彼女の持つ髪の色にも近い、緋色の牡丹を背にして、陽子は微笑んだ。
「楽俊!」
正月の祭典だった。常はとても女王とは思えぬ簡素な衣を望んで纏っている陽子も、今日ばかりは女官達から逃げることができなかったのであろう。瀟洒な衣装に身を包み、玉や真珠でこれでもかとばかりに飾り立てられている。
手摺に凭れてぼんやりと寒牡丹の庭を眺めていたのだろう陽子は、楽俊の到着を知り、その衣装を重そうに引き摺りながら駆け寄ってきた。
「……久し振りだな、陽子」
目を見開き、一瞬、応答の遅れた楽俊に陽子は首を傾げたが、すぐに得心して笑い出した。
「ああ、これか。こんな格好も最初の頃以来だ、いいぞ、馬子にも衣装って言って笑って」
楽俊は慌てて、首とも頭とも付かぬ部分を横に振った。つられて、髭と尾がふるふると揺れる様に、視線を取られたまま陽子は笑う。
「どうした?」
「いや……おいら、こんな格好で来なきゃ良かったかなって……」
楽俊は、後で着替えるつもりだったとはいえ、今は鼠の姿を取っていた。
それこそ、と陽子は吹き出す。
「何を今更。私も、楽俊が自然体で居てくれたほうが嬉しい。それとも……やっぱり、ここだとその姿だと居辛いか? すまない、法を廃止しても差別意識はまだまだ――」
「そ、そういうことじゃない!」
寂しげな貌をした陽子に、またもや盛大に首を横に振った楽俊は、やがて困ったように後ろ頭を、その短い手で掻いた。
「そうじゃなくって……」
「?」
首を傾げて陽子が返答を待とうとしたところで、生憎と呼び出しが掛かる。
「主上! こちらにおいででしたか、そろそろ始まりますので」
楽俊にぺこりと一礼した女官は、済まなさそうに陽子に式典の始まりを告げた。わかった、と返し、陽子は楽俊に向き直り、詫びる。
「すまない、行かなくては」
「いや、いいって。晴れ姿、おいらも見に行くしさ」
「あとで聞かせてくれるか?」
笑って裾を翻した陽子の、小さくなってゆく後ろ姿を視界に留めながらがっくりと、ない肩を落として楽俊は嘆息した。言えるわけがない、と小さくごちる。
「抱き締めたいと思っちまったから、なんて……」