ラグナは奇妙なことに気が付いていた。
「な〜……ウォード、キロス……」
「どうした」
ずっしりと肩に掛かる重み。
「何か……荷物が重いんだけど」
「ああ、それは俺達が一番多くあんたに荷物を持たせているからだ」
あっさり。
「ああ、なんだそっかそっか、あははー……。じゃねーだろ!」
あまりに当然といった口調につい騙されかけてしまったが、待て、それが上官に対する態度か? 違うだろ〜! と思いつつも大して気にしない辺りが流石ラグナ。というより、今の問題はそんなことではない。
「そうじゃなくて! なんか、さっきから頭ザワザワすると思ったら、なーんか荷物まで重くなってんだよなぁ、これが」
キロスとウォードは顔を見合わせた。一つ頷く。
「あんたもか」
「俺達もだ」
どうやら双方、心当たりがあったらしい。
「なんだ、だったらもちっと前に言ってくれればよー」
「言ってどうにかなったのか。というより、まさかあんたが、そんな些細な変化に気付くほど鋭いとは思わなかった」
だからキミタチ、オレを何だと……。
地面にのの字を書き始めたラグナを無視して、部下二人は荷物を肩から下ろした。
「取り敢えず調べてみるか」
「どうせ差し迫った任務でもねえしな」
「ラグナ、いつまでそんな重いモン背負ってるんだ。そんな体力有り余ってるなら――」
「うわ、いいですっ、これ以上荷物増やさなくていいです〜!」
可愛い部下達の考えることなどわかりやすすぎて、ラグナは泣きながら自分の荷を下ろし、広げる。あー重かった、と呟きながらトントン叩いた肩は凝っていた。歳を感じて更に落ち込みかけたが、今はそんなことどうでもいい。
「…………増えてる」
「ああ、確かに増えてるな」
「……急に金持ちになった気分だ」
「おおっ、すげー! 上級回復薬じゃねーか」
そこにはラグナ達が見たこともないようなお宝まで含め、アイテムがたんまりと鎮座していた。
「すげー、すげー。妖精さん達が持ってきてくれたのかな」
「妖精さん?」
「今頭ン中に居る奴等」
「……普通はこびとさんを連想するな、うん」
それはともかく。
「これは何だと思う?」
ラグナが取り出したのは、ひとつの古ぼけたランプ。細工も大したことはないし煤けている。とても値打ち物には見えない。
「魔法のランプ……」
「……幾らここが剣と魔法の世界だからって、んな非常識な」
「おーっし、わかんねーもんは取り敢えず撫でてみっかー!」
「待てーッ!」
莫迦にしながらもキロスとウォード、しっかり危惧していたようである。ランプを取り上げたラグナの手を叩き落とす。
「と、取り敢えず危険なことはやめてみようぜ、な、ラグナ」
「何でだよ〜」
「あんたの非常識さ加減なら、本当に魔人でも呼びかねないと思ったんだ」
だからオレの立場は。後ろを向いて地面にのの字を書いたが、書いた先が悪かった。
「……げ」
そこには先程叩き落とされたランプがどっしりと、何故か地面に埋もれていた。埃がのたくったのの字形に一部、取り除かれている。
「……キロス君、ウォード君」
これだからラグナ君は……などと端で上官を扱き下ろしていた二人は、当の上官の何処か緊張した声に振り向いた。見れば引き攣った笑顔のラグナが居る。
「何だ?」
「物凄〜くっ、イヤ〜な予感がするから武器を手にしてみよっかー♪」
「……は?」
突如、世界が闇に包まれる! と思うと、地を揺らすが如くの声とも地響きともつかぬ何かが頭の中に響いてきた。
『我の眠りを妨げる者は誰そ……』
黒い羽、光る目。しかもその瞳に宿る色は、どう見ても友好的なものではない。蝙蝠を従え背後に闇と虚無を背負うその姿は、
「……悪魔?」
『我が名はディアボロス。闇の使者なり』
「……やっぱりオレのイヤ〜な勘は当たるんだよな〜、これが」
逼迫した雰囲気の事態とは裏腹な、ラグナの声が呑気に響いた。
「……ラグナ君、これは?」
「や、ちょっとした事故がな〜……」
「……擦ったのか、あれを」
「だから事故だって!」
三人の漫才もディアボロスは聞いちゃねえ。てのひらに何やら力を集めだしている。
『我を呼びし代償、その命にて贖ってもらおうぞ』
グラビジャ! ディアボロスの手が打ち下ろされる。
「わーッ、タンマタンマ、逃げろ〜!」
「ラグナ、こっちに来るなー!」
闇の中を訳もわからず逃げる、逃げる。だが目昏滅法逃げ惑ってもそこは偵察を得意とする彼等のこと、素早さは並ではなかった。
飛び退いた先で抉れた地面を横目で見つつ、冷や汗と共にラグナは深く納得する。さっき地面に埋まってたのはこの技のせいだったんだな〜。
だがそんなことをのんびり考えている場合では無論ない。
『これを避けるか、人間よ……なかなかできるようだな』
ディアボロスの口許に曲線が浮かぶ。イヤ〜な予感がしたのは、今度はラグナばかりではなかった。
「ラグナ……さっきのあんたはやはり正しかったようだ」
「あん? 何が」
冷や汗を流しながらも、三人の顔は固まったように笑みを形作っている。恐怖もここに極まれりといった状態だろうか。もはや軽口さえ叩いてしまう。
「妖精さん」
「がどうしたって?」
「妖精ってのは、堕落した天使って説があるのだよ。つまり、悪魔と一緒……」
「はは……当たってほしくなかった、かっな〜?」
『グラビジャ!』
「うわーッ!!」
一方。
「スコールはんちょ、これ〜」
「……ああ……」
ジャンクションしているラグナ達の意識から世界を覗き見ている新米SeeD達であった。
「も、貰ってすぐ使わなくて良かった……」
「がくえんちょも、もっと良い物くれればいいのにね〜」
そういう問題か? スコールとゼルはがっくり肩を落としたが、セルフィは戦いの行方が気になるらしく、仲間のことなんか見ちゃあない。
「ラグナ様〜。怪我してもいいけど、お顔だけは避けてね〜」
益々がくぅ。項垂れながらも、スコールの思考は異様な早さで回転する。冗談のような話に緊張感のない会話だが、自分達が彼等の中に居るのはどうやら冗談では済まされない。
『ここで……こいつらが死んだらどうなるんだ? 俺達も死ぬのか? まだSeeDになったばかりだぞ、こんな間抜けな終わり方があって堪るか! 大体自分のものでない持ち物にどうしてさわる、毒でも仕込んであったらどうするんだ、ホントにこいつら軍人か! しかもさわった理由がアレ。信じられないがアレ。こんな莫迦な男のために死ぬなんて……死ぬなんて、真っ平御免だーッ!』
ぷち。何処かで何かが切れる音が聞こえた。
「ゼル、セルフィ……」
地を這うような声に、ゼルは勿論、セルフィも恐る恐るスコールを見た。正確にはラグナを見た。
「な、何だ?」
「どしたの〜?」
「今、俺の方を見たよな。見れたよな?」
そういえば。キロスとウォードの身体であるはずなのに、自分達が見ようと思ってラグナの方を見ることができたような気がする。
「どういうこと〜?」
「つまり、俺達の意志が少なからずこいつらにも影響してるってことだ。ということはだ、こいつらを半ば乗っ取ることもできるという寸法だ」
何となくスコールの言いたいことがわかってきた二人である。
「オレ達で……戦うって?」
このふざけた軍人達よりは、新米とはいえ戦闘のスペシャリストである自分達の方が遙かに戦える。……と思いたい。ディアボロスの一撃を避けた実力は認めるが、だからといって任せておくには、戦闘能力よりも何よりも! 奴等のあの性格に! 不安が残る……それがスコールの下した判断だった。
「ラグナ様達助けるんだー。はんちょ、優しい〜」
違う、断じて違う。だがセルフィのからかいわざとボケにもツッコむ気はない、今は時間がない。
「ということで、おまえたち……乗っ取れ」
あくまでも声は冷たかった。
「は、いいけどスコールそれ、マシンガン……!」
「食らえ、エンドオブハートーッ!!」
ということで。
「スコール! どうしたんだ、わざわざ尋ねてきてくれるなんて! とーちゃん嬉しいぞ〜」
アルティミシア大戦後である。
何やら恐ろしくもにこやかに微笑むスコールに若干引きながらも、エスタ大統領は取り敢えず素直に息子の訪問を喜ぶことにした。……取り敢えず。
「忘れてたことがあってな」
「? 忘れもんか?」
「あんたにプレゼントを渡そうと思ってたんだ」
スコールが! オレに! 微笑みながら! プレゼント!
……………………怖い。
ラグナのスコールに対する認識は正しく的を射ていた。
「な、何かな〜。とーちゃん好き嫌い激しいから、ちょっと……」
「キロスとウォードも呼んでくれ。三人に渡したい物なんだ」
にこにこにこにこにこにこにこにこ。有無を言わせぬ迫力に、ラグナは半ば泣きそうになっている。怖いことは皆で分かち合って半減させよう。ということですぐにラグナは折れた。
「は、はいっ、今すぐ呼びます〜」
そして生贄プラス二名。
「何用かな、ラグナ君……っと、スコール君じゃないか。久し振りだな」
「お久し振りです。ということで……ラグナ?」
にっこり。スコールがラグナに向かって再び微笑んだ。
キロスウォード助けてくれよこいつ絶対何か企んでるどうなっちゃうんだよこれから何が始まるんだ一体何をくれるって言うんだうわーんレインどうしてこんな途轍もなく怖いトコまでレインにそっくりなんだよ可愛くて堪らないじゃないかどうしてくれるー!
……というラグナの複雑な心境は置いといて。
「目を瞑れ」
「……はい?」
にこにこと、冷や汗と共に固まっている笑顔の目は、もはや開いていないに等しいほど細められてはいたが。
「つぶって? おとーさん」
逆らえる者が居るなら教えてほしい。
訳がわからないといった風のウォードとキロスを後目に、ラグナはぎゅっと目を瞑った。
何やら掴まれ、てのひらに乗せられた重み。もう片手でそれを撫でさせられる。
スコールの声が聞こえた。
「続きを楽しんでくれ」