プロメテウスは賢かった。
エピメテウスは愚かだった。
プロメテウスに指導されゆく人間を見てパンドラは考えた。
プロメテウスを真似ただけでは神は人間を嫉むだろう。
エピメテウスを真似ただけでは神は人間を疎むだろう。
パンドラは神に進言した。神よ、このままでは人間は徒党を組んであなたを脅かすでしょう。今の内に然るべき手を打たないと。人間に厄災と害悪を!
神の作りし密の瓶を持って彼女はエピメテウスの許へ赴いた。エピメテウスの手によって開かれる負性の瓶。世に飛び出してゆくありとあらゆる負の力。
驚いたエピメテウスによって再び封印された神の悪意とも言える瓶。だがすべては後の祭り、余さず禍は瓶から飛び出ていた。
と、中から聞こえるか細い声。
わたしを出してください……。
エピメテウスは質問する。そなたは誰だ。声は答える。
わたくしは予見で御座居ます。未来を知り、飛び出た禍を忌避する力、神の慈悲で御座居ます。
それを聞き瓶の蓋を開けようとするエピメテウスに、だがパンドラは言った。それを開けてはなりません、それこそ封印すべきものです。
エピメテウスは問う。どうしてだ、これがあれば人間は厄災から逃れられるのだぞ。
パンドラは答える。これさえなければ人間は神の定めし運命から逃れること、可能となるのです。禍が普く世界に散ったことで、世界は多様性を持ち対個体間という部分の総和は総和以上となるでしょう。縦え神が世界を作ったのだとしても、これで未来は神の手を離れたのです。神の慈悲こそ人間に与えられる最大の侮辱。わたくしたちが真に人間の味方ならば、神という予定調和の希望を殺さなくてはならないのです。縦え後生、咎人として謗られることとなっても。
後から知るあなたのような僥倖を、どうか人間の手に!
予知の封印は人間に与えられた自由という名の、最初にして最後の希望となった。
「……で?」
「これで終わり」
「オレの聞いた話と大分違うけど」
「そりゃそうだろ。今オレが作ったんだもん」
「…………」
「なかなか興味深いわね。不確定性理論とホメオスタシスと複雑系?」
「かも」
「あの当時のギリシャ人がそういう精神構造で神話を語ったとは思えないんだが……」
「だっから言ってるだろー。オレが作った話だって♪」
「…………」
「それはともかく」
「ともかくじゃねぇだろ」
「その作り話の趣旨は何?」
「どうせコイツの気紛れだろ」
「……どうしてあなたと話していると自分の意志が混迷するのか、何となくわかったような気がするわ」
「はぁ?」
「それはともかく」
「だから、ともかくじゃねぇだろっての」
「つまりだな、木花咲耶姫と岩長姫だな」
「日本神話? おまえ話が飛びすぎ……」
「そう? 続いてるんだけど。パンドラは今でも地上の月となって、プロメテウスとエピメテウスの間に居るんだぜ」
「土星の月ね?」
「そう。で、オレはパンドラになんなきゃなんねーのかなーって。考えてさ」
「……おまえ、『パンドラ』を壊さなきゃなんなかったんじゃねーのか?」
「そう、だからパンドラにならなきゃ駄目かなーって悩んでて」
「……話が見えねー」
「まぁあなたにはわからないでしょうね。自分のことに関しては本当に鈍いから」
「何だよ、それ」
「ホントにねぇ? オレがこんなに愛しちゃってるのにボウズってば全然わかってくれないんだもん、オレ様哀しいッ」
「蹴られてーか殴られてーか」
「ちゅーされたい♪」
「苦労するわね、怪盗さん」
「ねー?」
「……っつーか全然訳わかんねーぞオメーら!」