毛利探偵事務所を見張る人影に気付いた。
その男がふっと気配を消して何処かへと消えた後、若干緊張した面持ちで事務所から降りてくる小学生を見掛けた。
……つまりはそういうことなのだろうと察しは簡単に付く。
「無ッ粋な奴等だなぁ」
泥棒の呟きは小学生には届かなかったようだ。聞こえてもいいかな、と思っていたので少々拍子抜けをしたらしい泥棒は軽く肩を竦める。余計なことに気を取られている余裕が彼にはないといったところだろうか。つまんねぇことしやがって、何処の誰だか知んねーが。独りごちて、腰掛けていた手摺りの上で脚をぶらつかせる。
「調べるにも、もーちょっとスマートな方法があるでしょーに」
それともわざとプレッシャーを与えるつもりか。
ふん、と鼻を鳴らす。
「もっと気に食わねーのは、ボウズがまーた一人抱え込んでるらしいことだけどな」
そのままどうするのか暫し観察していれば、小学生は夜中だというのに一人で気配の元を探索しようとしているらしい。
誰に連絡することもなく、誰に助けを求めるでもなく。
「ホンット、莫迦……」
溜息を吐いて、よっという掛け声と共に、手摺りからそのままビルを飛び降りた。途中、幾つか掛かっていた、それこそ小学校の運動会に使われる旗のような飾りの付いたロープを経由してスピードを落とす。小学生が見上げたときには一瞬遅く、怪盗は彼の目の前に降り立っていた。
「よぉ、名探偵」
隠せぬ驚愕が一瞬顔を過ぎったのち、コナンは何でおまえがこんな処にいるんだ、とばかりに睨み上げてきた。まさしく見上げる。こんな視線に高校生探偵としての自分を蝕まれつつも、彼は誰かに頼るということをしない。
『いや、高校生だったら一人でいいっつー問題でもねーけど』
なんだかこのボウズと一緒に居ると一人突っ込みが多くなる、と内心苦笑したキッドは、だがそんな素振りは微塵も見せずに軽やかに挨拶を続ける。
「名探偵殿には御機嫌麗しゅう……」
「良い訳ねーだろ、テメーを目の前にして」
言い様、麻酔銃を構えるから、ついキッドは笑ってしまった。
「何だ……辞世の句なら聞いてやるが」
「それ、さっきの悪ーい人のために取っとかなくていいのか?」
またもや目を丸くさせ、彼はキッと視線をきつくした。それこそ何でおまえが知ってる、とでもいった心情だろう。
「別にいいぜ、オレに使っても。あの男はもうどっか行っちまったから」
「え」
「尤もオレに使っても資源の無駄だがな」
そう言って、にっと笑う。こどもは呆れたように構えていた腕を下ろした。
「いいの?」
「資源の無駄なんだろ」
そんな言葉と共に髪を掻き上げるこどもの仕種が疲れていて、キッドはどうにも面白くないらしい。やおらその細い腕を掴んだ。
「おい」
「探しに行くなら付き合う」
「っはぁ?」
莫迦かおまえ、と続けられる。
「おまえには関係ねーだろ」
「興味あるから付いてくだけだ」
「ジャイアンか、オメーは」
背中を向けて歩き出した彼の小さな背中に付いてゆく怪盗に、だがコナンは往生際悪く追い払おうとする行為を止めない。
「邪魔だ!」
「大声出していいのか?」
「……ッ、消えろッ」
「ヤだ」
あぶな……と声にならずに動いただけの口唇は、俯かれてキッドには見えなくなった。
「……。大声、出してほしいとも思う」
「え?」
怪訝気に顔を上げた名探偵の、てのひらで隠せてしまう大きさの頭に手を乗せた。
「大声出してアイツ等に見付かって危ない目にあって周りも巻き込んで、でも誰も傷付かない傷付けないで済むくらい」
オレもおまえも強くなろうぜ?
いつだってこの怪盗は自分の前で笑っている。コナンは思った。
「喜んで巻き込まれてやっから、さ」