ガラスの宝玉

Novel

 アーシェの飢えた瞳を見て、バルフレアはおもう。自分もあんなに飢えた目をしているのだろうかと。

 それは恐らく間違いではない、ないがしかし、アーシェの求めるところのものが歴然としているのに比べ、己の欲望は果して何処に向かっているのだろう。バルフレアにはアーシェよりもヴァンの惑いのほうが余程理解できるのだ、それは自分も同類だという意味に於て。着地点の見えない欲望、だから幼い彼はアーシェに惹かれている。正確に言えば、アーシェの迷いなき欲望に。

 欲望とは飢えだ。充たされている人間は何かを必要としたりはしない。アーシェは己の欠損部分が何処かを明確に把握している。あとは欠けた部分にぴったりと填る欠片を探せば良いだけだ。実に即物的だ、求めれば必ず手に入ると思っている。成程、お姫様なのである。手に入らないということを知らない、充たされないということを知らない。初めて知った欠損に、それでも彼女は充たされない己を知らない。

 しかし、だからこそ彼女の餓えは明ら様だ。単純なだけに、他人にも見えやすい。

 自分が何処に向かっているのかわからない飢えを抱く人間から見れば、それは確かに眩しくも映ろう。生憎とバルフレアはそんな他人の庭を見る時期は通り越してしまったが、そんな感情はわからないでもない。

 わからないでもない、が、ちょっと引っ掛かるのは、まぁバルフレアの気に入っている「お嬢ちゃん」のためだ。お嬢ちゃんことパンネロ嬢は、何処が良いんだか知らないが、ヴァンのことをいたく恋い慕っている。なるようにしかならない、とはわかっていても、肩入れするくらいは許してもらいたいものだ。

 というような話をフランにしたら、しかし鼻で笑われた。

「それは男の意見ね」

「女は違う?」

「女が全て愛されることを目的としていると思ったら大間違いよ」

「お嬢ちゃんは違う?」

「違わないわ」

 首を傾げる。

「違わないから、愛されることを望んでいる自分にあの子は絶望してるんだと思うわ」

 あの子が私を好いていてくれるのはそのせいね、とフランは言った。

「結局お嬢さんと王女様は同じよ。無力な自分に失望を覚えて、覚えたから選んだ結果が違っただけのこと。お嬢さんは大人や男に依存する道を、自覚的に。自覚があるからこそ、自分の打算に絶望するのよ」

「だから自立してるおまえに憧れるって?」

「その擬態をやめろと言うことは、女の子に死ねと言っているのと同義よ、バルフレア」

 だからあの子はヴァンに愛されることを望むでしょう、と結論づけた。理解できない、これが「女の意見」というやつだろうか。理解できないからこそ女は愛おしい、というのは傲慢なのかもしれない。それでは犬猫に対する愛情と変わらない。

「ならあのお姫さんは死ぬことを選んだ人間だとでも?」

 問うてみれば、あなたもお姫様と同じ種類の人間ね、と溜息を吐かれた。

「他人に媚びたりしなくてもお姫様は生きていけるわ、何しろお姫様なのだから」

「お嬢ちゃんは媚びてるか?」

「王女様のような女よりも素直な女を喜ぶあなたのような男が居る限り、そして女が一人で生きられない環境がある限り」

 これには参った。

「反省する」

「出る杭は打たれる。望まれない形であっても打たれないのは、それこそ高貴のシルシよ。それが許される環境にあったか、許されない環境にあったか、それだけの違い」

「…………」

「自分らしく在るという、ただそれだけのことがどうしてこんなにも難しいのかしらね」

と、自分のために里を飛び出したヴィエラは語るのだった。

 それはヒュムの最たるの飢えが自分を貫くこと、ということだろうか。

 その割にはヴィエラも苦労していると思うのだ、たったそれだけのことに。そして自分も。

 欲望は飢えだ。生きることが飢えることなのだとしたら、欲深いのもまたしょうがないことなのかもしれない。それが愛ってものなのだろう。

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