「きゃあ、快斗、落ち葉落ち葉! 綺麗ー……」
何となく快斗がそんな気分になってしまったのは、落ち葉を踏まない子供を見掛けてしまったせいかもしれない。後になって理由を考えてみると、そんな些細なきっかけであったと快斗には言える。無論他の様々な要因、例えば快斗自身が新鮮な空気を吸いたかっただとか、隣を歩く少女に紅葉した木々を見せたかっただとか、そういうものは多々あったろうが、直接的な要因はやはり、その音を立てて崩れる落ち葉を決して踏んで歩こうとはしない、その子供を見掛けたせいであろう。
通りの向こう、学校帰りにしては多少遅い、日の大分傾いた時間にランドセルを背負って歩いてくる小学生達は、放課後に遊んででもいたのだろうか。
『ああ……あの連中』
快斗の知らない顔ではなかった。少年探偵団を結成しているという小学一年生、その中には例の名探偵の顔も見える。
かさり……と快斗は降り積った落ち葉を踏み締めた。隣では青子も楽しそうに、まだ踏み潰されていない落ち葉を選んで、かさかさと音を立てて歩いている。落ち葉を踏み締めたり白い雪を踏み固めたり、それはただひたすらに純粋な楽しみ以外の何物をも生み出さない非生産的行為であり、子供の遊びの象徴であると快斗は思っている。視線の先では少年探偵団の面々も、互いの領域を侵さぬよう領分を弁えて、その楽しみに浸っていた。ただ一人を除いては。
舞い落ちる、赤い木の葉と近い色の、明るい髪の少女。落ち葉を踏んで歩く同級生を、透明な眼差しで見遣ってから灰色の天に視線を向ける、彼女を快斗は見た。その隣では名探偵が、無邪気な貌で落ち葉に音を立てさせている。
す……と快斗は目を眇めた。
「どうしたの?」
何時の間にやら立ち止まっていた快斗に、青子が視線を遣す。青子の視線の先で彼は、困ったように頭を掻いていた。
「んー……」
「用事でも憶い出したんなら、青子、先に帰ってよっか?」
「いや」
丁度目の前に落ちてきた落ち葉をサッとその指に挟み、快斗は青子の瞳に視線を据えながら言った。
「今週の日曜、空いてっか?」
「哀くーん、君に手紙じゃよ」
「……? 有難う、博士」
哀と共に、コナンが博士の自宅に寄ったその日の夕方のことであった。届けられた郵便物。コナンはひょいと哀の手許を覗き込んだ。
「オメーに手紙を出す相手?」
「『灰原哀』に手紙なんて、来ることはないと思うんだけど……」
「ああ、ポストに直接入れた奴じゃん。小学生にラブレター貰った気分は?」
「どうしてラブレターに行くのよ」
「ハート」
「え?」
哀が目にしている封筒の裏側、コナンには見えるその面には、紅いハートのシールで封がされている。
「探偵じゃなくたってわかるっての」
哀は目を閉じてそのハートに顔を寄せた。
「……秋の匂いがする」
「ああ、紅葉の葉が透けて見えるな。危険はないんじゃねぇ?」
窓を背に立つ哀の、髪の色と手紙に透けて見える紅葉の色が似ていることにコナンは気付いた。夕日に映えて紅く光る。
「ふーん……」
「何よ」
哀はペーパーナイフで丁寧に封筒の端を切り、手紙を取り出した。真っ白な封筒に青い便箋、それを取り出した際に零れ落ちる、何枚かの真っ赤に紅葉した楓の葉。
コナンはひらりと舞ったその一枚を指で掴んだ。
「何でもねーよ。で、感想は?」
「……下世話な人ね。と言いたいところだけど」
「ん?」
「デートのお誘い、高校生からよ」
「……へ?」
「博士、ちょっと明後日、出掛けてくるわ」
紅茶を二人の前に出した阿笠に哀はそう告げ、湯気の立つカップを手にする。
「……デートに?」
「そう。朝から夕方くらいまで、紅葉狩り。博士もちゃんと御飯食べなきゃ駄目よ?」
「って灰原、そんなロリコンと?」
「哀君ッ?」
慌てふためくコナンと阿笠を冷めた目で見遣ると哀は、
「二人共少し落ち着きなさい……ちょっとした知り合いよ。しかも」
と紅茶に口を付ける。
「可愛いお嬢さんとデートしませんか、って誘われたのよ」
コナンと阿笠は顔を見合わせ、徐ろに哀に向き直った。
「……お嬢さんとおまえがデート?」
「きゃあ、可愛い! あなたが灰原哀ちゃんね、初めまして! あたし、中森青子って言うの、宜しくね」
「初めまして……」
蘭さんに似ているわ、と哀は思った。斜め後ろで「よぅ」と手を上げている、哀をデートに誘った本人も、新一に何処となく似ている。新一が自分と蘭をデートさせようとしている図みたいで奇妙だわ。哀は思った。
『尤も工藤君は、そんなことに気を遣える人じゃないけど……』
青子と名乗った彼女は蘭よりも若干幼い雰囲気で、無邪気に「快斗ー、哀ちゃんホントに可愛いよー」などと振り向いて彼に笑い掛けている。
『カイト……』
彼がそういう名前なのだと哀は初めて知った。教えてしまってもよいものなのだろうか、尤も自分が警察に垂れ込むことなどあり得ないので、それを見抜かれているといったらそれまでではある。
「久し振り、哀ちゃん。元気だった?」
「お陰様で。お誘い有難う……カイトさん?」
「快斗お兄ちゃんとか、厭だったら黒羽お兄ちゃんでも可!」
「…………。クロバ君って呼ばせてもらうわ」
『CLOVER、カイトウ? ふざけた本名』
思わず笑ってしまった。するとまた「可愛い!」と青子に抱き締められる。それを見て快斗が笑う。端から見ると親子三人状態ね、と哀は――そんな一般的な家族の記憶など彼女にはないが、想像でそう見えるだろうことを考えた。
「じゃあ自己紹介も済んだようですし、出っ掛けましょうかってね」
「ああっ、電車! 乗り遅れちゃうじゃない、快斗の莫迦ーッ」
「何でオレがっ?」
慌てた青子と笑い転げる快斗に手を引かれて、何が何やら把握もできないうちに哀は電車に乗せられていた。池袋から西武池袋線で紅葉狩りに出掛けるとなると、
「秩父の方?」
「そう。今が綺麗だぜ」
「どのぐらいで着くのかなっ、二時間くらいかなっ」
「青子、オメーいつも楽しそうだなー」
「楽しみだよぉ、紅葉狩りも初めてだしこんな可愛い哀ちゃんと一緒だし!」
一体快斗はどのように自分を青子に紹介したのだろう。哀は自分が一般的に見て可愛い子供ではないのを自覚していた。否、コナンのように子供っぽく振舞うことを、敢えて一切していなかった。
そんな自分を、阿笠や歩美は可愛いと言う。それが哀にはいつも不思議だった。その理由を尋ねたら、青子や快斗は答えてくれるだろうか。
そんなことをぼんやりと考えているうちに、哀の視界に入ってくる景色は徐々に緑を帯びてくる。日本って本当に狭い。哀は身体を反らして窓の淵に手を掛けながら思った。
長いこと広大なアメリカで暮らしていた哀には、山と海が同居するこの国はいつも小さく見えて仕方なかった。こんなところでいつまでも逃げ遂せるものではないという不安。だがこのような森の中に来ると、幾らでも隠れていられるのではないかという気分になれると知ってから、哀は山林が好きになった。今では薬品の匂いよりも、土や草の匂いのほうが好ましく、よく庭で芝生に転がっている。無菌室で研究していた哀からは想像もできなかった。
電車の窓は開いていて、湿っぽい緑の匂いが充満している。目を閉じると浮かんでくる、既視感のような懐かしい風景は何であろう。
「さぁてっと、着いたぜ。二人共荷物忘れないようになー、特に青子!」
「忘れてないよっ」
「……青子さん、ハンカチ座席に落ちてるけど」
「あれ? ……てへ。じゃあなくって哀ちゃんッ、さん付けなんてやめてー!」
「いいから降りろおまえらーッ!」
慌てて飛び降りた電車を振り返れば、ゆっくりと動き出した車内では乗客が三人を見てくすくすと笑っている。
「青子……。おまえのせいだからなッ」
「快斗が大声出すのが悪いんでしょー」
大騒ぎは山を登り始めても収まらない。振られる話題に哀は短く返すだけであったが、懲りることなく二人は哀をその輪に引き込もうとする。この少年探偵団の面々にも通じるペースを崩される強引さは、他人に必要以上に干渉しない、またされないことを身上としてきた哀にとって馴染みのないものだ。だが決して不快ではないのは何故であろう。
山道はそれほど困難な登りではなかった。恐らく哀を考慮してハイキングコースを選んだのであろう、快斗はそれでも心配そうに、時折よろけながら登ってゆく哀と青子を、最後尾から見守っている。
哀の後ろに青子。青子の後ろに快斗。スピードが遅くとも自分のペースで登れないことは辛いだろうに、息を切らしつつも青子は哀に笑顔で話し掛ける。
「ほら、哀ちゃん真っ赤な紅葉!」
そういえば紅葉狩りに来たのだと、哀は改めて憶い出した。
「四季って不思議ね……ここまで鮮明な区別がある国は他に知らないわ」
「そうだねー、ちょうど緯度と海流がね……ってうわぁ、紫の綺麗な花、哀ちゃんに似合いそうー!」
「……青子、それ――」
「綺麗ね」
「ねーっ、哀ちゃん紫とかワインレッドとか、大人っぽい色似合いそうだもん」
それトリカブトの狂い咲き、という言葉を飲み込んだ快斗は、髪を掻き上げて苦笑した。哀がその花を知らぬはずはなかった。
「やっさしいねぇ、哀ちゃん」
「何の事? カイトお兄ちゃん」
頂上に着いた頃には、太陽が高く上っていた。おべんとだよー! 青子が大声で言いながら、快斗のリュックからレジャーシートやら風呂敷に包まれたお重やらを取り出して広げる。
お母様に作って頂いたの? あまりに巧くできた弁当に哀が問う。青子が作ったんだよ、どんどん食べてね。その答えは哀には意外な気がした。何事も不自由無く育ったお嬢さんという印象が強かったのだ。手を引かれたときに繋いだ彼女の白い手は、料理などしたことのないように見えた。
「美味しい……」
素直に賛辞を口にすると、青子はにっこりと微笑む。自分の努力と腕にちゃんと自信を持っている人だわ、と哀は評価した。
「そうだなー、空腹は最高のスパイスってな」
「何よー!」
軽口は笑顔と共に言うものなんだわ。自分の表情を付けない物言いがどれだけ人に冷たい印象を与えるのか、哀は何となく気になった。いつも自分を和ませていた姉の笑顔を憶い出す。
そして哀は、コナンに笑い掛ける蘭の笑顔も憶い出した。
「そっちの川でお水汲んでくるー!」
「おぅ、転ぶなよ」
言った先からよろけ、紅葉まみれになった頭でてへへ、と笑うと青子は駈けていった。その背中を見送る快斗の目はとても優しい、と哀は彼の横顔を見詰める。
「なに?」
「悪かったわね、取り消すわ。以前あなたに、幼馴染みを神聖視してるって言ったこと」
「そんなこと言ったっけ?」
にんまりと笑いながら快斗は言う。嘘吐き、と哀は心の中で毒づいた。
「アイツなら、アンタに合うと思ってさ」
哀は小首を傾げる。
「どうして?」
「アンタにちょっと似た、意地っ張りの魔女を一人、知ってるから」
「その人が、青子さんと仲が良いのね」
「ソイツは多分、青子みてーに無条件に無防備に近付いてくる人間の温かみを、知らなかった」
「……私がそう見える?」
「さぁな、オレはアンタのこと殆ど知んねーし」
ただ、と言葉を続け、快斗は寝転んだ。
「君に見せたかっただけかもな」
「青子さんを?」
「寝っ転がってごらん?」
言われたとおりに、既に寝転んでいる快斗に倣って、その横に並んでレジャーシートに横になる。
急に視界が真っ赤になった、と思ったら、哀の目の上には楓の葉が落ちていた。指でそれをそっと摘む。その間にも手の形をした赤や黄色の葉は、二人を覆い隠すかのようにしゃらしゃらと降ってくる。
「音が……する。真っ赤」
「うん」
「これ?」
「生きてる、綺麗な風景を見せたかった」
「生きてる?」
「変化してるってこと。その変化を愛おしむこと。……君さ、落ち葉踏んでなかったろ。きっと雪に足跡付けたりもしねーんだろうなって思って」
「それが何か?」
「君は生命を愛してる?」
ひらひらと自分の上に降り積もる紅い紅葉。だが人間にとっての時間はこうは積もってくれずに、まさに砂時計のように流れ落ちてしまう。だから人間は永遠を生きられない。哀は目を閉じた。
「生物を特別だとは思わないけれど、それでもその形態を愛しているわ」
「そっか……安心した」
「訊きたいのは江戸川君のこと? アポトキシンなんて作る人間の心理?」
「そのつもりで連れてきたんじゃねーぜ?」
「それはわかってるわ」
「……君に訊くつもりは一切ないんだけどな」
「どうして」
「君もオレに何も尋ねなかったろ」
哀は首を振った。
「……知ってたもの、怪盗さんはブラックリストに載っていたから。だから訊いてもいいのよ、知りたいんでしょう?」
「別にアイツが永遠の命を生きられる種類の人間なのは、アンタのせいじゃないだろ」
確かにそれは哀とは無関係のはずであった。彼の生き様は彼が自身で綴ってきた代物だ。だがそれに拍車を掛ける形で、世間にもわかりやすい形で示してしまったのは、自分の作った薬が原因である。
「……永遠があんなにも孤独なものだとは思わなかったの」
「工藤のことか」
「ええ」
「…………」
「知ってたら、パンドラ計画になんて参加……したかもしれないけど、私は科学者だから、でも」
哀は自嘲するように口許を歪めると、
「普通の人間は、そう例えば私なんか、こんな身体を手に入れたって永遠は生きられない。身体の前に心が死ぬ、人間の精神なんていつしかシーケンスも固定されて何の感動も覚えられなくなる」
そんなときに取り戻すべき幼い頃のセンスも、人間の記憶形態では憶い出そうにも遠い彼方で、手繰り寄せる術さえ思い付かない。
「だけどあの人は違う」
「普通、オレ達人間は精神のダイナミズムをミクロからマクロの方向性で固定してって、総体としての自分を変化させるよなぁ」
「それが大人になるということ」
「だがアイツは逆だ。総体としてのアイツ――『探偵』は変化しないままミクロは変化し続けて、言うなればマクロの恒常性を下位エージェントのゆらぎが支えている形として、工藤新一っつー人格が成り立ってる」
その昔、分子の動きをすべて把握できれば世の中のすべてを把握できると信じた科学者が居た。だが実際には分子の規則的な動きも相互作用によりカオス的現象を見せ、その遊びがまたマクロの決定論的振舞いを支える。人間の個々人が見せる非決定論的振舞いは、肉体的個人の持つ精神の単位が下位層に位置することを示してもいるが、
「あの人は一人で人間の相を脱している……」
「……アンタが仮に解毒剤を完成させたとして、それがアイツに効く可能性はどのくらい?」
「精神が肉体に及ぼす影響は数値化できない」
「アイツが工藤新一に戻りたいと真に思うようになれば?」
「……決心、付いたの?」
「付けてた」
「…………。あなた、絶望するわよ。きっと何処までも」
「そんなのは大した問題じゃない」
「じゃあ何が問題? 工藤君の救済?」
皮肉げに視線を向けた先で、哀は快斗の視線にぶつかった。
「すべてが壊れた先で、また『探偵』で在るだろうアイツを見たいだけだ」
「……名探偵じゃないかもよ」
「だって綺麗だと思わねー?」
「え?」
しゃくっ、しゃくっという音と共に、「えい」「てやっ」などという掛け声が近付いてきた。時折飛び跳ねてでもいるのか、音が大きくなる。
「ほら、あの後天的能天気が、オレにとっての人間の象徴」
「……綺麗な風景?」
「君がそう感じるなら。君に見せたかった、そしてアイツにも見せたい風景」
「エゴイスト……」
「たっだいまー!」
件の少女は満面の笑みを浮かべてカップを手にしている。哀は起き上がり、彼女を見た。
「お帰りなさい」
「おっせーぞ、青子」
「紅葉と遊んでたらね、一回零しちゃった」
「莫ッ迦かオメー、何で水筒持ってかねぇよ?」
「まだ紅茶入ってるもん」
「ンなもんオレが飲んでやる、ほれほれ」
「あーッ、全部飲まないでよ哀ちゃんの分ー!」
風景が、綺麗過ぎて、怖い。そんな体験を哀は一度だけしたことがある。姉が死んだとき、葬式も許されずにたった一人、何もない地面に花を添えて見上げた空。抜けるような青、というのを知った。
コナンの瞳を憶い出した。あの空の色だわ、と思ったことがある。およそ人間に対するには不適切な表現。
『ああ、確かに綺麗な風景だわ……』
震えのくるような美しさではなく、何処か包まれるような、洗練されきっていない泥臭い綺麗な風景。紅い葉の舞う中、戯れる少女と少年。
(君は生命を愛してる?)
『愛してるわ』
この一瞬で過ぎ行く紅葉の季節のような、儚く短い生命の織り成す現象を、今なら愛していると哀は確かに言える。
自分があの誰よりも人間から離れているような永遠の少年を愛しているのも、或いは同じ理由からかも知れなかった。
(決心を付けたの?)
「――…哀ちゃん?」
気付けば、青子が哀の顔を心配そうに覗き込んでいた。
「どうしたの、どうして泣いてるの?」
言われて初めて哀は自分が涙を流していたことに気が付いた。
「哀ちゃん……」
「何でもないわ……」
目の前の景色が、暖かかったから。
「何でもないの……」
彼の居る風景が、痛いほど美しいから……。
さくり。さくり。
哀は道端に堆く積もる落ち葉を、その小さなブーツで音を立てて踏みながら歩いていた。その隣をコナンが並んで歩いている。阿笠邸への帰路の途中であった。少年探偵団の面々とは既にさよならを済ませている。
「ふぅん……」
「……なに?」
自分を見詰めるコナンの視線に、哀は振り返って応じた。
「いや……紅葉狩り、楽しかったのか?」
「……ええ、そうね。ええ……」
「ふぅん……」
再び落ちる沈黙。かさり。しゃくり。木の葉を踏む音だけが二人の耳に響く。
「あのさ、お――」
「秋ね」
「え?」
「今」
「あ? あ、ああ……ああ」
「何よ」
「おまえかと思った」
「え?」
「秋」
「秋が?」
「ああ、おまえ」
はらり……舞い落ちる紅葉を、地面すれすれでコナンはキャッチすると、
「おまえ。秋のイメージだよな。なんか」
と満面の笑顔を見せた。
不覚にも一瞬頬を染めてしまった哀は、それを隠すかのように脇を向いたが、コナンは気付いた風もなく、そっぽを向いて目の前に現れた哀の頭に、その紅葉の葉を挿した。
「え?」
「ほら。同じ色じゃん」
哀は切なげに目を細めてコナンを見た。
『ああ……怖いほど綺麗』
(決心なら、もう付けてたから)
『私は付けないままでいるから』
その代わりに、あなたがどの季節になったとしても、私はあなたのそばに居よう。決心を付けた優しい怪盗の代わりに、自分は決心を付けないままで居よう。それは哀の決心であった。
「蘭は春かな。歩美も。服部と元太が夏で、光彦は冬かな。博士は――」
「あなたは『四季』ね」
「え?」
「今のあなた。四季だわ」
上を向いて指折り数えていたコナンは、哀の言葉に振り向き、その視線の先に意外な人物を見付けて目を見開いた。
「おまえ……」
学生服を着た青年だった。コナンの視線を追って振り仰いだ哀に対し、よぅ、と気心知れた様子で片手を上げる。
「来たのね」
「お約束どおり、授業が終わって速攻馳せ参じましたよ、姫?」
「江戸川君に言ってあげたら」
「蹴られる」
「え? え?」
コナン一人、訳がわからないといった体で視線を彷徨わせている。
「何きょろきょろしてるの。江戸川君、紹介するわ」
「紹介されますってーかしちゃうぞ」
「気の短い人ね」
「やっぱ自分でしたいし?」
「好きにしたら」
「え? おまえたち?」
彼はにっこりと笑って、コナンにこう告げた。
「オレ、黒羽快斗ってんだ。よろしくな!」