まるで恋人にするように、愛おしげな目をして、その男はマシンガンに口吻けていた。
「……鉄臭くないのか?」
銃の手入れをしていたアーヴァインは驚愕した体で、自分を見下ろし首を傾げる細い身体を見上げた。些か呆然と、何を言われたのかわからなかったのか言語の解析に暫しの時間を取っていたが、間も無く、自分が手にしているライフルのことだと気が付いたらしい。
「ああ、今のキス?」
「……キス、なのか。やっぱり」
スコールは若干眉をひそめ、アーヴァインではなくその手の銃を、しげしげと一心に見詰めた。興味を持たれたのは自分ではなく銃のほうだったらしい、と何処かほっと胸を撫で下ろすものがあったことに気が付き、アーヴァインは、自分が未だ他人に積極的に話しかけるスコールというものを珍しく思っているのだと、知った。
「うん、銃は愛しいよー。スコールにとってのガンブレードがどうだかは知んないけどね、僕にとっての銃は恋人とおんなじ。たっぷりの手間と愛情と金を掛けてやって、自分の一番しっくりくる形にチューニングする。僕は、僕の形に慣れてくれた女の子があんまりにも可愛らしく声を上げてくれるんで、誘われてキスしてるだけだよ」
表現の卑猥さに顔に朱を刷き視線を逸らしたスコールは、一瞬のちには不機嫌な表情で、その鉄芯を愛おしげに撫でる男を睨みつけた。
「故意犯」
アーヴァインはにやりと、先程の話にふさわしいとも見える表情で笑っていた。
「なにが?」
「大事にしている話だから他人に話したくないっていうなら、初めからそう言えばいいんだ」
「……別にそういうわけでもないんだけどね?」
猥雑とした表情を浮かべていたアーヴァインは、スコールの言葉にそれをすっと収め、困ったように後ろ頭を掻いた。
「…………」
こんな仕草までもが似ている、と思うと、スコールには銃を扱う人間が不思議に思えてくる。
「俺は多分、ガンブレードが肉に刺さったときの、あのズブリとした感触が好きだ」
「……な、なに、何なの突然」
アーヴァインが顔を引き攣らせて身を引いたが、スコールは構わず、まるで言葉が途切れることで自分の勇気まで途切れてしまうことを恐れるかのように、言葉を続けた。
「剣が肉に突き刺さったところで、トリガを引く。肉を弾き飛ばす反動で、俺の腕も弾き飛ばされる。俺が使っている銃は明らかにあんたたちのそれとは違う、あくまでも剣から離れて動作するものじゃない。……あんたたちは、どういう気分で銃の引き金を引くんだ?」
目を見開いたアーヴァインは、だがスコールのひどく真剣な表情に、やがて厳しい顔で立ち上がり、目の位置より下になった蒼い瞳を覗き込んだ。
「なんで、そんな話を?」
「自分の話をしないで、あんたの話だけを聞こうとするのはフェアじゃないと思ったからだ」
「そうじゃなくて、なんで……あア。……ああ、そうか。『達』って言ったな」
「え?」
「いや、何でもない。そうだね、うーん」
得心したようにアーヴァインは問い掛けを引っ込めたが、スコールにはわからず、逆に首を捻る。しかしそれよりも続けられる言葉のほうが重要で、すぐに意識からその疑問は霧散した。
「さっきのも本当は本当だけどね。時折、あのバーンって音が僕の心音なんじゃあないかって思う瞬間があるんだ」
「……あの音が、心臓の?」
「そう。自分の心臓が弾け飛んだような錯覚に陥る」
「心臓が鳴る、じゃないのか」
「同じだよ。だから僕は、自分の心音で自分の心臓を突き破りたくて、引き金を引くんだ」
バーンとね。おどけて彼は、指で形作った銃で自分の胸に焦点を当て、やや困惑したような色を見せるスコールの胸を、手首を返し、甲で軽く叩いた。
「わからなくていいさ。わからなくて当然だ、多分ひとり一人、みんな武器を持ってる理由なんか違う。あんたとサイファーがガンブレードを持ってる理由が違うように、だから、スコールが本当にラグナ様のマシンガンの理由を知りたいんだったら、直接尋ねなきゃ駄目だぜ」
「……え?」
まあるく、子供の瞳のように大きく目を瞠ったスコールの顔は無防備で、本当に先程の複数形は無意識だったのだとアーヴァインに再認識させ、その口唇に皮肉めいた苦笑を浮かばせさえした。
「十七年? 前のラグナ様も、大切そうにマシンガンにキスしてたよね。その割には扱いがなおざりでゆるがせで。まるで繰り方なんか知らないように滅茶苦茶な自己流で、なのにそれが全く問題でないかのように滅法強い。本当にあの人が一番正体が知れない」
「……どうして」
「どうして? それは僕のが訊きたい。スコールはどうしてあの人が武器を銃に選んだのか知りたいんだい? 大抵の場合、武器の選択は本人の好みとは関係なく、その人の持てる能力で決定される。僕が剣を持てなかったようにね」
「持てなかった?」
アーヴァインは何故か一瞬スコールを痛々しげに眉を寄せて見詰めたが、すぐにいつもの笑みを口唇に乗せ、再び床に座り込んだ。座り込み、傍らのライフルを、恰かも何かの儀式であるかのように、愛しげに撫でる。スコールには理解のできない、あの恍惚とした表情で。
恐らく本当にエクスタシィを感じているのだろうことは、スコールも勘付いていた。先頭に立ってモンスターに斬りかかってゆく自分の後衛で、銃を構えた音が聞こえる。突如感じる、鋭すぎる殺気に振り向く前に、自分のすぐ脇を掠めてモンスターに的中する銃弾。そうして振り向けば、うっとりと瞳を潤ませたアーヴァインと視線が絡む。
「さっき、スコール。肉に突き刺さったときの腕に伝わってくる感触が好きだって言ったろ」
「ああ……」
「肉食獣だよな、あんたたちはさ」
「え?」
「僕はさ、逆。あれがどうしようもなく駄目だった。剣でも拳でも棍でも、とにかく、あの感触が直接伝わってきて、相手が生きてるんだって思い知ることがどうしても駄目だった。それを感じちまうと、殺すことなんてとてもじゃないけどできなかった。だから僕は、今でもSeeDにはなってない。ならない。でもそれでもママ先生と戦わなきゃならなかったから、僕は銃を手に取った。それだけのことさ」
「……おまえ」
「だから僕は、ママ先生との約束も守りたくないと思っちまうような自分のノミの心臓を壊したいのさ。いつもね」
彼の提示した答えは納得のいかぬものではなかったが、それにしては、そう、それにしては、
「……なら、なんであんな顔をしてトリガを引く」
「……は?」
「あんな、銃で相手を殺すことに最高の快楽を感じているみたいに、あんな、あんな、――!」
「自分の手を汚さずに望むように壊せるなんて、最高じゃあないか」
ひどく酷薄な笑みだ、とスコールは思った。
アーヴァインの口端、眸に乗る冷たい光、すべてが子供じみた残酷な色を醸している、にもかかわらずその理由と来たら、大人びた臆病さで成り立っている。
ラグナとは違う、と何故だか思った。恐らくは彼の言ったとおり、アーヴァインとラグナでは、銃を持っている意味合いが違うのだろうことをスコールは察し、そう気付かせたアーヴァインの真意を探ろうともしたが、既に茫洋とした何時もが通りの笑みを浮かべている彼からは、スコールに理解できる形での答えは何処からも汲み取れなかった。
「……『肉食獣だなあんたたちは』?」
「うん?」
「……ラグナも、という意味か」
「それは君のが良く知ってるだろ」
そう、スコールは確かに知っていた。
一度だけ機会があって、ラグナと剣を交わしたことがある。新開発素材でできた剣の耐久性を見たいとのことで、任務中の息抜きとして承諾したスコールの相手役を買って出たのが、同じく息抜きなどと抜かした、よりにもよってクライアントの大統領であった。息抜きのつもりで始めたスコールを本気にさせたのも、信じられないことにその大統領であった。
本気にならざるを得なかった相手。それでも尚、そこに待っていたのは試合ではなく指導であった。スコールの本気をいとも容易くいなした男は、まるで全力を尽くしてなどいなかった。
決して彼を侮っていたわけではない。不安定な体勢でも片腕で違うことなくマシンガンをヒットさせていたラグナを、スコールは良く知っている。こと戦闘に関しては、その判断が誰より正確なことを、まさに身を以て知悉していた。だがそれでも、よもや剣で後れを取ろうとは想像だにしなかったのだ。片手剣に慣れていなかったなどというのは言い訳にもなりゃしない、と口唇を噛む。
それに気付き、疑問を浮かべた貌で可愛らしく小首を傾げた当の大統領は、血の流れ出すに至って、自分のほうが痛そうな表情で、慌てて指など伸ばしてくる。くちびるにふれた。
「おまえ何やってんだ」
「……別に」
差し込むようにして開かされた、切れた口唇にふれたラグナの指が沁みて痛い。痛いと思った次の瞬間には、ゆびはいたわるように離れていった。
「痛いのは駄目だぞー、俺のほうまで痛くなっちまう!」
スコールは応えず、黙したままただ目を瞑る。その無邪気な表情のまま剣を振るっていた彼の笑顔の裏を疑いもしたが、恐らく本当に裏などないのであろう。その強さを改めて自分で認識するまでもないほど、彼にとって当り前のように彼が強かった、というだけの話なのであろう。驕りのあろうはずもない。ラグナにとっては、自分の強いことはあまりに確固たる暗黙の了解なのだろうから。
そもそも、SeeDの力を借りての戦闘を「訳わからない力で凄い戦い方」の一言で済ませた時点で気付くべきだったのだ。まるで魔法その他の特殊能力にしか言及しなかった、彼等の実力は推して知るべきだったと臍を噛む。
「……スコール?」
「ラグナ」
目を開けて、顔を上げた。
「今日、このミッションが終わったら、手合わせ願いたい。時間あるか」
スコールの見上げた先で、ラグナは軽く瞠目したようだった。翠の眸子が一瞬おおきく光を孕み、すぐにまたいつもの色に戻って、スコールを捉えた。
「手合わせって、武器でか?」
「どうせあんたも俺も大した怪我なんか負わないだろ」
「当り前だろ、怪我なんてさせるもんかよ」
「…………」
自然、眉が寄った。だが自分の発した言葉の意味も知らぬげに、機嫌を損ねたらしいスコールを、ラグナは首を傾けて見詰めている。
「な、なんかマズかったか……?」
「……別に。SeeDも舐められたもんだ、と思っただけだ」
「は?」
相手に怪我を負わせず戦うというのは、自分が傷付かず戦うことよりも存外に難しい。余程の実力差がなければできないことを、当然のように言ってのける男が悔しいと思った。
「別に……なめちゃいねえけど?」
「……そう」
「ホントだって! おまえと本気で死合ったら怖いなーと思ってる」
「なら……ッ」
「だけどおまえが本気出してないもんを、こっちだけ出すのは無理だ」
目を見開いた、スコールの視線の先でラグナの表情はいつもスコールのものにも近い、無表情と言えるそれであった。
「わからない、スコール。おまえは俺に本気を出してほしいのか? 本気で闘いたいと思うのか? なら何で剣先が鈍ってた?」
そのような自覚はスコールにはない。なかった、が、それを勘違いだと断じるには、ラグナの実力を認めすぎていた。その程度のことを見誤るラグナというものは考えられなかった。訳のわからぬ息苦しさに、つい握りしめたゆびは既にして白い。
「スコール……確かに多分俺は、おまえに本気を出されてもおまえを殺す勢いで戦うことはできねぇけど」
「……ッ」
「でも……それはおまえも、一緒なんじゃないのか……?」
頬にゆっくりと伸びてきたゆびさきに、眉を寄せて目を瞑る。諦めたように開かれたスコールのくちびるから、あえかな吐息が洩れた。
ふれた指は自分の肌より大分暖かく、それにひどく安心を覚えている自分を自覚しスコールは、自分がこれのために戦えないのだと認めざるを得なかった。
本気を出したつもりであった。死ぬ気で戦ったつもりではあった。それでも敵わなかったから悔しくて戦うことを望んだが、それはただ敗北に対する反応に過ぎない。戦いたい、壊したい、殺したい……そのような感情は確かに持ってはいたかもしれないが、同時に持ちたくもなかった自分にも否が応でも気付かされる。
仮にリノアやエルオーネがラグナほどに強かったとしても、本気で戦うことなどできやしないのだろう。ずっとひとりで生きてきたし、生きてゆくつもりだったが、あの戦いを通じて、恐らくそのようなニューラルネットワークを形成してしまったのだ。それは何処かこそばゆく、そしてこのようなときには歯痒い。
本気で相対しても勝てるかどうかわからない相手と戦えることは、スコールにとっては歓びのはずであった。そんな相手と出会えることは稀であった。滅多にないことで、実際に歓喜に打ち震え、だからこそ申し込んだはずの手合わせ。だがむしろ欲求は、得体の知れないラグナの実力の由を知りたいというほうが強かった。彼にしては珍しい好奇心に突き動かされて申し出ても、相手に戦うことが本心ではないと言い諭されてしまっては、それ以上何を言えるはずもない。
眉根を寄せた何処か淋しそうな表情のまま、スコールはやんわりと首を振った。誰が相手であっても戦えなくなってはならないのに、そして戦いたいと思えるほどの相手たり得る久し振りの相手なのに、戦いたくないこともまた事実であった。戦いたくないと思ってしまうこと、それが仄哀しくてスコールは首を振る。自分の何処かが弱くなってしまった気がした。家族も仲間も恋人も、それが守るべき対象となるのならば、弱みは強さとなるだろうが、この男にはそれがない。ラグナは本気のスコールよりも恐らく強い。
「ど……して」
「え?」
目を開けて、揺れる碧の眸を覗き込んだ。
「剣のが得意なくせに……どうしてあんたはマシンガンなんて持ってたんだ……」
エルオーネの夢で見せられた若かりし頃のラグナ。エルオーネにはまるでわからなかったことだろうが、自身の能力の高さ故に、スコールには彼の戦闘能力が容易に知れた。当時であれば或いは比肩するかもしれないとは思ったが、それでも今の自分であれば敵わぬはずもなかった。負けようはずもなかった、あのラグナであったのならば。
あの彼は、銃の扱いなどまるで慣れていない素人だった。
「強いくせにどうして弱くなるような真似してたんだ、戦場で」
あんなに大事そうに、自分を弱くする武器を大事そうに。
言葉を呑んで俯いた。強くなろうとしていた弱い自分を丸裸にされたような気分で、スコールは口惜しさと羞恥に口唇を結ぶ。
突如として変わった話に、ラグナは目を丸くもしたようだったが、視線を天に向けて、彼にしては真剣と言える表情で考え込んだ。暫しの時間を要するかとスコールは思ったが、意外にもすぐにスコールに視線を戻し、ラグナは口開いた。
「弱くなりたかったからだ」
「……は?」
実にあっけらかんと、無造作に放たれた言葉。耳を疑って、間抜けな声を発しながらスコールは瞠目したが、ラグナは至極真面目な顔をしている。
「剣だと、自分の意志とは無関係にオレ、殺しすぎちまうから。銃が、一番オレの力と関係しない殺傷能力を発揮したからだ。どんなへなちょこでも数撃ちゃ百石二鳥三鳥四鳥、逆にどんな化け物だって同じ程度にしか殺せねぇ武器だと思った、達人になると違う感想持つのかもしんねぇけどな」
違う、アーヴァイン。そう心の中で呟いた。
肉食動物は、殺すことを目的として他の生物を殺すのではなく、ただ食べるため、生きるため、他者を屠るのだ。狩りをして戦って殺す以外、食べ物を手に入れる術を知らないだけで、アーヴァインのイメージのように、意志の強さと関係するわけではない。破壊欲求と繋がるわけではない。実際の強さとすら関係しない。
それしか知らぬ、それしか持たぬ、それは本能と呼べるものなのかもしれないとスコールは思った。
黙したまま自分を見詰めるスコールに笑顔を向けて、ラグナはいつもの脳天気な声色。
「ああ、でももう大丈夫かな。おまえと戦ったから。殺したくない相手と戦って殺さずに済んだから。殺さないで済む方法を憶えたから」
或いはずっと一緒に生活をしてきたのならば、本気を以て戦うことが可能だったかもしれないが、ようやっと得たお互いの存在を消すにはあまりに二人共、孤独で居た時間が長すぎたのやもしれない。必ずそこに居るだろうと信じることのできる信頼関係を結ぶ時間もなく、だがそれでもずっと居てほしいという餓えのような希求ばかりが膨れ上がり、勝手に一人歩きしている。
親などと意味もろくにわからなかった言葉に、こんなにも思考を拘束されている。或いはその枷は、訳もわからぬ親などという幻想ではなくラグナ自身なのやもしれなかったが、それを判断する材料は何処にもなかった。ふたりの関係を形作っているのは二人だけではない、あまりにも周囲に張り巡らされた修飾が、自分の本心さえ見据えるのを困難にしている。
「殺すのが……厭なのか……?」
「うん。殺すのも、誰かが死ぬのも。もう、厭だ」
笑いながらそんなことを言う、ラグナのゆびはまだスコールの頬にふれたまま、指先はちいさく震えていて、笑顔に隠された影をスコールに探らせた。
「おまえが確実に倒してくんのは聞いてたけどよ。ホントはアルティミシアのトコに遣んのも、厭だった。なんか居た堪れなかった。オレが殺ろうかとも考えた、ホントは。それしかなくても」
徐ろに引き寄せられて額に落ちたくちびる。疵痕に、吐息がふれて、そっと。
優しい仕種に、しかし何故か身を食まれる恐怖にも近い感覚に襲われ、スコールはびくりと身を震わせた。
ここに居るのは、それでも確かに紛うことなき肉食動物に違いあるまい。
ああそうだ、この自分の感覚を払拭できないから、
「……嘘吐き……」
呟いた。
「あ、おか……えり? ……スコール?」
つかつかと歩み寄ってきたスコールは、しばらく姿を見ていなかったので何処ぞの任務からの帰りだろうと推察されたが、何やら非常に険しい顔をして不機嫌も露わにアーヴァインを睨み付けたままだった。苦み走る顔で視線を合わせたままかなりの早足で寄ってこられ、逃げる隙もなくアーヴァインは胸倉を掴まれ、思わず理由もなく謝っていた。
「御免なさい僕が悪かったです!」
スコールは一瞬、更に眉をひそめて怪訝そうに視線を揺らしたが、すぐに元の表情に戻り、顔を近付けて口開いた。
「……銃を貸せ」
「……は?」
「何を謝ってるのか知らないが、それは後で聞いてやる。銃を貸せ」
スコールの目が据わっている。ほとんど無意識に、ちょうど手にしていたハンドガンのうちの一つを手渡していた。
よし、と呟かれた口唇を呆然と眺めていたが、スコールがそれを粗略に持ち上げ撃鉄に手を掛けるに至り、ようやく自分を取り戻し、慌ててアーヴァインは銃を取り上げた。
「何すんのスコールッ!」
「……こっちの台詞だ。貸してくれたんじゃないのか」
奪い取ったの間違いじゃ、という言葉は喉元でたぐまり、ぱくぱくと金魚のように口を動かしてしまったが、やがて深呼吸をして、その吸い込んだ息でアーヴァインは溜息を吐いた。
「貸すのはいいんだけど。そうじゃなくて」
肩を落としたが、当の本人は何もわかっていない様子で首を傾げている。再び吐息し、後ろから細い身体を包み込むように手を回した。
「おい?」
「ガンブレードとは違うんだよ。撃つんだったら、サイレスの要領で耳栓をしてからね。目にもプロテス」
意図を察したスコールは、おとなしく自分を導く手に従った。支える指がハンマを起こすのを目で追う。
「ダブルハンドにするね。目標に対して身体まっすぐ、足と指先は落ち着ける程度に開いて地面から離れないよう。重量が負担にならないように重心を、そう。腕伸ばす、手首まで。左はこう……力を入れすぎないで。右手を押し出すように、左手は引っ張るように。サイティングはわかるよね、呼吸は長く」
言われたとおりにボーンサポートを成してゆく。銃の重みが身体の一部になってゆく。
「……あとは、トリガを真後ろに、落ち着いて」
アーヴァインの身体が離れたことを感じ、スコールは息を止め、ゆっくりと力を入れずにトリガを引いた。ガンブレードより多少重い反動を返して、弾は拍子抜けするほど実にあっさりと目標を貫いた。
「……こんな」
目標が動かず適切な体勢さえ取れれば素人でもこんなに簡単に扱えるものなのだと、驚愕せざるを得なかった。扱いに慣れないと斬り付けることすらできぬガンブレードを繰ることに長年勤しんできたスコールには、このような武器が存在すること自体信じられぬことであった。
「こんな簡単に……」
ひょんなことから出演したのだろう映画で、研修時に扱っただけというガンブレードで何の畏れもなくルブルムドラゴンと戦っていたラグナを憶い出した。彼にとってはこんな武器など、あまりに簡単に過ぎたことだろうと思い、嘆息する。
「戦士になれない一般人を兵士とするためにできた武器だからね」
アーヴァインが後ろに控えていることを失念していたスコールは、ぎょっとしたような体で振り向いた。振り向いた先には、苦笑めいた表情。
「ラグナ様に訊いたんだ?」
疑問形を取ってはいたが、既にしてそれは確認であった。息を吐いて拳銃を突き返せば、アーヴァインの口角が益々上がったのに、視線をきつくする。
「気は済んだ?」
「……快く貸してくれたことには感謝する」
「あげる」
「……は?」
背を向けて立ち去ろうとしたスコールが、その言葉に呆気にとられた貌で振り向くと、笑いながらアーヴァインはスコールの手を取り、先程の拳銃を乗せた。
「幾つもあるし?」
「……備品じゃないのか」
「内緒ね、内緒」
ふん、とひとつ鼻を鳴らして、スコールは片手を上げながら踵を返した。
「明日には武器庫に返しておく」
「僕の名前で管理台帳も宜しくねー。弾はごまかしとく」
上げていた手を下ろし、背を向けたまま囁いた。
「アーヴィン。知らないようだから一つ教えといてやる」
「ん?」
「銃ってのはな。ヒットやスコアが攻撃と性的出会いの両方を意味する言葉であるように、gunは破壊と男性原理の象徴でしかないんだよ」
背後で絶句する気配を感じながら、歩を進めてガーデンを出た。うっそりと光を深く遮る森に入り、上を見上げれば時折透けた深緑が目に入る。目を閉じて意識を拡げれば、生き物が近付いてくる気配に口唇が曲線を描いた。
哀れなモンスターが構えを取る前に、先程習ったとおり骨を作り撃ち込んだ。一発では死に至らしめられぬ相手に対し、息の乱れもなく二発、三発、……。弾が尽きる前に肉塊は地に伏した。
「なんだ……」
口端は上げたまま、眉尻を下げて呟く。
「命を奪うなんて、こんな簡単なことだったのか……」
だがそれでも、殺すことなどできなかったものがあるのだ、ラグナには。
そうして自分にもあるのだ、こんなにも手軽な武器があったとしても。
アーヴァインは、この音が自分の心臓の音だと言い、それを壊したいのだと言った。わからないでもなかったが、その程度で殺せるものならば、恐らく最初から苦労はないのだろう。
じわり、じわりと溜まる痛みにも似た澱みを、飼い慣らしてごまかして人は生きる。ひどく激情めいた不快感を伴うその何かを壊すことを願いながらも、壊すことなどできぬから澱みは深まり、いつしか馴れてそれと戯れるようになるのだ。癌細胞のように拡がり、もはや自分の一部となり、正体をも知れぬそれを、終いには守ろうとさえするようになるのだろう。
本能の壊れた生き物。
生理的欲求を覆い隠すように形成されてゆく聖なる天蓋の下で、ヒトは人となり、自分を見失う。そのような自分を時に否定し、時に肯定し、本能をなぞり、本能を避け、生きてゆく。文化や倫理などと呼ばれる幻想を継承し、幻想の再生産に従事する。
壊したいのは、恐らくその曖昧模糊とした境界線なのだろう。殺したいのは、何処までが本心かわからぬ自分の欲望なのだろう。飾り付けられた見せ掛けの希求に惑わされて見えなくなってしまった自分を壊して、最後の最後で自分が何を望むのか、誰の名を呼ぶことができるのか。誰を殺したいと思い、誰を生かしたいと思うのか。ただそれが知りたい。
子供のような表情を取ることに慣れすぎてしまったが故に大人になりすぎてしまった彼が、ただの獣として何を望むのか。
自分に対しても嘘を吐くことに慣れているあの男が、あんな愛しげな目をして口吻け、こんな人殺しに容易い武器に期待したその本当の意味を。
「嘘吐き」
ふれた吐息には何の意味があったのか。
背後から忍び寄ってきたモンスターに、振り向き様弾丸を撃ち込む。
破裂する心音が聞こえた。