Dum spiro, spero.

Novel

 私と通信できるのは今のところV.V.だけだと思っていたのだが、そうでもなかったらしい。ギアスを与えたが失敗したのか、まるで発現しないと思っていたマリアンヌの能力は、どうやら精神を飛ばす類のギアスのようだ。それで今、私と話している。

 何故急にできるようになった? と問えば、殺されたから! と明るいこえで返された。あの女は正直良くわからない。しかしまぁ、嘘を言うタイプの女ではなかったので、どれも本当なのだろう。嘘を言わない代わりに、言わないからこそか、空気を読むということもしない女だった。純真と言えばそうなのだ、まるで子供のように思ったままを言うその姿は、だが彼女の過去を知っていればこそ痛ましくもある。あれは敢えて子供の態度を自らに課しているのだ、嘘を吐いているとしたら自分自身に対して常にそうなのだろう。

 マリアンヌを殺したという犯人は、私のすぐそばに居た。別に感慨はない、確かにマリアンヌが契約不履行になったことは残念だが、元々あれには大して期待していなかったし、誰が誰を殺そうと関係ない。感慨は、だからないのだがしかし、戸惑いはあった。あのブラコンのV.V.が、弟のためにならないことを自らするなどと。

「ああ……うん。殺しちゃった」

「シャルルにはバレてるぞ」

「うん。残念だったね、って言ったら怒ってた。駄目なお兄さんだよね、弟を哀しませるなんて」

「わかってるじゃないか」

「わかってるよ。大事な弟のことなら、何でも。でも」

 V.V.は俯いて眸を閉じた。

「わかってるから、だから駄目なんだよ。シャルルの未来のために、絶対に神殺しは必要だから」

「マリアンヌが、その契約を妨げるとでも?」

「わかってるんでしょう、シーツー」

「わからんよ、あれはシャルルよりも更に神殺しを強く願っている振り切れた女だ、だから強いし、だから他人に理解されない」

「うん、そうだね。そんなところは僕も好きだった。でも」

 隣に座った私の髪をゆびに絡めてまるで本当のこどものような寄る辺ない表情で、V.V.はぽつりぽつりと言葉を零す。恐らくはシャルルにも言えない本音なのだ、この男は自分で言うほど嘘を嫌っているわけではない。ただ嘘を憎んでいる弟のために、そう在るだけの話だ。

「シャルルにも、マリアンヌは良くわからないんだそうだよ」

「だろうな、あれに対してシャルルは些か頭が堅すぎる」

「でも、だから理解したいんだってさ。シャルルが、そう言ってた。子供なんてできたら、尚更だろうね」

 ああ、成程。

 それは確かに、邪魔をするわけではなくとも、結果的に計画の邪魔になるだろうと思った。成程、弟のためにならずとも、それでも「弟のため」なのだ。

 理解できないからこそ愛おしいものもある。理解よりも理解すること自体が愛おしいこともある。己の言葉よりもずっと嘘の効用を知っているV.V.は、それを理解していないシャルルやマリアンヌよりも余程、二人の関係の危険性を理解したのだ。

「僕も、だから理解したかったよ、彼女のことを」

「……そうか」

「でもきっと、僕には無理だね。僕はもう、大人になってしまっているから」

 そうして、こどものかおでわらう。

 彼等が求めたものは完璧なる理解、誰もが嘘のない世界、誰もが本音で居られる世界、それは本当に「愛し合う」という過程からは程遠い。

 過程のない愛なんて、それはかつて何処かに存在した、愛されるギアスと何の違いがあるだろう。

「だからシーツー、もし僕が殺されたら、お願い、君がシャルルのサポートをしてあげて」

 愛していたのか、マリアンヌを。愛していたから殺したのか、弟のために。恨まれても、嘘を吐いても。

「断る」

「冷たいね」

「兄弟喧嘩の尻拭いをしてやるつもりはない。自分達の仲は自分達で修復しろ」

「そんなものは、もう」

「どうせ今のシャルルではおまえは殺せない。生きているならできることもあるだろう」

「……魔女の君がそれを言うかなぁ」

「だって、それがおまえがマリアンヌを殺した理由なのだろう?」

 V.V.は苦笑して私の髪を一房、子供こどもした丸いほおに当てた。

「そうだね。シャルルには僕は殺せない。だって僕はシャルルのお兄さんだもの。だから」

 マリアンヌなんて大嫌い。嘘吐きの子供は、そうわらった。

 実際、殺す手段があったとしてもシャルルにはV.V.は殺せなかったことだろう。何故なら私が嚮団を出たからだ。私という手段を使う術がなくなった以上、シャルルはV.V.を否が応にも使わざるを得まい。

 その行為が何のためだったのか、私にも良くわからない。ただ理解されないことですら弟を守ろうとしているあの不死者にほんの少し、時間を与えてみたかったのかもしれない。その時間で、シャルルが変化するかもしれない可能性に賭けてみたかった。

 私が離れている間にシャルルが達成者になったことは気付いていたが、しかしそれでもシャルルがV.V.のコードを奪わずにいたことは、だから私に僅かながらも安堵をもたらしていたのだ。V.V.の言った嘘が、本当になったのかと。

 なのに今、なんでこんなことになっているのだろう。

「シャルル……今になって何故、ブイツーのコードを奪った。何故、あれだけ慕っていた兄を殺した……?」

 妻を殺され尚、兄を大切に思っていたのではなかったのか。だから条件が揃って尚、殺さなかったのではなかったのか。

 何のイレギュラーが起きたというのだろう。シャルルもあれで、ルルーシュに似て変則的なことには弱いから。王道しか知らないでいられるほど、ずっと兄に守られてきた幼い少年。私にとってシャルルは、未だそんなイメージのままだ。この八年を、私は知らない。

 ルルーシュはV.V.の狙いが私だと言った。何故今更私なのだ。ナナリーを攫ったのもそのせいだったのか。何か計画に変化が生じたとでもいうのだろうか。計画。計画を優先させた兄に、シャルルは多分怒っていたからこそこんなことになったのだろうに?

 マリアンヌが最近やけに煩瑣いのも、恐らくはそのためなのだろう。まさかナイトオブラウンズの身体を使っているとは思わなかった、実務で忙しかったろうに、マリアンヌと来たら肉体を乗っ取って暢気に私と通信か。その私が知らされていなかったのだから当然、V.V.にもアーニャ・アールストレイムのことは知らされていなかったのだろう。

「ブイツー……おまえさ、マリアンヌのこと、好きだったんだろ?」

 マリアンヌのギアスが精神を渡るギアスだなんて、V.V.は当然知らなかっただろう。あれが生き残っていなければ、真相が明かされなければ、一体この兄弟はどうなっていたのだろう。

 過去に、もしもは存在しないけれど。

「シーツー! ……っと、その子供は」

 ルルーシュを探しにきたのだろう騎士団員が、血塗れのV.V.を見て身体を強張らせている。本当にルルーシュの作った軍団はいつまでも性根が甘い、全く人間というものは。ああ、私も。

「心配するな、もう死んでいる」

「は……あの、屍体でも実験体かどうか、ロロに検証を……」

「そうか。驚くだろうな」

「は?」

「何でもない。連れていけ」

「しょ、承知しました」

 ロロ。V.V.の契約者。ギアスの実験体。思考エレベータの原材料。

(シャーリーは……最後までギアスに翻弄されて……。シャーリーはギアスに殺されたんだ!)

 ロロ。ルルーシュの弟。ギアスによる暗殺者。嚮団の道具。機密情報局の一員。

(これが王の力だというのなら、力ある者は一人で充分だ。ロロは勿論、ギアスという力、罪、存在さのものをこの世界から消してやる!)

 ロロ。兄のために、兄の恋人を殺した人間。

(シャーリーに対して、それがせめてもの……!)

 シャーリーとやらが、そんなことを喜ぶとでも?

 妹のため、妻のため、弟のため、兄のため、そんなことを言いながら彼等はいつも、本当に傲慢だった。相手のためと言いながら相手の望まぬことを行い続け、相手を傷付けてでも相手のために尽くし続ける。

「それでも、純粋なのだろうな、人間は」

 自分の望みのために、マオやルルーシュを利用しているだけの魔女よりも。

 ルルーシュは結局シャルルと同じ道を歩むのだろうか、あの弟を殺して。誰かのためだと言って、それが誰かの願いに沿うことなど奇跡に等しい。それに絶望してCの世界を求めたシャルルとマリアンヌ、それは確かに相手のためが完璧に相手のためになる優しい世界なのだろう、だがしかし。

 なら、そのCの世界を手放したがっている私は一体何なのだろう。

 今Cの世界に入れば、V.V.の願いなど私には完璧にわかるだろう。だがそんなことをして、一体何になるというのだろう、過去が何を未来に望むというのだろう。

 過去に望んだことはあっただろう、だがそれを叶えようとするのは、今生きている人間のためではないのか。

(シャーリーに対して、それがせめてもの……!)

 それがせめてもの餞になるのは、おまえのためだろうルルーシュ?

 シャーリーがそんなことを望む人間ではなかったことをなど、私よりおまえのほうがずっと良く知っているだろうに。もはや相手のためという言い訳ですらない、それは自分のためだろうに。

 それは、シャルル達のやろうとしていることと何が違うというのだろう。

 それは、私がマオを殺したのと何が違うというのだろう。

 シャルル、おまえはV.V.を殺して後悔はしなかったのか。かつて世界の誰より愛した兄を殺して、それがマリアンヌのためだと嘯いて、おまえのそれは、おまえの最も嫌う「嘘」ではないのか?

「それとも、希望とは裏腹に、おまえもそこまでマリアンヌに似てしまったのかな、シャルル」

 気が変わった。今のシャルルを見てみる気になった。

 どうせルルーシュもそこに捕らわれているのだろう、ついでに助けてやっても良い。別に私はルルーシュで願いを叶えることに固執していたわけではないのだ、ただそう、

(ありがとう)

 あんな、たった一言がほんの少し、引っ掛かっていただけなのだ。

 あれは決して感謝などではなかった、ギアスの孤独も未だ知らなかったこどもの拙いいたわりでしかなかった、実際その後責められた、けれども。

(契約だ。今度は俺から、おまえへの)

 ただ、ほんの少し。その世界が、優しかった気がするだけだ。

「……行くか」

 たとえ契約の行く末を見守れなかったとしても、私は。

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