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Ellione


 エルオーネ。Ellione。英語版ではEllone。
 ELとは聖書でGODと訳される、神を意味する添え名である(『マルコによる福音書』第15章34節)。EL(God)、L(ラグナの不自然なL、或いはエル自身)、I(私。の他に確か「女神」って意味もあったよーな…)、ONE(ひとつ)。或いはliをreと考えれば、神(EL)は再び(Re)ひとり(One)。……穿ちすぎかもしれないが、そうでも考えないと、あまりにも彼女には不自然な点が多すぎる。そう考えるとはつまり、彼女を神(紡ぎ、支え、断つ者)の代行人ないし神としての役割を負っていたと考える、ということである。
 少なくともエルが神を示す言葉だとスクウェアが知っていたことは、FF4で(仏教ないしヒンドゥー教の、少年の姿で示されるのが通常である)アシュラが女神として登場したことから窺い知れる。女神としてのアシュラは、セム語名で太母神を示すものであり、雄牛神エルの妻である。また、それがなくとも、イエスの「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ(神よ、神よ、何故我をお見捨てになったのですか)」という言葉はあまりにも有名である。エルはそもそも人類の父とされるフェニキアの白い月の雄牛神の添え名であったが、イエスの時代になってもなお、セム族の人類の父であり、イエスは十字架上でエルを父と呼んだのである。また、エルは太陽神エリアス(「エホバは神である」という意味のヘブライ語)と同一視された神でもある。エリアスがエアリスのアナグラムであること(……逆か)は、見てすぐに知れる。FF7に於てエアリスがどのような位置に置かれていたかはおわかり頂けると思う。
 では彼女がエルとしての役割を担っていたとして、エルオーネが紡ぎ、守り、断ち切った物語は、一体何だったのであろうか。
 エルオーネはいつでもラグナの居場所を知れる能力を有していた。スコールを「今の」リノアに送り込んだ宇宙でのイベントを見れば明らかなとおり、スコールでなくともエルオーネの能力を知る誰かに「知り合いを捜したいから」と頼んで現在のラグナの言動及び状況を見れば、確実に現在位置は知れたはずである。しかし、それを行わなかったのか、或いは行ったとしても周囲には黙っていたのか。ラグナの過去を変えるに際してスコールに「頼れるのはあなたたちだけ」とエルオーネは言ったが、状況的に言って、シドとイデアにまで頼れなかったというのはおかしい。
 エルオーネがスコールに両親のことを話さなかったのか、それともスコールが忘れてしまったのかは突き止めようもないが、エルオーネが本当にラグナに会いたいと思っていたのであれば、スコールには話さなかったとしても、彼女は少なくともシドとイデアには話して然るべきである。まして、イデアはラグナの知り合いであり、彼が「エルオーネちゃん」を探していたことも知っているのだ。普通に考えれば、エルとイデアの間でラグナの話題が出、ラグナを何とかして探し出そうとしたはずである。仮にエルがその特殊能力を用いなかったとしても、ラグナがエスタに居るだろうことくらいは容易に推察できる。ところがイデアもシドも、ガーデンの建設をエスタに頼んだとき(ガーデンはエスタの人が作り、F.H.の人が塗装した)、誰にもラグナのことを尋ねなかったのか。ラグナもラグナだ、オダイン程度が容易に突き止めたエルオーネの居所を、仮に石の家の住人達が嘘を吐いていなかったとしたら、エスタの国力を以て捜し出せなかったというのはあまりにも不自然である。シド、イデア、エルオーネ、ラグナ。この4人は、実は通じていたのではないかと思わせるには充分な「不自然さ」が随所にちりばめられている。
 こうなると、幼い頃の記憶を取り戻した後でのラグナロクに於けるスコールの発言、「両親……知らないんだ。どんなに記憶を辿っても出てこない」が重みを増してゆき、単純にスコールがG.F.(や単なる忘却)のせいでエルオーネが教えた両親のことを忘れてしまったとは思えなくなるのである。すなわち、「皆が敢えてスコールに両親の存在を隠していた」と考えるのが一番順当に思えるのだ。
 何のためか。無論、スコールを「伝説のSeeD」にするために他なるまい。「頼れるのはあなたたちだけ」というエルオーネの言葉の真の意味は、「世界を救えるのは過去に確かにアルティミシアを倒してきたスコール達だけ」という意味だったのではあるまいか。だが実際のスコールは、とてもではないが英雄たり得るとは思えぬ弱虫で泣き虫な少年だった。彼の未来を、もし周囲の人間が知っていたのならば考えたろう、彼を戦闘に駆り立てるために必要なものは何か、SeeDの他に道を選びようのない状況にさせる方法はないか、と。
 「他に道の選びようのない孤独」を彼に課すことを。
 スコールは、キスティスの談によれば「1人でも頑張らなくちゃ、おねえちゃんに会えなくなる」と言っていたそうである。裏を返せば「独りで何でもできるくらい強くなればおねえちゃんに会える」ということである。一体誰が彼にそんな知恵を植え込んだのだ? エルオーネが自身の能力のため孤児院を出ざるを得なかっただけなのならば、スコールが独りで何でもできる人間に幾らなろうとも、会えるはずはないのである。
 これではまるで、エルオーネが孤児院を出たのはエスタに追われて仕方無く、ではなく、スコールを独り立ちさせるために、誰かが仕組んで引き離したかのようではないか(事実スコールは、ゲームの表面上を見ると不自然な「引き離された」という言葉を、エルオーネとの別離を称して使っている)。或いは、エルオーネが出ていった理由を誰かが偽って、「君がおねえちゃんに頼りきりの弱い子だったせいでお姉ちゃんは居なくなったんだよ」という、所謂「悪い子だから〜になるのであって、もしまた〜ければ、〜しないように」という御伽噺の定型に則って、スコールの規律規範を定めようとしたかのようである。
 後者であってもとんでもないことだが、前者に至っては、たとえ世界を守るためとは言っても(我々現代人の規範に照らし合わせれば)非人道的であると言えよう。だがここで、エルオーネも自分とスコールの運命を受け入れ、そうすること(彼から愛する人々を引き離すこと)を、教授した人物の意見に賛同ないし自身で発案していたとしたら、彼女がラグナとの再会を拒んだ理由が見えてくるのである。と言うよりも、このように考えないと、エルオーネが10年以上も敢えて、そう敢えて、ラグナに会わなかった理由が見えてはこないのだ。
 弟(スコール)から父(ラグナ)と姉(自分)、及び幼馴染み(スコールを忘れたゼル達)を引き離す人非人の自分に課した贖罪としての、自分もラグナに会わないという行為。
 スコールが伝説のSeeDにならなければ、結果として世界は時間圧縮されスコール自身も消えてしまうことを、エルオーネは知っていた。少なくともアルティミシアが現在に来て能力を過去に引き継いだ時点以降では確実に知っていたと思われるし(逆転するようだが、知っていなければ上記仮説を成り立たせるには――エルオーネに別離を承諾させるには理由が薄い)、それ以前だったとしても、アデルの要請でオダインがエルオーネの研究をしていたのだから(そもそも何故強大な魔力を持つアデルが、エルオーネの能力にまで興味を持った=過去志向があったかを考えれば)、(恐らくは記憶を失ってゆく魔女としての)アデルの過去を観た可能性が高い。少なくとも、「知っている人間の過去にしか送れない」はずのエルオーネは、リノア(とアルティミシア)をアデルに送ったのだから、アデルをよく知っていたことは確実なのである。知古のイデアではなく何故アデルにアルティミシアを送り、時間圧縮を始めさせたかといえば、やはり「その過去」をすでに見てきていたからではなかろうか。つまり、アルティミシアにアデルが乗っ取られて時間圧縮が始まることをずっと昔から知っていたと思われる。スコールを(も含めた世界を)守るためにはスコールを英雄として人身御供にせねばならない、というのは非常に皮肉な話であった。エルオーネは、スコールに別離を強制するしかなかったのだ。
 また、上記のように考えれば別の謎も解明されることになる。エルオーネが何故スコールに父母のことを話さなかったか、という謎である。
 彼が頼れる人間を作ってはならないというのも理由であろう。が、それ以上に、エルオーネは(別離を自分にも課していたのだから)生存を知りながらも大事な人に会えぬ苦しみを知っていたからこそ、スコールに父の存在を明かさず、スコールの愛別離苦を軽くするつもりだったと考えられるのである。エルオーネは、世界を救うためには救世主自身もどれだけの犠牲が必要になるのかを、ラグナとレインを間近に見て厭と言うほど思い知っていたはずだ(また、もしエルオーネがレインの後継の太母としての相を持つ巫女だったとしたら、英雄が生贄として世界に捧げられることは充分に承知していたと思われる)。スコールの失うものが、英雄の払うべき犠牲が、できるだけ少ないほうが良いと思い、時が来るまでラグナの存在をスコールにひた隠しにしていたのではなかろうか。
 エルオーネがこの件に関してスコールに取らせ得る選択肢は2つあった。1つ目は、父親の存在を明らかにした上で彼自身に伝説のSeeDとなる自覚を持たせ犠牲を承知させ、父を知りつつ会わずにSeeDとしてひたすら精進を重ねる道を進ませること。2つ目は、父の存在も知らず会いたいと思うこともないまま自分が世界を救う人間として犠牲を払わされたことにも気付かぬよう、且つSeeDとして生きる道しか彼の前に残さないこと。
 結果的にどちらが良かったのかなどスコールでない人間に(或いはスコール自身にも)わかろうはずもないが、少なくともエルオーネは後者のほうがスコールの負担が小さいと感じ、そのように行動を取ったのだろう。自分がすべてを知り、犠牲を払うことを承知していたが故に、その辛さをよく知っていたが故に、同じ辛さをスコールにまで負わせまいとして。
 「スコール、また会えたね」。オープニングで彼女が発した一言は、淡々と如何にもあっさりしているが、上記のように考えると、実はあまりにも重い。記憶をなくしたスコールにとってはその当時では何の重みもない言葉であったが故に、エルオーネにとっては途方もなく重い言葉であったはずである。恐らくあの前からガーデンに居たであろうエルオーネが、何故あのタイミングでスコールに話し掛けたか。スコールがSeeDになる(と定められた)日に、何故やっと彼女はスコールに会ったのか。あの日が、まさに「この日を待っていました。この日を恐れていました」と言った感の日だったからである。スコールがSeeDになれば、もはや運命は定められたとおりに回り始めるだろう。ようやっと時は満ち、エルオーネは大手を振って弟にも父にも会うことが許されるようになったのである。その感慨を、感動を、だが彼女は嘘を吐き続けた代償として、スコールにもラグナにも話すことはできないのだ。これから先も、恐らく。
 EL・L・I・ONE。神はエル。エルは私。私はひとり。
 昔も、今も、これからも。