土の味

Novel

 土を掘り返す。つちを。ゆびで始めてみたけれど、埒が明かないのでそのうち、諦めて木の棒を使うことぐらいは許して思おうと思った。許してもらう。誰にだろう。ロロにか、それとも自分の罪悪感にか。蜃気楼を使う選択肢は初めからなかった、心情的にも、いずれにしろ敵に見付かる可能性からも。敵。誰のことだろう。騎士団か、兄上の軍か。

 敵なんか居なかった、初めから。味方も居なかった、初めから。ただ、愛してくれた人が居て、愛した人が居て、信じてくれた人が居て、信じられなかった人が居て、……俺が、そう俺が、誰のことも信じてなかっただけで、……。

 この八年間、誰のことも信じたことなんかなかった。スザクやナナリーを、信じているように扱いながら、実際信じていた部分もあったのだがしかし、それでも誰かに自分を預けて誰かを頼って誰かに縋って、そんなことを、したことがあっただろうか、俺は。……なかったから、騎士団の皆にも裏切られたのだろう。ナナリーを、スザクを、失ったのだろう。

 昔は、父を、母を、素直に、ただ素直に信じていたような気がするのに。

 ロロ。何も知らないおまえが、本当に物知らずで常識知らずで倫理や道徳すらも知らないおまえが、……どうしてあんなにも難しいことを、そんなにも簡単にやってのけてしまったのだろう。

 嘘だったのに。全部嘘だと、俺が嘘吐きだと、おまえは知っていて、何故。……否、理由なら知っている。もう、知っている。ロロが教えてくれた。

 嘘を吐かれていたことに、騎士団の皆は傷付いていた。嘘で手に入れたものに意味などないと、父上は言った。

 意味なんか、あった。ロロが意味を作ってくれた。嘘を嘘のままで本物にしてくれた。偽りの弟が、本物に。

 あれが「信じる」ということならば、俺はもしかしたら誰のことも信じたことなんか、ない。嘘を吐かれても、裏切られても、すべての悪意を知りながら、信じることを選び続けるだなんて。

(ルルーシュ。君の嘘を償う方法は一つ。その嘘を本当にしてしまえば良い)

 スザク、そんなことが可能だとは、奇跡を見せた責任を取れと藤堂に詭弁を吐いていながら、俺はそんなことが可能だとは、欠片も信じたことはなかったんだ、なかったのに、今迄。

(君は正義の味方だと嘘を吐いた。だったら、本当に正義の味方になってみろ。吐いた嘘には、最後まで)

 ロロが最後まで俺を愛する弟で在り続けてくれたように、俺は、せめて最後くらいは、ロロの愛する兄で居てあげられただろうか。

 ロロを愛するルルーシュ・ランペルージで在れただろうか。

 ……嘘吐きめ。

 ずっと、ずっと、本当は、もう、ロロのことを。

 自分にまでずっと嘘を吐いて、ロロが居てはナナリーの居場所がなくなると恐れて嘘を吐いて、しかしそれでも。

 憎んでいた、恨んでいた、嫌悪していた、それは決して嘘などではない、本当だ、嘘を吐かれたと、騙されていたと、裏切られていたと、でもそれは。

 ギアスの力がどんなに残酷なものか、俺は知っている。俺がどれだけ人のおもいを踏みにじってきたかも、自覚している。どれだけ相手にその意志がなかろうとも、逆らえることなどないと。それを父上にやられて、俺に抗う術などなかったと。

 ギアスの力で、愛させられていただけだと、思っていられたら、楽だったのに。

(好きな花は……そうだな、リラだ)

(リラ? どんな花?)

(ライラック、或いは紫丁香花。薄紫の細かい花を付ける、あまい香りの花だよ)

(あ、ライラックなら知ってる。図鑑でしか、見たことないけど……)

(そうか、今度見に行こう。葉っぱの形がハートなんだ)

(ハート)

(そのオルゴールと同じだな。花の色は、おまえの眸と同じだよ)

(僕の……)

(そう、おまえの)

 だから好き、なんて。

 ピンクの薔薇が好きなはずだった、ナナリーに良く似合っていたから。

 でも違和感を感じた。これではないと、単純に記憶を置き換えられただけではなく、俺は自分の意志で自分の記憶を書き換えてきて、ロロと同じ時を過ごすために書き換えてきて、……。

(私だけは、ルルの本当になってあげたくて)

 すまない、シャーリー。君を殺した人間なのに、でも、ロロも本当なんだ。嘘ばかりだったけれど、嘘しかない関係だったけれど、本当の、弟なんだ。俺の弟、だったんだ。本当、だったからこそ君を殺してしまったのかも、しれないんだ。俺のせいで。ごめん。本当に、今更、遅いけれど。

(おまえの悪意で世界を救ってみせろ)

 嘘に嘘を重ねて、やさしい世界を守るために。

(君は奇跡を起こす男、ゼロなんだろう)

 嘘で起こす奇跡なんかもう目の当たりにしてしまった、だから。

「うそを、ほんとうに」

 何の力も残っていない自分に、それができるだろうか。否、為さねばならないのだ、奇跡を与えられた責任として。

 手にしていた棒を手放し、再び地面にしゃがみ込んだ。土を掘り返す。土を掬う。ロロが蜃気楼のてのひらに乗せてくれたように、そっと。

 以前、ユフィのために作ろうとした落とし穴は失敗してしまった。非力な自分、でもこの程度の奇跡も起こせないようならば、恐らく何をやる資格もないのだ、誰のためにも。俺は、ルルーシュは、奇跡を起こさなくてはならないのだ。

 土をすくい続けた。絶望の奈落の底にある、奇跡の土壌を。

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