを、訝しげに振り返るとサイファーは、

「ん? おまえも、ビビってるのか?」

と言った。

『……も?』

 一瞬疑問に思ったが、まさかサイファー自身のことではあるまい。サイファー曰くチキンのゼルが、実戦に怯えているとでもサイファーは思っているのだろう。幸いにしてゼルが気付いた様子はない、物珍しげにSeeD専用舟艇を眺めている。

「おい! おまえたちで最後だ、早く船に乗りなさい!」

 スタッフから声が掛かる。駆け出し様、サイファーは囁くように耳打ちした。

「俺をガッカリさせないでくれ」

 実に勝手な期待だ。溜息を吐いて、スコールも二人の後を追った。

II

 普段はSeeDの出撃のためにしか用意されない高速上陸艇は、その名の通り現行の舟艇としては最大級のスピードを誇る。かつてはエスタの船がこれ以上の速さを持っていたとの話はあるが、十七年前からエスタの船が目撃されたことはない。スコール達は、要するにその速さの程を知らなかった。この船を使えばガルバディア大陸まで三時間と掛からないが、これ以上の速さとなると想像も付かない。

「やあ、キスティス」

 砲台の付いた甲板に上がっていたSeeDが降りてきた。彼女も優秀なSeeDとして有名人だ、キスティスの同期らしい。シュウと言う。

 二人はSeeDの敬礼を交わした。

「これが今回のB班のメンバ。宜しくね、シュウ」

 キスティスの紹介に、ゼルとスコールが立ち上がって敬礼をする。候補生にしろ生徒にしろ、敬礼はSeeDのものに倣っている。これは他ガーデンでも同様であった。

「宜しくお願いします!」

「……宜しくお願いします」

 サイファーは足を組んで座ったまま動かなかない。シュウはわざとらしく首を傾げた。

「サイファー、何度目?」

「俺は試験が好きなんだ」

 サイファーの答えはあながち嘘ではないかもしれなかったが、しかしこの状況では強がりにしか聞こえまい。案の定シュウは笑うと、気を取り直して口調を変えた。

「状況及び任務の説明を始める」

 船のミーティングルーム、進行方向後方には電子ボードが取り付けてある。シュウはその横に移動すると、電子ボードのスイッチを入れ、試験の概要を話し始めた。試験内容とは言うが、要するにSeeD派遣の任務内容である。SeeD達は仕事の合間に候補生達の相手をすることとなる。

「本件のクライアントはドール公国議会。SeeD派遣の要請があったのは十八時間前だ」

 これを聞いてスコールは得心した。SeeD試験の日程が噂になっていた理由である。ドールからの要請が入る前には既に動きがあったのだろう。ガーデンの学生の中には軍事情報を集めることが趣味の情報屋も割に多く、その手のSeeD候補生は、実地試験では情報処理班として参加しているはずだった。

 スコール達のB班は戦闘班である。自分も含め、この班には問題児ばかりが集められたような印象があるが、ひょっとしたら今回の戦闘メンバは自分達だけだった可能性もあるということに、今更ながらスコールは気が付いた。それならば選択の余地もなかったはずである。

 シュウの説明は続いている。

「ドール公国は、七十二時間ほど前から、ガ軍の攻撃を受けている。開戦から四十九時間後、ドール公国は市街区域を放棄」

 つまり今から二十三時間ほど前の話だ。

 ガ軍ことガルバディア軍の他国侵攻は今に始まったことではない。十八年ほど前から、ティンバーを始めガルバディア大陸の各国は、悉くガルバディアの侵略を受けてきたと言っても過言ではない。十二年前、バラムにガーデンが設立されていなければ、バラムもドールも同じ道を通っていたかもしれなかった。現在、ガルバディア大陸に残る国家はドール公国のみである。

 つまりドールはガーデンのお得意様なのである。なのに市街地の放棄からSeeD要請までに五時間も掛かったというのは、あまりにも決断が遅いとしか言いようがなかった。また料金絡みのトラブルだろうか。

「ドール軍は現在は周辺の山間部に退避し、部隊の再編を急いでいる。以上が現在の状況だ、次に具体的な任務と作戦の内容に入る」

 電子ボードに映し出されていたドール公国の地図が拡大された。

「報告によるとガ軍は、周辺山間部のドール軍排除計画を展開中」

 ドール公国は、海から入るには容易いが、山から入るのは困難である。地形的に攻め倦ねているということだろう。

 要請が遅れた理由には、もしかしたら当初はドール軍だけで迎撃できると踏んでいたのがあったのかもしれない。元々ガルバディアにとってドールはそう旨味のある国でもない上、今更本気で侵攻すればSeeDに辛酸を舐めさせられることがわかりきっている。単にのちの外交を巧く運ぶための見掛け倒しの侵攻であり、時間さえ来れば撤退すると推測して、ドールが軽んじたとしても不思議はなかった。

 ところが現在まで交戦が続いているという状況なのだろう。何があったのかは知れないが、ガルバディアはドール侵攻を焦っていると見て良い。

「我々はルブタン・ビーチから上陸、市街地に残るガ軍を排除しつつ、速やかに市街地を解放する。その後、我々SeeDは山間部から戻るであろうガ軍を市街地周辺部にて迎撃のため、待機する」

 SeeDの攻撃を受けて山間部からガルバディア軍が撤退するだけならば、険しいとは言え、そのまま山を抜けてガルバディアに戻れば良い。山間部はドール市街よりもガルバディア側に位置しているのだから。

 ところがガーデン上層部は、ガルバディア軍がドール市街地に戻ってくるとの見通しを立てているのである。つまり、先程の説明からスコールが推測した通りである。

 ガルバディアは、何故か今、本気でドールを欲している。

「俺達は何をするんだ?」

 足をテーブルにだらしなく持ち上げ、なおざりに説明を聞いていたサイファーが問うた。

「君達SeeD候補生には、市街地に入り込んだガ軍を排除してもらう」

「重大責任だ!」

 握り拳を作って勇むゼルと対照的に、サイファーはそれを聞いて実に情熱の足りない貌で顎に手をやった。

「楽しくないな。要するにSeeDの連中のおこぼれ頂戴だろ」

「ああ、言うまでもないことだが」

 二人を無視してシュウは言葉を紡いだ。

「撤退の命令は絶対だ。これは忘れるな」

 逆に言えば「それまで決して撤退しないこと」も命令の内だろうと思ったが、思えばこそ、シュウの言葉には口答えしないでおいた。試験はもう始まっている。つまり命令は絶対だった。

「まもなく上陸だ。下船直後から戦闘が予想される。準備怠りなく、だな」

 今更このチームで戦略を練っても仕方あるまい。準備完了、である。

「以上だ。何か質問のある者はキスティスに訊くように」

III

「何か質問がある人」

 シュウがミーティングルームを辞したあと、キスティスが全員の顔を見渡す。返答はなかった。サイファーは試験内容に不満を持っていてやる気がなさそうであったし、ゼルは期待に逸りすぎて冷静さを失っている。要するに両方とも話をまともに聞いていなさそうだ。スコールはと言えば相変わらず無関心に見える無表情で、キスティスは肩を竦めた。

「なければ時計を三時間戻しておいてちょうだい。以下内容を繰り返します。今回の作戦はドール市街地に侵入したガルバディア兵を排除するのが目的。それから撤退は最重要命令だから、もし撤退命令が出たらすぐに海岸に戻ること」

「それと班長の命令も最重要命令だからな。逆らわないこと」

 サイファーが口端だけを上げて嗤いながら付け足した。こういうところにばかりやる気を出されても困りものだ。

「初の実戦だからってビビってチビるなよ。特にチキン」

 キスティスが額を押さえた。何処かで見た仕種だ。

「あん? 誰に言ってるんだ?」

「お喋りはそのへんでお終い。間もなく上陸よ」

 身を乗り出したゼルはやはり「相手をしなければ良い」と言ったことなど頭から抜けているようだ。キスティスに遮られて渋々といった体で腰を下ろした。サイファーはそれを見てククク……と嗤うと、

「さぁてスコール、おまえ外の様子を見てこい」

と命令した。すっかり班長気分らしい。普段はサイファーに逆らってばかりいるスコールが、立場に口答えもできないという状況を楽しんででもいるのだろう。全く趣味の悪いことである。

「了解」

「……当然だな。班長命令だからな」

 素直に従って立ち上がると、サイファーはつまらなさそうだった。全く趣味の良いことである。

 幸いにして彼の趣味に付き合って悔しそうな振りをする義務はなかったので、そのままキスティスと一瞬視線を交わして許可を得てから、ミーティングルームを後にする。甲板に上がる階段のあるギャレイでは、シュウがひとり寛いでいた。

「どうしたの」

「班長命令で、外の様子を見てこいと」

 シュウは朗らかに笑う。

「成程、あの子はねぇ……ま、いいや。これあげる」

「?」

「大したものじゃないけど。学生向け」

 手渡されたのは、航路やドールの情報の記されたクリアシートと、ドールの遠景写真だった。

「実物見ながら被せてごらんなさい」

 有難く受け取って、立て掛け梯子を登る。ハッチを開ければ、外からは盛大な爆音が聞こえてきた。強烈な潮の匂いと、風に乗って流れてくる硝煙の匂い。目を灼く閃光と濃い煙。近くまで行けば血も匂ってくることだろう。

 身体を完全に梯子の上に上げると、実際のドールの遠景を背景に、クリアファイルを写真に重ねた。成程、子供騙しの説明だ。

 ガーデンで叩き込まれたどの情報も伝えないリアルが、そこにはあった。

Appendix

ゲームでの設定
  • 高速上陸艇は7隻。
  • ドールとガルバディアの位置関係。
この話での設定
  • 高速上陸艇の内部設定。
  • エスタ船舶の目撃度。

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