世界に名だたるバラム・ガーデンの指揮官、スコール君は、当人としても甚だ不本意ではあろうが、端から見ても非常に間抜けとしか言いようのない状況に陥っていた。
本人も気付かない内に、両手両足を大の字に固定され、動くこともできない格好にさせられていたというのは、スコール君にとってはあまり芳しくない状況である。更には現在服を剥かれかけているというのは、非常に戴けない状況だった。
で、スコールが寝ているのを良いことに、それを行った――もとい、行うことのできた人物はと言えば。
「……何やってるセルフィ……」
セルフィだった。流石はSeeD。スコールに一切気取られず、ここまでやってのけたことには感心しようものだが、しかし。
「あ、起きちゃった〜? もうちょっと脱がすまで寝ててほしかったんだけどな、ちぇ〜」
チェ、じゃあないだろう。ツッコミを入れたかったような気もするが、それ以上に優先度の高いツッコむべきところがあった。
「剥くな!」
「やだ〜スコールってば、剥くなんて言い方ヤラシイ〜」
実際に服を剥ごうとしているのとどちらがイヤラシいのかはこの際問題ではないラシイ。
「だから何なんだ、何をやってるんだ!」
「剥いてるの♪」
スコールの言葉尻をとらえて、セルフィはニコニコと笑っている。笑顔のままで、スコールをタマネギよろしく剥いていっている。一体。
「……何故」
「だってスコール、こんなことさせてくれないでしょ〜?」
いつものように呻いて額に手を遣りたかったスコールだが、生憎手を封じられていて……いなかったら、まずそもそも逃げただろうが。
「当り前だろ……」
「うん、だから」
「そうじゃなくて。何故こんな格好にさせたかったんだ」
セルフィはぷるぷると頭を振った。状況を考えなければとても可愛らしい仕種である。……あくまでも考えなければ。
「格好はね〜ホントはどうでもよかったんだけどね〜」
「……ならするなよ……」
「だって脱がなきゃできないでしょ?」
……ナニを。
とは怖くて訊きたくないような訊いてはならないような気もしないではなかったが、この状態で訊かないでおいたらどうなるのだろう。
「できないって……」
「してって言ってったって言ってくれないでしょ?」
促音が妙に多くて理解しがたい。
「……剥いてくれって?」
「その先」
さらり。
その先が何を指すのか、やはり考えなければならないんだろうか自分は、などと口の中でぶつぶつ呟いているスコールは、明らかに現実から逃避しようとしていた。しかし現実はあくまでも優しくない。しっかとスコールの眼前に横たわったまま、あまつさえ更にエスカレートしていっている。
「だから、ね?」
ナニがダカラだ!
レザーパンツを下ろされて、ついでに下着まで一緒に引き下ろされ、スコールは情無く狼狽した。男としては嬉しい状況なのかもしれないがやはり犯されるというのは何かがチガウ、などと的外れなことを考えているのが混乱している良い証拠。
脚が開かれている状態で無論完全に引き下ろせるはずもなく、腰だけを晒した状態で、スコール君の恥ずかしさは倍増。が、そんなことにも頓着せず、カノジョは更に恐ろしいことをのうのうと宣うてくださった。
「あ、ちゃんと剥けてるね〜」
「…………」
ナニが?
というよりソレまで剥くつもりだったのか?
とツッコんでおくべきなのかスコールは非常に迷ったが、結局視線を泳がせたまま尋ねたのは別の事柄だった。
「……つまりあんた、俺とセックスしたかったのか?」
女性に尋ねるにはいささか配慮の足りない直裁的な表現だったかもしれないが、何しろ相手はセルフィ。このぐらいで怯むようなオンナノコだったら、そもそもここには居まい。
「うん、そ〜」
にこにこと、相好は崩れない。お昼御飯食べよ〜と誘われるのと同じくらい明るくセルフィに言われると、この異常な状態も大したことではないかのように感じてしまうから不思議だ。
「……素直に抱いてくれって言ったほうが男には効くと思うが」
自分が乗るかどうかはともかく。という言葉を飲み込んで、スコールは取り敢えずこの拘束を何とかしないと、と打開策を探して提案してみた。
が。
「ちっが〜う!」
目一杯否定された。
「スコールにあたしが抱かれるんじゃないの! あたしがスコールを抱くの!」
「……は?」
セルフィ、実は男だったのか?
と思わず本気でスコールがボケたくなってしまったのも無理からん。
結局その問いが口を突く前に、じゃそういうことで、とセルフィが自分の服を脱ぎだしたため、疑問は疑問としての意味をなくしてしまったのだが。
細いのに丸みのある、ちゃんと女の子の肢体だった。腰も肩も折れそうなほどなのに、思ったより胸がある。などと半ば茫然自失しながら健全な男の子は思ってしまったが、観察する前に我に返る。叫んだ。
「どうやって!」
……何やら叫ぶべき内容が、既に感化されて間違っているような気がする。
「え〜と、入れるブツは流石にナイから、それだけはスコールのにしてもらうケド。それとも道具使ってほしい?」
そして、間違った問いにはやはり間違った答えが返ってきた。否、質問に対する回答としては確かに正しいのかもしれないが。駄菓子菓子。
「あたし〜拷問は得意だけどSMはしたことナイしなぁ、スコールは――」
「……悪かった、ああ俺が悪かったから」
泣きたいような気分で、尚も続くオソロシイ言葉を断ち切って、スコールは冷静に返ろうと努めた。
「原点に返ろう、そもそも何であんたは俺を抱きたいと思ったんだ?」
これで真っ当? に「スコールが好きだから!」などと笑顔で返されたらどうしよう、と内心ビクビクしながらも、彼は尋ねざるを得なかった。貞操のためにというより、生命の危険さえ感じてしまったのは何故だろう。
しかし安堵すべきか、返ってきたのは別の意外な言葉だった。意外すぎて、全く理解できなかったほど。
「え、だって。あたし、ラグナ様のこと好きなんやもん」
らぐなさまのことすきなんやもん?
……らぐなをすきだからおれをだきたいとおもった?
つい平仮名になってしまうほど、セルフィのそれはスコールにとって理解外の言葉だった。そしてセルフィはと言えば、頬をほんのりと染めて恥ずかしげに視線を逸らしている。
可愛い。
現実逃避のためか迂闊にもそう思ってしまったスコールの上で、しかも彼女はパンツ一丁の半裸状態。手足を縛られていなかったら、うっかりとGoサインを出してしまっていたかもしれない。あくまでもこれまでの経過を加味しなければ。
思わず反応しかけてしまった自分を宥め、表面上はあくまでもシリアスぶって平常心を心掛ける。
「ええと……ラグナを好きなんだって?」
「せや、悪い?」
ぷぅと頬を膨らます。目許の染まったセルフィの様は、確かに恋する乙女のものなのかもしれないとは思わないでもなかったが。
「悪いとか悪くないとかじゃなく……だったらラグナを抱きにいけばいいだろう……」
あまり想像したくない光景ではあったが、そちらのほうがスコールには余程理に適っているように思われた。しかしそれはどうやらセルフィにはトンデモナイことだったのか、うろたえたように揺れ、ボンッと音でも聞こえてきそうな勢いで更に貌を真っ赤にする。
「む、無理〜ムリ〜、そないハシタナイことできるはずないやんか! 大体あたしが抱かれるんならともかく、ラグナ様抱いてどないするん〜!」
手をぱったぱったとスコールの胸に叩き付けながら、どうやらカノジョは照れている。が、今のスコールにはそれを可愛いと思うことも煩わしいと思うこともできなかった。
はしたない?
抱いてどうする?
今のコレは?
今俺を犯そうとしてるんじゃないのかあんたは?
俺は言葉の定義を間違えているか?
スコールの脳裏に山と疑問が浮かんでは消えてゆく。積もり積もった言葉は、そして珍しく爆発し表に出た。
「というかどうしてだから何でそれで俺を抱くんだ!」
一息に叫ぶ。と、必死の叫びにはやはり叫びで応じられた。
「だってスコールがラグナ様に抱かれてるから!」
……………………………………………………は?
まっしろ。
今のスコールの心境を表すとしたら、この一言で事足りた。
オンナノコに圧し掛かられているもしかしたら嬉しいかもしれない状態で、どうして誰も知らないはずの関係を言われなければならないのだ?
しばし沈黙がその場を支配する。
やがて、まだ燃え尽きたままではあったが何とか現実を取り戻したらしいスコールが、ようやくセルフィの視線に気付く。気付き、記憶が吹っ飛んだかのように首を傾げ、今の状況を確認しようとした。……したのは、間違いだったかもしれない。
「え……ええと?」
スコールの言葉を待っていたらしいセルフィは、既に先程の照れの欠片も残さず、にーっこりと、それはそれは晴れやかな笑顔でトドメを刺してくださった。
「ラグナ様に抱かれたいけど〜それは恥ずかしいから〜。でもせめてラグナ様がどうやって抱くのかは知りたいじゃない〜。スコールに抱いてって言ったってどうせ同じにはできないだろうから、それだったらスコールの反応を見たほうがよっぽどどんなだかわかるじゃない、ねぇ〜? だからスコール、何処が感じるのか教えて? 同じようにシテあげるから、ね?」
……………………………………………………ね? って……。
ふぅっと意識が遠のくを感じながら、だが実際に気を失うこともできなかったスコールの、くちびるに重なったやわらかな口唇の感触は女の子のもので、やはりラグナのそれとは別物だった。
おまけのアースコ。
「スコール! セルフィが君を抱いたってどうやって――ッ!」
「……ッ好い加減にしろこンのバカップルーッ!!」