「男でしょ? 三日で作るのはちょーっと無理よォ。そもそも今、衝撃吸収用特殊ゲルがなーい。切れてんの」
この男は私をドラえもんか何かと思っている節がある。と、ラクシャータは内心わらう。そんなガキっぽさも、彼女にとっては好ましいと言えば好ましい。正しく言えば面白い。
猫ロボット宜しく、青い服でも着てやろうかね。セシルみたいになるなぁ、とボヤいた。
「そうか、なら良い。資材の調達は手配済みか?」
「届くのは一週間後。仮縫いまでなら済ましとくわよ、誰の分?」
パイロットスーツを作ってほしいということだった。とすると結構な幹部。最近大きな作戦なんてあっただろうか。少なくともナイトメアが破損したという報告は受けていなかった、何かあれば必ずラクシャータに連絡が来るはずだ。
だが答えは意外なものだった。
「採寸から始めてもらわないとならないんだが」
「……新人?」
「ああそうだ、先程あ――」
「ちょっと待って」
思わず遮る。先程会った新人と言えば、
「まさかジェレミアとロロちゃん?」
「ジェレミアのほうは必要ない」
相変わらずの大袈裟なポーズでマントを払って、ゼロは平然とそう言った。
ゼロが連れてきた新たな団員。ブリタニア軍の純血派筆頭と、ひ弱そうな学生だった。奇異の視線を受けながらも平然としていた二人は、どう考えても幹部候補には見えなかった。
見えないと言うよりは、幹部にしてしまったら問題だろうということはゼロなら当然考えるはずだ。ラクシャータには実感としては良くわからないことだが、日本人というのはどうやら年功序列だとか民族だとかいうものを大事にしている。
「聞いてなかったけどさァ。あの二人の所属は何処にするつもり?」
「取り敢えず零番隊だな。木下の下に就いてもらう。その後、ロロは諜報部の咲世子と組ませることになると思うが。何か問題でも?」
「問題ってか……」
煙管を置いて頭を掻き、ラクシャータは嘆息した。
「んー……ロロちゃんならできるわよ、二日もあれば充分」
「何?」
「女子用のなら一個予備あンの。あの子の身体の大きさなら、外装だけ換えれば足りるでしょお?」
「成程。では頼む」
「てかさ」
ずい、とゼロの前に顔を突き出し、面白そうに目許を弛めてラクシャータは言った。
「玉城や副隊長の木下でさえパイロットスーツないの、当然わかってて言ってるわよねぇゼロ?」
無論ナイトメアフレームほどではないが、生存率を上げるためのオーダーメイドなパイロットスーツは、製作にそれなりの費用が掛かった。戦争は金だ。資金が枯渇したら、それだけで戦争は終わりだ。
四聖剣や部隊長にしか与えられないラクシャータのパイロットスーツを、だから求められたときには幹部の誰かのスーツが駄目になったのだと思ったものだ。
ラクシャータの、問いというより確認にゼロは応えなかった。信じられないことにそこまで考えてなかったのだ、とラクシャータは笑い声を零す。
カレンが拉致されたときの言葉も、ディートハルト相手に詭弁を振るってはいたが、どう見ても後付けで、最初からそこまで考えて下した判断ではなかった。
実はそういう男なのだ、というのは、こっそりと観察している身としては大変に面白い。彼の情は仮面を着けていても放出の仕方が割と明ら様だ。男達は、特にディートハルト辺りは、全く気付いていないようだけれど。
いや、あれは気付きたくないだけかもしれないな、と一つの部屋のドアをくぐる。気付きたくないのはきっとゼロも同じなのだろう。
「はァーい。お邪魔ー」
「あ、ラクシャータさん。何かありましたか」
団員服からゼロスーツまで、縫製や加工に関わることを任せている部署だ。
「今度の新入りの、ロロ・ランペルージって子の採寸データ、あるわよねェ」
「あ、はい。ありますけど」
「第三研究室にデータ送っといてちょうだい」
「え?」
やはり驚かれた。第三研究室で採寸データが必要だということは、パイロットスーツの雛形に利用するということを意味する。
その研究員は、だが驚愕からすぐに立ち直って眉をひそめた。
「ラクシャータさん。あの子、何者です」
それはこちらが知りたいとばかりにラクシャータは肩を竦めた。
「知らなーい。これからの作戦に最重要な人物らしいわよー?」
「……そういうんじゃ、なくて」
誰も居ない部屋で警戒するように視線を巡らしたと思うと、ラクシャータに顔を近付ける。内緒話でもするつもりだろうか。
「ゼロが、変態だったんです」
「……ハァ?」
さすがに首を捻る。別に否定はしないが、ここで出てくる言葉だろうか。
「そりゃ、あんな変態スーツであんな変態ポーズしてるんだから、ねェ」
「そういうんじゃなくて! 半ズボンなんです!」
ゼロが? 思わずゼロマントの下の半ズボンゼロを想像してしまって鳥肌が立つ。ただでさえインド育ちのラクシャータには斑鳩のクーラーは強いのだ、勘弁してほしい。
「あ、ゼロが着てたんじゃないですよ?」
「そ、そう……そりゃー……あ」
ひらめいた。
「ロロちゃん?」
「というか、……」
何故か口を尖らせて、拗ねるように彼女は言う。
「その、ロロって子の団員服を、半ズボンにしろって、ゼロが」
「動きやすいほうが良いんじゃないの、カレンちゃんだってそうじゃなーい」
「違います! もっとハーフパンツっぽいの、特注ですよ? 忙しいのに!」
いや全然忙しそうに見えない。ラクシャータは乾いた笑いを洩らして、頭を抱えたくなった。つまりはそういうことだ。
「つまりゼロが、ロロちゃんのためにわざわざ新規で型紙を起こさせた、と」
「何者ですか、あの子」
そんなことはこちらが聞きたいのだ。
空色で。そんな注文を付けられた、小柄なパイロットスーツは明後日にでもできあがるだろう。
戦場で自分を守ってくれるのが誰なのか、あのロロという子供は理解しているのだろうか。何重のいたわり、幾つのねぎらい。
(諦めるな、必ず助けてやる!)
(不利になったら、脱出しろ)
ゼロが、そんな男だと、きっとあの子供はきっと知っているのだろう。
だから。
だからあの子供がゼロの命を救って斑鳩から脱出したと聞いても、何の疑問も抱かなかった。憤る男達としょげかえるカレンを見る。燻らした煙管の煙がいやに早く流れていった。
疑問はなかった。
のだったが、ただ一点。
「……着て、かなかったんだぁ……アタシのパイロットスーツ……」
聞くところの状況によると、そんな余裕もなかったことだろう。ゼロを守るだけで精一杯だったはずだ、果してあの子がどんな魔法を有していたのだとしても、造反した騎士団に何の制裁をも加えることはなかったのだから。
あのパイロットスーツ、空色のあかるいパイロットスーツは、着脱ルームのロッカに掛けられたままだった。痩身の体型を模ったスーツは、主を失って力なくハンガにぶら下がり、ゲルの移動をラクシャータの指に伝えるのだった。
「団員服、着てるトコ……結局アタシ、一度も見なかったなァ……」
「生きて」という祈りは、空に届いたのだろうか。
あの空色は、あんなにも晴れていたのに。