「なー、ボウズ。誕生日、いつだっけ?」
IQ400と噂される怪盗は、実は記憶力最悪だったらしい。うんざりした貌で彼を見遣った子供の目には、にこにこと満面の笑顔を浮かべた白い姿が映った。何時の間に着替えたものやら。一瞬目を離した隙に学ランからスーツ姿に変わった怪盗は、少なくともマジックの腕だけは落ちていないようだと溜息を吐く。
「何回教えてやりゃ気が済むんだよ。月に一度は訊いてくんじゃんか、この頭は飾りモンか、ああ?」
地を這うような声と共に、シルクハットの隙間から洩れた髪の毛を思い切り引っ張る。と、それがスポンッと派手な音を立てて抜け落ちたものだから、慌ててそのまま後ろに倒れてしまった子供は、天井を向いた自分の頭がおおきな手に支えられたのを感じた。
「駄ー目だろ、悪さしちゃ」
どっちが子供じみた悪さしてやがる、と睨め付ける。転がったはずのシルクハットと髪の毛は、ちゃっかりと彼の頭の上に鎮座していた。
「で、いつ?」
撲り付けたほそい腕は、今度は違うことなくその頭にクリーンヒットした。
「ごがつよっかッ!」
「なー、ボウズ。誕生日、いつだっけ?」
うんざりとした貌で睨まれ、つい笑みなど浮かべてしまった怪盗は懲りるということを知らない。幾度この質問したっけなぁ、と記憶を辿ってみれば、出逢ってから実に二十回目になると思い、記念に白装束になど着替えてみた。
「何回教えてやりゃ気が済むんだよ。月に一度は訊いてくんじゃんか、この頭は飾りモンか、ああ?」
とほそい腕が頭に伸びてきたので、咄嗟に悪戯など仕掛けてしまった。ら、子供は慌ててそのままおもちゃと共に後ろへ倒れていってしまったので、怪盗の方が慌てて腕を伸ばす。ちいさな頭が手の上に収まったのに、そっと安堵の溜息を洩らしたが、それを気取られてはいけないと、その息のままに声を出した。
「で、いつ?」
「……五月四日ッ!」
こぶしと共に頭に叩き込まれた数字は片時も忘れたことなどなかったが、それでも自分のこととなるととんと忘れっぽい彼がその数字を忘れてしまわないように、幾度でも尋ねることを誓う。プレゼントにと、頬に口吻けたが、真っ赤になって怒る彼は意味をわかってくれるだろうか。声を立てて笑った。
「Happy Birthday、名探偵」
生まれてきてくれて有難う、と。
誰よりも自分が自分に、最大級の感謝を。
できますように。