ベツレヘムの星 The Christmas Star

Novel

「おっ誕生日おめでとーッ!」

 眼下に歓声と混乱を鳥瞰する鳥の声に、呆れて視線を遣れば彼は、シャンパンなんぞを「よっ」と掛け声と共に開けていて益々コナンの頭痛を煽った。

「ん? なーに不機嫌そうな貌してるんだよ、名探偵」

 不機嫌にもなって当然だろう、と無言で睨み付ける。今日はコイツを捕まえに来たはずなのだ。追い詰めて、さぁ宝石を返せ! と叩き付けたところで誘拐された。誘拐だ誘拐! しかも幼児誘拐! 何考えてやがるこの変質者!

 というコナンの内心など物ともせずに、キッドはポンッとマジックでグラスを二つ出すと琥珀がかった泡の立つ透明な液体を各々に注いだ。

「ほい。乾杯しよーぜ、乾杯!」

「…………」

「大丈夫だって、警察や蘭ちゃんに、お酒呑んだって言いつけたりしねーから♪」

「あのな」

「はい♪」

 皆まで言わせずに押し付けられたシャンパングラスの底には、何時の間にか青緑のルースが沈んでいる。キッドの今夜の獲物であった宝石だ。ちらりと視線を上げると、グラスを上げ片目を瞑る彼が見えた。仕方なくグラスを持ち上げる。

「乾杯」

「はい、乾杯」

 グラスを合わせることなく乾杯をする。呑み干す。黄金の液体の空になったそこには、青い宝石。ブルーダイヤだった。

「そういやこれ、何でベツレヘムの星って呼ばれてんだ?」

「んー……実は謎なんだ」

「何だソレ」

「歴代の持ち主、誰も理由知んねーでやんの」

 からからと笑う彼に眩暈がした。中二階に設けられた飾りのためだけに存在する使われることのない部屋だとはいえ、バルコニーのすぐ下では今も警察が奔走している現状を知らぬ彼でもあるまいに。

「だけどきっと、みんなホントはわかってはいたんだろうなぁ」

「?」

「それほどの宝石が、ずっとルースで存在してた訳、さ」

 それはコナンが宝石を初めて見た際に感じた疑問だった。資産として購入されるもの以外、通常宝石は装飾を施されて世に出る。このベツレヘムの星はだが、カットを施されたままの裸石だ、しかも取り外されたとかではなく、今の今迄ただの一度も他の金属や石を纏ったことがないという。

「何かあんのか」

「カットの上面から見てみ?」

 言われたとおり、光の射し込む填め殺しの窓に翳してみた。外は未だ煩瑣い。

「見えた?」

「……八角形の星のカットが」

「そう、多分それのせい……ボウズ、キルトって知ってっか?」

「? パッチワーク?」

「そう。それはキルトの図柄の内、ベツレヘムの星を表す」

「でもそんなの」

「歴代の持ち主全部、女性だったんだよ」

「……そういえばイエスはダビデの子孫だっつー噂もあったっけ」

「ダビデの星は六芒星だけどなー」

「籠目も」

「かーごめかごめー、かーごのなーかのとーりィはー……ってアレも神の国にうんたらの歌だっけ?」

「……音痴じゃねーんだな」

「ぷっ。おまえそーいや凄ェ――」

 無言で頭をはたいた。

「……マギはさ」

 一針一針、思いを込めてキルトを縫う女性達。

「あん?」

 大袈裟に頭を押さえるドロボウを無視してコナンは続けた。

「賢者達は、自分のせいで子供が大量に死ぬって、きっとわかってたんだろうな、賢者っつーくらいなんだから」

「多分な」

「それでも星を目指して来なきゃなんなかったのか?」

「それがイエスの最初の試練っつー噂もあったような」

「でもそんなの」

 これから生まれてくる子供のために産着を縫う女性達の気持ちは、マリアも他の女性も変わらなかったろうに。

 俯いたコナンは、頭にぬくもりが置かれたことを感じて顔を上げる。苦笑気味に口唇を上げた怪盗の姿が見えた。

「でもそれでも、マギは足を向けずにはいられなかったんだ、きっと」

「?」

「まだ見ぬ王の、頭上に輝いた星の光に魅せられて」

 他の星に飾られることもなく輝いた、青い星に魅入られて。

 そっと頬を包んだ小さな顔の、中には二つのそれが輝いていた。

 だけどそれを持ってるのはおまえのせいじゃないから。自分のせいで誰が死んでも、

「どうか頼むから。傷付いてくれるな、名探偵」

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