LIVE A EVIL The Lords of the Ring

I

 イデアさんとエスタの大統領――要するに堅ッ苦しく言わなければあのラグナさんだ――に、初めて一緒に会ったのは、世界情勢も落ち着いてきて大分経ってからのことだ。名目上も実質上も、わたしとイデアさんはそうそう自由に出歩ける立場ではなかったので、或いはそのような存在ではなかったので、まぁつまりはラグナさんが望んでくれなければ一生叶うことはない面子での対面ではあったのだ。少なくともわたしの望みではない。イデアさんの望みであったかどうかは知らない、色々と教えてくれる予定だったはずの魔女の先輩ことイデアさんは、結局わたしにあまり会おうとはしなかったから。それが罪悪感のせいにしろ重ねてきた嘘のせいにしろ、わたしも少なくとも魔女になったことに関しては経緯ではなく結果にしか興味がなかったから、彼女がわたしを避けていること自体は割とどうでも良いのだけれど、自分を避けている人間に好んで会いたいと思うほど酔狂でもなかった。スコール達と一緒に倒したはずの操られた魔女、わたしにとって彼女に対する印象などせいぜいがその程度だ。その他には、スコール達の育ての親、先代の魔女、歴代魔女の中でも長寿の部類に入るらしい魔女、羨ましいほどの美貌、そんな情報があることにはあるのだが、情報はわたしに感慨は与えない。詰まるところイデアさんはわたしにとって非常に他人であり、他人でありながらもそれ以上に関わろうとする愛情も必要性も、わたしは彼女には感じていなかった、それだけのことだ。

 そう、必要性がなかった。これが一番重要だ。

 当初は彼女と会う必要性がどうしたって出てくると思っていた、だから教授を請うた、魔女としての知識を得るために。だがそれは、時間が経つにつれ必要なくなっていった。彼女は初めからわかっていたことだろう、わかっていて、まだ何も知らなかった新米魔女を、ひょっとしたら憐れんでいたのかもしれない。逆に、それはそんなにも彼女が当時追い詰められていたことを意味していて、わたしにしても彼女に同情はしたのだけれど。未だに、わたしよりはずっと彼女のほうが魔女のままだ。無論チカラの有無の問題ではなく、存在の在り方としての問題で。

 さてラグナさんだ。さすが空気を読まないことにかけては左に出る者が居ないとスコールが言うだけのことはある、こんなわたしたちと両手に花のおデートとは。因みに右ではなく左なのは、以前にラグナさんがスコールの前でそう言い間違えたためらしい。素敵だ、素敵すぎるよお母さんの初恋。わたしだったらこんなヒトには間違わないと惚れられない。いやうっかり間違えてしまいたくなるほどに素敵だという意味だけれども。いやいや二重の意味で親子どんぶりはマズいよリノア! なーんて。

 しかしながら空気を読めないことに関してはラグナさん以上じゃないかという世間知らずのイデアさんはもっと凄かった。おーい洋間で土下座するナ、三ツ指突くナ! どっちが深窓の令嬢だかわかりゃしない、似而非お嬢様なわたしとしてはここで一緒に正座してアナタのパパをお出迎えすべきなのでしょうかダーリン。おーまいだーりんすいーとはにー。

 ああわたしは本当に新米の魔女だったのだ、行為の意味なんか頭ではわかっていてもそれがどんなに魔女らしいことかもまるで理解してはいなかったのだ、そしてイデアは本当に長いこと魔女だったのだ。魔女らしい魔女だったのだ。そしてまたラグナさんも、仮にもどころか本当にジャーナリストだったのだ。

「もう左手を使う必要も三ツ指を突く必要もありませんよ、イデアさん」

 ここまで来ないと、わたしはそれの本当の意味さえ失念していた。悔しい、新米の魔女よりも過去の魔女のほうが知識があるのは当然としても、ラグナさんにまで後れを取るだなんて。尤もこれはスコールにラグナさんが莫迦だ莫迦だと聞いていたせいかもしれない、だとしたら申し訳ないところだ、スコールが。左に出る、もひょっとしたら、間違いでも何でもなく単なる厭味だったのかもしれない。右のほうが優れているなどと、なんて魔女に対して失礼な物言いだ! これは本当にうっかり間違えそうだよお母さん。堪らなくなって天を仰いだ。

「あ、勿論リノアちゃんもな?」

 言われるまでもない、端からわたしはそんなことしようとも思ってなどいなかった。いやそうすまいと意識する以前の問題だ、意識することもできないほどにそんなこと忘れ果てていたし、わたしにとってそれは意味も価値もないことだった。これからいつか必要になるとしても、いつか反抗する気になるとしても、まだわたしはほんの赤ん坊程度の新米で、そしてガルバディア大統領の娘で、そしてエスタ大統領子息の恋人だ。つまりリノア・ハーティリーという魔女は、歴史上迫害されてきた今迄の魔女よりも多分にとてもとても恵まれた立場の魔女なのだ。ああ本当に悔しい。悔しいので、にっこりと最上級の笑みを浮かべて大人げなく言ってやった。

「わたし、元々左利きなんですよラグナさん」

 「ちゃん」付けしてくれたくらいだから、このくらいは「童」の領域として許されるだろう。わたしも空気は読まないほうだ。読めないのかもしれないがどちらにしろ違いはない。

 どっちにしたってわたしはもうヒトの空気を読まない必要のある魔女なのだ。ラグナさんはちょっと哀しそうなかおで笑った。哀しそうに見えたのはわたしの自己憐憫のせいかもしれない。

II

「左手は魔女の象徴だって知ってるけどさ、三ツ指って何? 単なる丁寧なお辞儀じゃないのか?」

 あの場で警備をしていたゼルが、その日の帰りにそんなことを聞いてきた。彼のこんな素直さ、己の知識欲に対する従順、そんな部分をわたしはこよなく愛していた。物知りゼルの基盤はこういうところにあるのだろう。知識欲はあってもキスティスだったら絶対にこんな場面では気を遣って訊いてはこない。それは賢い付き合い方ではあるけれど、賢いやり方であるとは思えないので、つまりゼルのほうが命の短いヒトには向いた方法論を取っているのだろうということだけど。

「ゼルはね、うーんどうだろ、もしかしたら関係ないかも?」

「オレは?」

「うん。スコールとセルフィはめっちゃくちゃ関係あるかな。ちょっと格闘技とか武器の扱いとか、詳しくないから間違ってるかもしれないけど」

 首を傾げられた。

「バトルに関係あるってやつ?」

 傾げている割には核心を突いてきている。勘ってのは要するに溜め込んだ知識が論理的に言語化する以前の、無秩序な根拠が弾き出した計算結果だ。勘が鋭いということは脳の経験値が高いということだ。ゼルは本当に頭が良く、良い頭に素直だ。わたしとは正反対だ。あーヘコむ。

「きっとカドワキ先生が詳しいと思うんだけどね、うーんと、親指と小指をなくすとするでしょ」

「こう?」

 うわ、凄い、抑えもなしに小指曲げてる。わたしがやると一緒に薬指も曲がっちゃうよ、こういうのが身体を鍛えてるってことなんだろうか、ひょっとしてSeeDって不随意筋まで意のままになったりするんだろうか。ドキドキ。

「そうやって両端の指がなくなっちゃうと、えっと、切り取っちゃうと、武器がまともに扱えないよね?」

「……魔女裁判の拷問とかそっちの話か?」

「近いけど、ちょっと違うかな。要するにね、あれって元々は魔女の騎士が時の権力者にやらされてた挨拶だったの」

「げ、もしかして武器を持たせないために切り落とされて?」

「うん。そうやって武器を扱えない身体で土下座させるってことは、完全な絶対屈服を意味してたんだ。ま、凡百の権力者が考えつきそうなことだよね」

「なーる……」

 本当はそこが本質ではないけれど。

 殺さず生かさず騎士を籠絡しておく、ということだ。延いては目的は魔女の去勢だ。魔女の騎士は魔女を殺せる唯一の剣であり、魔女は自らの尊厳死のために騎士を必要とする。魔女は大抵優しくて愚かなので

 自らのチカラの暴走を食い止めヒトを傷付けないために、魔女は騎士を必要とする。しかし剣の使えない騎士は魔女を止められない、だから魔女は下手に小さなチカラも使えなくなる。新たな騎士を探したりいっそヒトに復讐したりもできない、何しろ愛する騎士は三ツ指にしろ何にしろ元気に生きてはいるので。

 自らの欲望のために、騎士を必要とはせずチカラを振るえた悪しき魔女達は、だから本当はとても利口なのだとわたしは思うのだ。愛する騎士を去勢され、自らのチカラを去勢され、人間達に虐げられ抑え付けられ裏切られ、それでもなお人間への愛情を捨てられないだなんて、ああ本当に大概の魔女は愚かだ。あまりにも愚かしく、あまりにもヒトから遠い。ああ魔物だ。だからヒトに焦がれている。

 力で勝れども、魔女が普通の人間の上位に来たことなど、歴史上ただの一度もないのだ。

 ラグナさんはそれを知っている、知ればこそあのひとは魔女を恐れない。恐れないということは封じる必要性を感じていないということだ、わたしが賢い魔女にならない限りは。

「そっか、まま先生はもう魔女じゃないし、リノアはリノアだもんな! そんな服従の証なんて必要ないってことか」

 ヒトの中にもこんな魔女以上のお人好し達が居るからか、それとももっと理由があるのか、新米には良くわからないところだけれど、とにもかくにも魔女はヒトを捨てられない。愛されている魔女は、だから本当はとても弱い。

「特に相手がラグナじゃあなぁ」

 わたしは強くなりたいと望んでいたはずだったのに。

「そうだね、ラグナさんだもんね」

「ってことはラグナも成立の経緯を知ってたってことだよな? 腐っても大統領なんだな、やっぱ」

「どっちかって言うとジャーナリストとして世界中を回ってたときの賜じゃない?」

「そっか、そっちもあったな。リノアは図書室から?」

 しかし本当に、騙されやすい割には核心を突きすぎではないだろうか。まぁ良いんだけど。ここらへんはどうせいずれオダイン博士との共同研究でそのうち明るみに出る部分だ。企業秘密も保守義務も、わたし以上にオダイン博士には守る気などまるでないから、話してしまっても問題はないだろう。だからわたしは新米なんだっての。魔女でなくなったイデアよりもまだヒトに近い。

「違うよ。魔女の記憶から」

「ん? 魔女の、記憶?」

「ガーディアン・フォースのジャンクションってさ、不思議に思ったこと、ない? 兵士としての訓練しか受けてなかったアーヴァインや、ホントに一般人に過ぎなかったわたしでも、疑似魔法とは違って何の訓練もなく使えた」

「それがガーディアン・フォースだろ? オレ達の力じゃなくて、ガーディアン・フォースの力がオレ達に力を使わせる」

「そうだよ、わたしたちの力じゃないの、そこが大事なの。つまりね、ガーディアン・フォースのチカラの使い方のノウハウは、ガーディアン・フォース自体が持ってるってことだよ?」

「うん、?」

「じゃあその使い方を、わたしたちはどうやって知ると思う?」

「……ガーディアン・フォースからもらってる?」

「正解。じゃあ魔女のチカラにはそれはない、という保証は?」

 ゼルは瞠目している。目をまあるく見開いたまま、一所懸命考え込んでいる姿は、なかなか可愛いと言えなくもない。そう回転が速いわけではないのだろうけど、彼は手に入れる前の知識に対してだけではなく、手に入れた知識に対してもとても誠実だ。わたしはこう在りたいのだろうか、それともこうはなりたくないのだろうか、内在する魔女の叡智Ideaに対して。わからない。

「え……っと、じゃあそういう、魔女の力の使い方とか魔女の歴史とかも、継承によって記憶として受け継がれるってことか?」

「そうそう。やっぱりガーディアン・フォースと一緒で、魔女としての経験値を積めば積むほど、それはヒトの側にも堆積してくの。きっと脳味噌に何々ジャンクションコンプリート! とかデカデカ書いてあるんだよ」

「おお、じゃあこれからもっとリノアは頭良くなるってことだな!」

 うーんかわいい。マズいほどかわいい。うん、リノアちゃんってバこんなに莫迦なのに。

「え……ッ、ちょ、悪いオレなんか悪いこと言った? おいリノア!」

 どうしよう、涙が止まらない。

 ほら大丈夫、わたしはまだこんなにヒトだ。ヒトとの距離に泣けるほどヒトに近い。大丈夫、まだ全然大丈夫。

「ご、ごめん、なぁ頼むから泣かないでくれよリノア……」

 泣けもしなくなったら、わたしたちは誰になるのだろう。

III

 チカラで勝れども、魔女が普通の人間の上位に来たことなど、歴史上ただの一度もない。それは希望でも憶測でも卑屈でも何でもなく、単なる事実だ。何しろわたしはその記憶を持っている。だから右に来る者は優れたヒトなのだ。

「ゼルを泣かせたって?」

 オダインと入れ替わりに研究室に入ってきたラグナさんは今日も今日とてお素敵なプレジデントだった。うんこれは絶対に間違いたくはない。

「ゼルに泣かされたんでーす。嘘でーす」

「はは。あんま溜め込むなよ」

 本当に間違いたくはない。素敵に性格が悪すぎ、そして不毛すぎる。うっかりと生成りのシャツを掴んでしまい、綿の感触に目頭が熱くなるほどだ。なんで今ここに居ないんですかマイダーリンわたしの騎士様、こういうときに弱いよわい魔女を守らなくてどーするの。チカラ有るモノはいつだって童であり、ヒトにとって取るに足りないモノだ。魔女もモンスターもオバケもガーディアン・フォースも。ヒトの上に立ったことなど過去に一度もなく、これからの未来にもない。

 未来も過去もない、存在しないからこその式神シキ。本当はいつだってヒトの横に居たのに。ああでも横だって駄目なのか、左だから。もう何もかもわからない。

「リノア……?」

「テムの本名、残ってますか」

「テム? 歴史学者の?」

「はい」

「……アリシア……?」

「そう、アリシア・テム。歴史を良く知っていたあのひとは自ら『魔』『女』という蔑称を被ることで生き延びた。三ツ指と同じです、恭順を示してヒトの下に入ったの、そうして魔女が殺されてた歴史を変えたの」

 初めてハインの末裔とされる特異なチカラを持った人間を「魔女」と称したのは、やはり自身も魔女であった歴史学者のテムだった。チカラを以てすればそれこそ神とでも王とでも名乗れただろうに、この目の前の愚かな人間のように! だがテムはそうはしなかった、テムもまた優しく愚かな魔女だったということだ。ヒトに従いヒトの役に立つようにと、魔女などという蔑称を戴いてヒトに蔑まれながらも。それはヒトを愛する魔女のテスタメントだった。

「……そんなこと、する必要はねぇよ」

「それはイデアさんがもう魔女じゃないから、そしてわたしがリノア・ハーティリー・カーウェイだから?」

「リノア」

 ハインから始まる長い歴史の中、たかが数百年前に魔女自身によって生み出された造語が、正しく言えば蔑称が、何故普通名詞になるほど膾炙したかと言えば、結局ヒトがそんな差別を――好意的に言えば区別を望んでいたからだ。魔女をヒトの範疇に入れたくなかったからだ。

「魔女は、駄目なの?」

「リノア」

「だったら魔女は、わたしで最後です」

「……君じゃない

「わたしです」

「違うんだ、それはだって」

「エイ、エル、アイ、シィ、アイ、エイ、ティー、イー、エム。Alicia TemはAl-tem-icia、ですよ……ラグナさん。だからアルティミシアは最初で最後の魔女」

 ラグナさんが動きを止めた。探るようにわたしを見ている、そう、それで良い。ヒトはそうあるべきだ、そうでないとわたしはヒトを裏切れない。

「魔女で在り、魔女に名を与え、魔女を規定し、魔女を生かし、魔女を終わらせる。アルティミシアはもうずっと昔にそう決めていたし、これからもそう決めるよ」

「……無理だ」

「過去は変えられない」

「違う、だって」

 このひとの頭をうつむくことを知らないのかと思っていた。

「……オレの妻は、魔女だった」

 だがその頭は今、祈るかのように魔女の前に垂れた。垂れてうなだれ、あり得ないことを言っている。

 このひとの結婚相手ならばわたしだって知っている、ウィンヒルのレインさん――スコールのお母さん。だけどわたしの中にはそのひとの記憶はない、要するにイデアの系譜もアデルの系譜もレインさんの系譜とは交わってはいない。もしそれが本当ならば、今この世界には少なくとももうひとり、魔女が居なくてはならないはずだ。それともまだ経験値が足りていないせいなのか、これから彼女のことも憶い出すということなのか。もし彼の話が本当ならば、イデアならばそれを知っていたはずだ。しかしリノアの中のイデアの意識は今尚こうも言っている、コレが確かに最後の魔女だ、と。結構な距離で他人の関係のはずのイデアは、だがわたしの裡に在りわたしを裏切ることはできない、それは魔女として良くわかっている。だからわたしは頭を上げることを決めたというのに。わからない。

 だがこちらが上げずともヒトの頭は今、祈るかのように魔女の前に垂れている。おとこのごほんゆびのままで。左薬指には結婚指輪、そうだ、ヒトにとっておとこの心臓は右にある。ああだからやっぱりヒトは魔女に嘘を吐くのだ、とぼんやり思った。

 まぁ仕方無い、わたしたちは「魔」「女」なのだから。愚かな魔女はこんな賢しい仕種ひとつで簡単に騙されて、うつむいた白髪の混じる頭を愛おしく抱え込むくらいしか抵抗の手段は残されてはいなかった。

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