アンドロイドは世界蛇の夢を見るか

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 彼そっくりの青い虹彩を持った、だが彼にはない穏やかな幸せを湛えた瞳の女性だった。

 目の形も、大きな眸子も、細い鼻も、まっすぐな伽羅色の髪も、薄い口唇も。彼に瓜二つだった。否、彼が彼女に似たのか。信じられなかった、こんなところで彼の恐らく母親に会うことになるとは。

 レインと呼ばれた美しい女性は、そのスコールに似た、芯の強そうなまっすぐな瞳で、キロスを見上げてきた。

 そうして僕が選ばれた理由を知った。エルオーネは彼女をよく知っていたのだろう。スコールにそっくりな彼女の貌を知っていた、だからこそ。僕以外の人間に、今の時点で真実に近い過去を見せるわけにはいかなかったのだ。

「私の中の何かが聞けと命じるのだ」

 エルオーネの力のことは知っていたが、実際に過去に接続されたのは初めてのことであった。奇妙な感じだ、このキロスという男は僕の存在に気付いており、僕の意を汲むことさえしているというのに、僕が彼の思考をはっきりと感じているのとは裏腹に、僕の言葉を聞くことはできないらしい。

「そうだ、この話をもっとよく聞かせてくれ」

 傍耳を立てたキロスに囁くも聞こえている様子はなく、だが彼は僕に忠実に、かつ彼自身が動機を持つかのように彼の意志で、レインとエルオーネの会話に一心に聞き入っていた。

 現在のエルオーネは四、五歳といったところか。現在の姿よりも当然、スコール達が知る「エルオーネお姉ちゃん」の外見に近い。

 それでも皆は、スコールは、エルオーネを「おねえちゃん」とは認識できないのだ。姉を、姉自身の手によって剥奪された可哀相なスコール。ただ彼を伝説のSeeDにするためだけに用意された幾つもの罠に、絡み取られて今もスコールは動けないでいる。

 だが……本当に? 自分にそっくりな女性を見ても、奪われた過去でなく新たに得た知識からも、スコールは真実に気付くことができぬよう、抑制が為されているとでもいうのだろうか。

 ……そうだ。もし本当に彼女がスコールの母親なのだとしたら、彼の父親は、まさか。

「ねえ、レインはラグナおじちゃんと結婚しないの?」

 まさか……!

「あーんな男と? 痛い痛いってヒイヒイ泣きながらここに運ばれてきて、それからずっと看病させて……」

 ラグナという名はエルオーネから聞いていた。彼女にとって父のような人だったと聞いている。スコールから自分を奪う自分への罰として、自分からも父を奪うのだと言って、エルオーネは頑なにラグナに会いに行こうとはせず、むしろ逃げ回っていた。

「ジャーナリスト志望のくせに言葉使いは汚いし間違えるし、真面目な話になるとすぐに逃げ出そうとするし。イビキはうるさいし寝言だって……」

「ホントにビンゴ……かよ」

 僕は天を仰いだが、実際にキロスが頭を上げるわけでもなく、ただ僅かに僕の動揺に引き摺られたかのように身体が揺れ、空気を揺らした。レインがそれに振り向く。ラグナが今帰ってきたかのように振る舞う。

「お帰りなさーい!」

「はい、ご苦労様」

 スコール、ほら。見ているかい? 僕は届くはずもないスコールに声を掛け続けた。あの子が君の今尚求め続けている、だけど名前も忘れてしまっているのだろう最愛のお姉ちゃん。君にそっくりなあの綺麗な人が、多分君のお母さん。そしてその傍らで誰より優しく笑えてしまうあの人が、君と同じく英雄に仕立て上げられて今も偶像のように生かされている、恐らく君のお父さん。

 エルオーネ。エルオーネ! これをスコールにも見せたということは、彼に記憶を取り戻してほしいという合図なのか。彼女の意図通りかどうかはわからぬが、少なくともスコールの心は確実に揺れている。スコールに揺らされて、ラグナの心が揺れている。

「時々怖くなるんだよな。目が覚めたらここじゃない何処かで、エルオーネが居なくて……」

 もはや居ないエルオーネを探して、そのちいさな足で無心に走り続けたスコール。

「レインも居なくて?」

「オレ、どうしちまったんだろうな。こんな気持ち……なんだこれ?」

 レインの話は聞いたことがなかった。エルオーネとスコールが孤児院に引き取られた理由をそもそも聞いていなかったが、レインが亡くなったせいなのではないのだろうか、恐らくは。

「ああ、目が覚めてもこの部屋でありますように! このちっこいベッドで目が覚めますように!」

 スコールがこの夢から覚めたら、そこには確実にエルオーネもラグナもレインも居ない。彼の姉も、父も、母も。すべては十数年前から始まった幻想に、アルティミシアとSeeDという過去に、皆が人生を奪われている。

 イデアもシドも、カーウェイもリノアも、スコールもラグナも、セルフィもキスティスもゼルもサイファーもエルオーネも、僕も。

「変わったな、ラグナ君」

 キロスの声が若干寂しげであったのが、僕のせいなのかどうかはわからないが、今確かに、彼も僕も泣き出したいような気持ちでひたひたと、こころが漣立っていた。

 よもや。よもやスコールが、姉のみならず父や母まで皆に隠されていたのだとは、僕にとっても思いも寄らぬことであったのだ。高々姉が居なくなったくらいで、と彼のことをずっと莫迦にまでして同情などほとんどしたことのなかった僕が、初めてスコールの寂しさを思って泣いた。エルオーネの居なくなった条件は皆同じ、だのと思っていた自分が恥ずかしい。

 彼は前提からして僕等とは生を異にしていた。彼は愛する者達の手によって、寄って集って愛する者達を奪われ続けていた――。

「世界を救う英雄の手に、最後に残るものはなんだい……? スコール」

 そこまでしてスコールは生きたいと願うだろうか。そこまでしてスコールは世界を救いたいと思うだろうか。そこまでして、今の彼にはもう居ないも同然の大事な人達の命を、守りたいと思えるだろうか――?

 気付けば軍用車の大きなハンドルに突っ伏して、僕は涙を流し続けていた。いつのまにやら現実に戻されたらしい。顔を上げれば、サボテンが焼け付くような日差しを浴びて、それでも瑞々しく生を謳歌していた。

「……行くか」

 カーウェイ大佐からリノア達の救出を命じられていた僕は、D地区収容所に向かっている最中であった。一人のときでよかったと思う。一人だから、気にせず泣き続けることができる。

 視界は未だぼやけたまま、それでも僕はハンドルを握って車を進めた。

 本当はカーウェイに従って皆を助け出すつもりであった。だがやめた。リノアだけを助け出し、彼等には結託して自力で脱獄してもらうことにする。

 伝説のSeeDに仲間が必要か否か、その判断は僕に委ねられていた。必要かどうかは未だ以てわからぬし、万一不必要なものだったとしても、せめて。

「せめて、君の頼れる仲間達は君に返してあげるよ……スコール」

 リノアという少女としっかり話をしてみたいと思ったこともまた、理由の一つとして認められた。将来魔女となるだろう、カーウェイ大佐の一人娘。デリングシティまでの道のり、セルフィとの再会に浮き足立ってしまって、ろくに話しもしなかったことを悔やんでいた。

 あの娘が、スコールの手に最後に残るように定められた、この世界で最後の魔女。

 スコールはあの娘を選ぶのだろうか。選ばなかったとしたら、彼の手には何も残らぬのであろうか。彼等の未来は過去にとうに定められていたはずなのに、僕はまだ輪を断ち切った先の明るい未来を考えたくて仕方がない。

 過去を壊したくて仕方がない。

 もうじき何処かのガーデンに落とされるだろうミサイルは、魔女達の作り上げた巨大な卵の殻のほんの一部分にでも、傷を付けることができるだろうか。無意味な抵抗かもしれない、運命に無駄に抗っているだけかもしれない、それでも。

 卵と鶏、どちらが先かなどという議論は好みではないが、それでも僕は卵を踏み潰す夢を見る。

 世界を生み出した世界蛇の、彼女がこれから生まれるであろう卵を。

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