コナン君のちいさな手を引いて、七夕祭りに行った。
ホントは行きたくなかったかもしれない、だって年に一度しか会えない恋人達なんて、ロマンチックどころか私には現実に近いものだもの。園子は察して、ガキんちょの相手なんかしてやることないわよ! なんて代わりに怒ってくれてたけど、多分何処に居ようと何をしていようと変わりはないのだ。
新一が居ない。という事実がただ、私の前に横たわっているだけ。
コナン君を見遣る。見詰めていたら、訳もわからず彼は首を傾げていたけど、この子の瞳にはいつも子供らしい無責任ないたわりの色が浮かんでいて私を安心させた。待っていてほしい、と、新一の言葉を伝えたときの痛ましげな表情は、今でも忘れられない。
いつ帰ってくるかもしれない、しかも自分の男でもない男を、いつまでも待っている女が本当に居ると思って? ねぇ新一。
それでも織姫のように私は、不意の気紛れのようにしか姿を見せない薄情な男を待ち続けている。それは意地かもしれなかった。会ったら、こう言って殴ってやるの。
待ってなんか、いなかったんだからね!
そう言うために、待ち続けている。再会を待ちわびている、これは相手が居ない分、幼馴染みの安定感のある憧れなんかじゃなく、本当の恋になりかけている。
私は新一に恋をしていた。
淡く、儚く、不安定な、狂おしい? 不意に笑い出したくなるような、何故か泣き出したくなるような、痛みを伴った?
こんな甘い痛みは、新一が居たときには、知らない。
痛みに疼く子宮に耐えられなくなったように、足の間に流れ落ちるものがあった。浴衣だから今日は下着を着けていない。はしたないなぁ、と思い、だから来たくなかったんだ、とも思った。七夕だクリスマスだのと騒いでも、結局は恋人達のやることなんてひとつだ。私にはそれをする相手が居ない、そのことが痛くて、私は優越感に晒されることがわかりきっていたからだ。
そう、優越感。手を繋いで露店を回っている恋人達、あなたたちにはきっとわからないでしょう? こんな痛みも。恋しさ募った疼きも。見上げる天に涙する激しさも。
繋いだ手に籠もった力に、コナン君がつよく、彼にしては精一杯しっかりと、私の手を握り返した。そうして見れば心配そうな貌で見上げている。優しい子。聡い子。幼い子。この子は新一によく似ている。
果してコナン君は、こう言った。
新一兄ちゃんは、雨でもきっと帰ってくるよ、と。
私は薄く微笑んだ。有難う、と言うつもりだったけど、声に出せるほど私は大人でもなかった。
帰ってくるなとは思っていない。本当に帰ってきてほしいとは思う。だがそれは、今である必要は私にとって決してなく、むしろ今は帰ってきてほしくない、と思う。新一が今、私の前に居ないということが私には重要だった。不在の痛みはスパイスのように私の心を熱くさせ、それはきっと時を置けば置くほど熟成されて、やがて素晴らしく味の乗った恋となるだろう。私はその瞬間を、今か今かと待っている。そうして再会した新一はきっと、今のコナン君のように恋など知らぬげに、私のことを好きだとでも言うだろう。
何て愛しい男! ああ、私の弱い面を見せてあげよう。羽衣を奪われた乙姫のように恥じらって見せよう。そうして新一は一生恋を知らないままで、子供のように推理に明け暮れ、私はそんな新一にいつまた置いて行かれるのかと不安に怯え、その痛みで彼を愛し続けることができるのだ。
涙を見せてあげる。ねぇコナン君? 新一に伝えてね、私が泣いていたこと。
新一はきっと罪悪感で、益々その目を曇らせるに違いない。羽衣を被っているのが本当はどちらなのかなど気付きもせずに、乙女は透ける衣のむこうから作り物の私を見詰め、私に衣を差し出して、それでも本能からは逃れられず駈けてゆくだろう。
女が良人を失って、どれだけ成長するかも知らない哀れな子供の彦星。あなたこそが、織姫の織った羽衣を纏った天女だった。女達はそんな男の愚かしさを、身勝手さを、きっと心から愛しいと思い、優しく嘘で包んであげている。
ああ、コナン君にも嘘をあげなきゃ。
にっこりと、彼と視線を合わせて笑った後、私は天を見上げ、白鳥に涙した、それは心からの涙だった。
あなたの居ない夏が来る。