Eternal Legend of the Wind Messiah ben reLoi II

Novel

 いつもはかしましい子供のこえでごった返している白い石の家は、ここのところ、ずっと静寂に支配されている。

 ガーデン建設のために、あちらこちらに子供達は預けてしまった。キスティスとゼルは里親が見付かったため各家へ、セルフィは白いSeeD船へ。アーヴァインがセルフィのことを気に入っていたようなので、いずれ二人一緒にガーデンに通わせても良いかもしれないとイデアは思っている。

 イデアの家に残っているのはスコールとサイファーだけであった。今は白いSeeD船の船長となっているイデアの代わりに、シドが彼等の面倒を引き受けている。対称的にして似た者同士のスコールとサイファーは、競わせて共に置いていたら面白いことになるのではないかとシドは言っている。そうかもしれない、が、イデアには男の子の闘争本能などわからない。男性原理は本来魔女の対極に存在するものである。シドが言うのならばきっとそうなのだろうと納得しているだけだ。

 彼等は今、海岸に出ている。サイファーが木の棒を剣のように振るうのを、スコールが眺めていることだろう。見付けてつい笑ってしまったラグナ主演の『魔女と騎士』なる映画を、ビデオで見せたら何故かサイファーは填り込んでしまった。まるで彼と同じポーズで、ぞんざいに棒を振るっている。その滅茶苦茶さ加減は、いつぞや子供達の相手をしてくれた青年の言動にそっくりだった。なおざりに己が力を振るっても違うことなく目的を達成できる、それは天性の資質を持った者のみに許される傲岸なのだと、シドが微笑ましげにサイファーの成長を願っていることを、イデアは知っている。

 本当はスコールにこそその状態を望まないでもなかったのだが、むしろスコールがそれに興味を示さなかったことは僥倖だったのかもしれない、とあとになってから思う。当時はラグナがスコールの父親であるなどとは知らなかった。興味を持たれてもいずれ困ることになっただけだろう。

 昨日、何年か振りで再会した青年は、エルオーネの言うとおり何故か世界一の大国で立派に大統領まで務めていて、イデアは夫の言葉を実感する。成程何たる傲慢。これが選ばれし者の資質か、レインを籠絡した男の正体か。そうして懸念する。スコールは決して彼等のようなタイプではない、あの子に英雄が務まるのだろうか、と。

 だから保護を求めた。ガーデン建設だけではなくいつかのスコールの保護をまで願い出たのだと、聞いたシドは驚いて妻を問い詰めた。その人がスコールの親権を主張したら絶対に勝てませんよ。そう言ってあの子供を手放すことをシドは恐れたが、イデアには確信があった。自分が他の選択肢を消去してやらずとも、あの人はその才智故に未来の英雄を手許には置けなかったろう。それが故の傲岸さなのだと、だが同じく衒学的に尊大な夫にはわかるまい。騎士とはそういうものだと、ラグナを見てやっと気付いたのだ。己のことは見えない、だからこそ騎士になれる。

 シドはまだ、何故自分がガーデン建設をまで計画できるのかに、気付いてはいまい。パレート効率的に自分を放棄できる者を、英雄と普通は呼ぶのだ。それは魔女に近い性質である。

 そしてそれはスコールから遠い性質でもある。あの子は英雄どころか魔女ですらない

 イデアは幾つかラグナが誤解をするように誘導していた。イデアがレインを知ったのは確かにティンバー・マニアックスの記事によってではあったが、それだけで彼女を魔女と断ずるだけの能力など、魔女にはない。ハインの能力はこの時代、もはやそこかしこに散じてしまって、魔女ひとりの能力など大したことはなくなっている。

 イデアがレインを訪ねることができたのは、あの村がウィンヒルだったからだ。イデアはかねてよりウィンヒルを知っていた。

「運命……でしょうか……」

「何が……ですか?」

 不自然な呟きを聞きとがめて、シドは問う。

「ラグナさんの、出てた映画。あなた、御覧になりました?」

「いえ。あのとき、買い出しに出掛けてたので」

「そうでしたっけ。すみません」

「いえいえ。確か魔女と騎士の話だったんですよね?」

「ええ、イリスとゼファーの。あの話、実は世間に伝わっているものと史実は別なんです」

 シドは首を傾げた。彼女の夫は博識ではあったが、魔女の知識に長けているわけではない。

 だから愛しい。

「魔女イリスのほうは殆ど名前が知られていません、にも関わらず騎士ゼファーのほうばかり名前が知られているのを、不自然に思ったことはありませんか?」

 通常は騎士など魔女のおまけに過ぎず、魔女の名前こそが歴史に残る。だが魔女と騎士ゼファーに限っては反対であった。只人であるはずのゼファーこそが、騎士として名を残している。

「ええ……それは」

「本当はね、ゼファーが魔女だったんです。こう考えれば、不自然ではないでしょう?」

「え? 男の魔女ですか、ではイリスは!」

 シドが声を上げる。そう、イリスは魔女ではなかった。

「騎士……だったんですか?」

「ヒトの言葉で言えば、そうなりますね。男の魔女は歴史を見てもそう多くはない、その中で女の騎士を持った魔女は更に少ない。だから魔女の名前が残ってはいても、誤解が膾炙したまま、思い付く人も、居なかったんでしょうけど」

 男性性が魔女の力を持つと、すぐに力に囚われて、騎士など必要とも思わずに自ら破壊行動に走ることが多い。基本的に女より男のほうが快楽に流されやすく、だからこそ魔女達は、男性性に力を譲ることを良しとはしないことが殆どだった。

 つまりそれは、本質的に男に騎士の器を持つ者が多くはないことを示してもいる。魔女が次の器に困るという事態は起こったことがないが、女の魔女の対となるべき男の騎士は絶対数が少ない、だからこそ、騎士不在の魔女という問題が起こる。

 魔女の器と騎士の器は本来同義である。サイファーとゼルはその点申し分なかった。己の力を制御できる力、それだけの強さが、彼等にはある。

 そしてそれをするには、スコールの鞘は弱すぎ、スコールの剣は強すぎた。まるで暴走しかかった魔女だと、イデアはスコールを見ていつも思う。むしろあれだけ均衡を崩していて尚、ヒトのカタチを取っていられることにこそ驚嘆すべきなのかもしれない。レインの遺産はあまりにも大きかった。

 それはゼファーとイリスの遺産と同義でもある。

「でもゼファーとイリスはそうだった、そしてだからこそ、魔女と騎士では普通あり得ないようなことを、可能としたんです」

「それは……?」

「子を成すこと」

 シドの瞠目を気の毒におもう。自分がシドにしてあげられなかったことだったからだ。

 魔女と騎士に子供はできない。力は常にハインに帰りたがっており、魔女と騎士が次なる己の器を生むことを拒んでいる。或いは女の生産を他の方向に向けてしまった代償なのかもしれなかったが、とにもかくにも魔女の力は、己の器の中にできた入れ子を壊してしまう。だから魔女自体が子は産めぬ石女なのだと研究者には思われているが、逆に言えば理論上は、他人の身体に宿った器には力は干渉しないということでもある。

 だから、男の魔女と女の騎士の間には子供ができるはずだ、と。

 説明すれば、シドは困ったようにわらい、成程、と呟いた。謝ることは、イデアにはできなかった。謝れば、自分が子を産めぬ魔女と知りながら自分を選んだシドの意志に対して失礼に当たる。ただ、苦しい。

「で……それとラグナさんに、何の関連が?」

「ウィンヒルという名前の由来、知ってますか?」

 Winhill。普通に考えれば「勝利の丘」と言ったところか、それ以上の何かは思い付かずに、シドは首を傾げた。

「いえ」

「Wind Hill。本来あそこは風の丘なんです」

「ああ、成程……って、まさか」

だからウィンヒルなんです」

 イデアは静かに告げる。シドにはそれだけで伝わるはずであった。

 いにしえの魔女は、各々の属性に合わせて特別な名を持っていた。その個人名が、イコール森羅万象の現象の名とされていたのである。いずれ力も薄れその実状は形骸化しても、魔女であればいにしえの神の名を戴くものと相場は決まっている。

 Zephyrの名は「風」だった。

 或いはゼファーの名こそが生殖を可能にしたのだとイデアには思えなくもないのだが、他に子を成した魔女など存在しないため、比較対象がなく何とも言えないのが実状だった。子宮に風を吹き込んだ者が無条件で父親と呼ばれるように、風の名を持つ者はすべからく受胎させる力があるはずなのである。風は男神のオーヴァソウルそのものを指していた。

 そのゼファーと、雨の根源たる虹のIrisの、子孫が花を贄として二人を祀る村。だからあの村には器が多く生まれるし、力も集まりやすい。器同士の婚姻もまた少なくなかった。器の大きさが血筋には依存しないとわざわざ言われている理由は、単純に魔女が子を残せないためだが、逆に残すことさえできるのならば、本来器は遺伝する。あの村は、魔女にとってさえ異端であったのだ。増大した力と器は、遂に魔女とすら呼べない兵器を作り上げていたことを、果して村人達は知って尚、彼等を崇拝していたのかどうか。

 エルオーネに男神の名が、スコールに女神の名が、隠されていることからも推測は容易いが、それらをヒトの手中に置いておくことに、イデアはあまりにも恐怖を覚えたのだ。だから無断で攫った。エルオーネが何を言おうと、子供の戯言だと彼女達をウィンヒルに置いておくのが大人の選択だったかもしれないとは思わないでもないのだが、子供の戯言以上に、力を持ったヒトの大人を魔女は信じられはしなかった。あの村は確かに魔女の系譜に連なる者達の村であり、エルオーネもレインも、そしてまたスコールも器としての素質を持ってはいるが、ラグナが誤解したようには、三人は魔女では決してない。だが、まだ魔女と思わせておいたほうが安全だった。ラグナは恐らく、魔女が子を産めぬことも知りはしないだろうし、アデルが妻としての騎士の器を探していたこともまた知りはすまい。

「そのゼファーを、まさかスコールの父親が演じて、サイファーが憧れるというのが、ちょっと……引っ掛かりまして、ね」

「何か問題がありますか?」

「いえ、偶然だとは思います……けど。重なりすぎて……」

「そうですか? まぁ人生は小説よりも奇なりと言いますし」

 シドは笑っている。イデアもつられたような振りでわらい、話を打ち切った。

 昔、セントラには村があった。今はもう瓦礫しか残ってはいない、森の中の小さな村だったが、そこは多く騎士を輩出していた竜の里であり、イリスもそこの出身だった。

 魔女を殺す最強の剣を守っていたその一族の長は、確か神竜の名を戴き、水を武器にしていたはずだ。

 頭を振って黒髪を揺らし、魔女はヒトの日常に戻る。戻ろうとして、ふと思い立った。

「あなた。今日ここに泊まっていっても、いいでしょうか?」

 シドは若干目を瞠ったのち、相好を崩した。

「ここはあなたの家で、私はあなたの夫ですよ」

 何も生まれなければこそ、抱き合った。

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