食欲壊死因子アルファ

Novel

「人を助けるのに理由がいるかい?」

 いっそ傲慢なほどに彼はそう言いきる、しかしその思想は危険だと思うのだ。例えばそれはこうも言い換えることができる、「人を殺すのに理由がいるかい?」。似たようなことを考えたのだろう、赤い髪の男は忌々しげに、だが何処か眩しいように、ジタンを見ている。

 ク族の食欲は一通りの言葉では言い尽くせない。人間族にとっての睡眠欲や排泄欲に、恐らくは近いところにある。その欲を満たすためならば何かの命を奪うことさえもまるで簡単に、というより欲を満たすためにはその対象の命を奪わざるを得ないのだ。人を助けるのに理由がいるかい、そう言ったジタンはだが、クイナが蛙を獲って殺すことには何の否やも唱えなかった、つまりはそういうことだ。彼の言う、無条件に助けるべきヒトの概念なんて、所詮は彼にとってのヒトでしかなく、その区分は万人が認めるところの価値観では決してないのだ。

 例えば自分がジタンを食べたいと言ったらどうなるのだろう、とクイナはいつも考える。ク族にとって食欲は絶対だ、自分自身でさえも御することのできない生理的な欲求だ、だがしかしなればこそ、ク族は食べる対象を決して区別したりはしない。クイナにとっては盗賊もお姫様も蛙も鼠も、すべてが大事な大事なヒトであり自分を満たしてくれるものであり、そうしてだからこそ殺して食べることに本来ならば何の抵抗もない。

 ない、はずだったのだがしかし、ジタンを見ているとクイナは迷うのだ。殺すのは簡単だ、食べてしまうのも簡単だ、しかし、それを躊躇ってしまうのは恐らく、ジタンが

「人を助けるのに理由がいるかい?」

こう言い切ってしまうからだ、彼がそう言ってしまうのと同じところから来る「理由」のためだ。

 理由があるのだ、本当はジタンにも。殺して良いもの、そうではないもの、それらを区別するためのボーダラインが、その「理由」になるのだ。

 なればこそいっそ理由がないかのように振る舞う、そんな彼の空洞を、クイナはただほんの少し憐れに、そして恐らくはほんの少し、愛おしく思うだけなのだった。そうしてだから、たったそれだけの理由で食欲を忘れた振りをすることができる程度には、クイナもジタン同様、結構な嘘吐きだった。

 区別を付けた振りをする。それは少し誕生の悲しみに似ている、とクイナは思い、自分の食欲のためにではなく、誰かの旅についてゆく。

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