異言 あくまで19話時点での妄想

Novel

 ヴィレッタ先生

 ロロは、死にました。死んだんです。

 ……有難うございます。

 ああ、そんな顔をしてくださって、ということです。あいつの死を悼んでくれる人が、俺以外に居るとは思ってなかったので。有難うございます。

 リヴァル達は……もう、記憶を取り戻しています。あれは皇帝のギアスで改竄されていた記憶ですからね、あるんですよ。ギアスをキャンセルする能力が。ええ、ルルーシュ・ランペルージの家族は、妹のナナリーになっているでしょう。総督殿だから、ちょっとおかしなことになっているかもしれませんが。どうせバレたとしても、もうナナリー・ヴィ・ブリタニアもルルーシュ・ランペルージも居ませんし。彼等と接触することはないから、問題はないでしょう。会長は初めから俺達の出自を知っていましたしね、リヴァルにもきっと巧く説明してくれることと思います。

 あ、ロロ・ランペルージの名前は、フレイヤの死亡者として慰霊碑に入れてもらうことになってます。良かったら、時間ができたときにでも訪ねてやってください。きっとロロも喜びます。

 ああ、違いますよ。あのとき、騎士団とブリタニア軍の追っ手を撒くために、ギアスを使いすぎて、死にました。

 はは、なんですか、その顔。殺すつもりならとっくにしていますよ。安心してください、今更あなたを殺しても何の意味もない。

 ああ、そこまではご存じではなかったんですよね。あいつのギアスはね、使ってる間、心臓が止まってるんだそうです。あいつの力は、俺なんかよりずっと強かったから、使用制限も厳しかったんでしょうね。

 ……苦しそうでした。止めようとしたのに、情無いことに俺まで時間を止められてしまって、ははっ。あいつを止める力さえ持たない、不肖の兄でした。まぁ、非力なのはとっくの昔からバレてたんですけどね。体力がないのも、イレギュラーに弱いのも、全部。バレてました。弟の前では、立派な兄を演じていたつもりだったんですけどね、いつのまにかバレてて。そんなだからあいつは、俺を守らなきゃ、なんてことを言い出す始末で。はは。駄目な兄ですね、俺は。仕方無いなぁ兄さんは、ってあいつ笑ってました、いつも。ああ、知ってますよね、見てたんですから。

 ……外から見ても、俺はそんなに情無い兄だったでしょうか。ああいえ、ただ、純粋に知りたくて。

 ……そうですか。それなら良かった。単にロロが聡かっただけですね。一番バレたくなかった相手なのに、だから一番しっかりバレてしまうなんてなぁ。本当に、弟には敵いませんよ。立派な兄だなんて、弟の前でできなければ意味がないのに。

 え? 勿論、ロロの話をしてるに決まってるじゃないですか。それ以外に何があると?

 兄莫迦なんですよ、俺は。知ってるでしょう? ロロが可愛くて可愛くて堪らないんです。あいつの髪を撫でるのが好きでした。頬をなぞるのが好きでした。額に口吻けるのが好きでした。髪を洗って乾かしてやって、指を絡めて一緒に寝て、いいこの弟におやすみのキスを。そんな毎日が続くものだと、信じてたんです。

 はい? 何を恥じることがあるんですか、普通でしょう、このくらい兄弟なんだから。

 ああ、でもナナリーとも、さすがに風呂は一緒ではなかったですね。あの年頃の女の子と一緒はね、さすがにマズいでしょう? ……だからどうしてそこで引くんですか。失礼な。え、勿論? 見られていたのは知ってますが、何も不都合はありませんよ、何があるって言うんです?

 ……だって、……哀しいじゃないですか。

 居ないんですよ。ロロ・ランペルージを憶えてる人間は、もう俺達だけなんです。

 嚮団や機情の人間だって、もう居ない。あいつには、戸籍もない。本名もない。誕生日もない。年齢もない。暗殺の記録だってギアス能力者としてのパーソナルデータだって全部抹消した。あいつがこの世界に存在してたことを、証明するものは何一つ、ない。

 俺達の、記憶だけ、なんですよ。

 ええ、憎んでますよ。ナナリーの居場所を奪った贋者、俺を殺そうとした暗殺者、シャーリーを殺した愚か者、憎まないはずが、ないじゃないですか。

 ああ、そう、ロロだったんです。以前あなたが撃たれたときと似たような状況だったらしいですよ、シャーリーが銃を持って。経験のあるあなたならわかるでしょう。そうしたらどうなるかも、わかるでしょう。

 さぁ……許した記憶はありません。あいつの命をシャーリーに捧げようとしました、ナナリーの代わりとしてあいつが受け取った物をすべて奪い返してやろうと思いました、……でも。

 許さないままでも、多分、乗り越えていけるんです。きっと。

 あなたもそうだったんじゃないですか? 千草さん。

 うわっ、ちょっと、待っ……。ヴィ、ヴィレッタ先生、そんなに怒らないでくださいってば! 全く、可愛い生徒を苛めてどうするつもりですか。……失礼な。ホントにもう。

 だから、ほら。先生。そのヴィレッタ先生の顔も多分、決して作り物だけじゃ、なかったんですよ。千草だってそうだろうし、ロロ・ランペルージだって、きっと。……ロロの兄のルルーシュ・ランペルージも、きっと。

 たった、一年でしたが。

 一年と少ししか存在していなかった、弟ですけど。俺が諦めたせいで、たったそれだけしか、……生きることが、できなかった。

 俺はね、ヴィレッタ先生。嘘というものが存在するとは信じてないんです。

 そもそも自分が理解できないほどに自分の認識から外れているものは、他人に話して聞かせるなんてことも不可能ですから。理解できて、自分のなかで嘘として話すことができるほど消化できているなら、それはもうその人の一部になっているんです。

 以前、人の心を読めるギアス能力者が居ました。でもそいつは、深層心理まで読みながらも、深層心理まで読めればこそ、ぐちゃぐちゃな人の心を理解することなんてできませんでした。

 そういうことだと、思うんですよ。人の思考は言語に縛られつつも体系立てた言語で明文化できるほど単純ではなく、本心をそのまま伝えれば伝えるほどそれは論理から離れれてゆき、他人には理解できなくなる。逆に他人にできる論理まで思考と言葉のレベルを落とせば、理解はされども本心とは程遠い。

 人間の会話なんて、意識はしてなくとも、常に思考よりもずっとずっと低いレベルで整合性を保つように整備されています。それが他人と話すということです。頭が良いこと、回転が速いこと、許容量が大きいこと、優しいこと、これらはすべてそれの対極に位置し、他人との会話は、そういう意味では本当に全く以て優しさの正反対に位置する行為です。

 言葉なんて、こうして並べれば並べるほど、エージェントのオブジェクト指向を際立たせるだけだ。心は自分の中でさえお互いの心をなんて理解していない。ましてや他人にそれらを伝えようだなんて、ならどの心を話す? どの部分を話す? どの時間を話す? 誰と居るときの自分を伝える? 何処に置かれている自分を話せる?

 それらから、わかりやすく一貫性のあるかのような流れを抽出し、一貫性のあるかのような物語を作り出してできたもの、それが他人との、或いは自分との会話です。それこそが蝶番である、でも良いですが。

 童のときは語ることも童の如く、思うことも童の如く、論ずることも童の如くなりしが、人となりては童のことを棄てたり。今、我等鏡持て見る如く見るところ朧なり、されど彼の時には顔を対せて相ま見えん。

 自分自身にさえ、自分の本心なんて伝えられないのに、全く。そもそも君子が儒子にこんなことを語ること自体が、君子の君子たり得ない証拠なんですよ。

 嘘は、だから選択の結果です。相手が望み、自分が望み、それを選択したことだけが価値のあることで、語った嘘の内容は問題ではありません、それは嘘にも本心にもなり得ませんから。選択したこと、それだけが本心と呼ぶに相応しいものだから。

 というのも、恐らく理解してもらえない人には理解してもらえないでしょうし、理解してもらえる人には最初から言う必要もないという。

 ああ、すみません。本当にわからないですよね。

 わかって、もらいたいと思ったことも、ないのに。でも、わかってもらいたい。全部。何一つ、自分でさえわかってないのに。

 ただ、わかってもらえた気がしたし、わかった気がしたんです、あの瞬間。

 それだけで、もう。

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