いつか、これの贋物を自分の身体に取り付けたことがある。そんなことを思い出して、苦笑した。神根島にナナリーを取り戻しに行ったときのことだ、スザクと対峙したときのことだ。
流体サクラダイト。金色の機体は、夜の光と水の輝きを受けて、玉虫色に光っていた。ピンク色の爆弾を胸許から取り出すと、更にいろは絡み合って複雑な様相を見せる。
外装を開いて、回路の奥に取り付けた。ロロの身体が沈む、コックピットの近くに。
シャーリーの葬式にも行かず、俺は何をしているのだろう。自然、口唇が歪んだのを感じた。目が熱い。シャーリーが殺されて、シャーリーを殺した人間を、殺す算段を、何故、俺は。
…………。
なんで、ロロが。
あんな無邪気なかおで、あんなあかるいこえで、
(ロロ……良くやってくれた)
……そう、わらった俺と、どちらが壊れていたのだろう。
ロロは今、騎士団のところに遣っている。ああ、そういえば注意するのを忘れていた、騎士団の面子と問題を起こして殺したりはしないだろうか、騎士団の連中が武器を向けるようなことさえしなければ問題ないか。
シャーリーが何故銃を持っていたか、俺は知らない。マオのときを考えれば、何某かを決意したシャーリーが武器を持つこと自体は別に不自然には感じなかった。スザクと一緒でないことには一瞬不審を覚えたが、ナイトオブセブンの立場を考えれば何らかの行き違いがあったとしても不思議はない。
不思議はない。
のに、彼女が死んだことが今、不思議でならないのだった。
自分がかつて言ったとおりではないか、撃って良いのは撃たれる覚悟のある奴だけだ、と。
なのに、俺は彼女が撃たれる覚悟を持ってはいなかった。たとえ彼女がその覚悟を持っていたとしても、俺のほうが持ってはいなかった。俺の本物になりたいと、ゼロの正体を知る彼女が、記憶を取り戻し武器を手にして、言った意味なら考えるまでもなくはっきりしている。共に闘うという意味だ、それはいつ死んでも不思議はないということだ。
そんな位置に、俺が彼女を置けただろうか。騎士団に、彼女を連れていけただろうか。
否、だ。俺にそんな覚悟がない。彼女を戦わせて、いつ死ぬかわからない立場にして、そしていつ死んでしまうかもしれないなんて、俺にはそんな覚悟を付けることはできなかった。できなかった、ヴィレッタやマオのときから、ずっと。
彼女が銃を持っていたからといって俺を殺すことは絶対になかっただろうが、問題はそんなところにあったのではないことは、もうわかっている。
始末したほうが良かったのかもしれないと、俺の手で殺しておいたほうが良いのかもしれないと、一年前には思っていた。できなかったのは、俺の甘さだ。記憶を消した程度でごまかして、更に皇帝に記憶を弄られたことにお門違いに激怒して、……。
なんで、ロロが。
俺が放置してきたツケがこれか。シャーリーと、ロロを、両方。俺の尻拭いだとでも言うのか、あれが。なんで。
忘れていたのだ、あれが暗殺者だということを。あれは俺の記憶が戻ってからだって昔のままの弟のかおで、ゼロに銃を向けながら撃つこともできない甘ちゃんで、……そんな風に、あれのことを考えていたのに。
人を殺すのには、覚悟が要るのだと思っていた。だから言った、撃って良いのは撃たれる覚悟のある奴だけだ、と。
そんなことはないのだと、本当はわかっていたのに。
覚悟なんか要らない。あれはそんなものを欠片も必要とせず殺せる、覚悟どころか意識すらなく、殺したいという欲望もなく殺すつもりという意志すらなく、俺達が地面を歩くかのように殺しながら死体の上を歩ける、そんな暗殺者だと、情報では知っていたのに。無表情で人形のようなロロ、そんなものを俺は確かに見ていたのに。
何かしてやる度に、ほんの少し困ったようなかおをして戸惑っていた。或いは本当に初めての体験だったものが幾つもあっただろう。会長の妙に大掛かりなイベントには全く動じないくせに、日常のさりげないふれあいに揺れていた眸。ブラックリベリオンから潜入までの期間を考えれば、何を技術として準備してくる時間もなかったはずだ、器用なくせにナナリーよりも日常のことができない弟だった。俺はそれに何の疑問も持たずに、家事を教え、勉強を教え、季節を愛でることを教え、笑い合うことを教え、表情ひとつ作ることのできなかった弟が次第に何でもできるようになってゆくのを微笑ましく、愛おしく、眺めていた。この一年。
あの不自然さが、あれにできたことが、暗殺だけだったなんて、もうとっくに俺は知っていたのに。
できたよ、兄さん。
何かできる度に、嬉しそうに俺に報告してきた。元々頑張り屋だったけれど、俺が褒めると微笑んで、更に頑張っていた。頑張りすぎないように止めることのほうが難しかった。できないことでも、できるようになろうと頑張って、
「元々できることをやるなんて、簡単すぎて必要以上に頑張るに決まってるじゃないか……」
(しかし枢木スザクが居ます。殺しますか)
あのとき一緒に居なければ、天下のナイトオブラウンズのことだって殺していたはずだ、頑張り屋の弟は頑張って。
人を殺す重みもわからずに殺すのと、人を殺す重みをわかってて殺すのと、どちらが罪深いのだろう。わかっている。もうそういうことはするなとロロに言ったその口で、俺はずっと人殺しを続けてきた。それでどうしてロロが殺人を悪いことだのと思えるのだ。俺自身がそもそも悪いことだのと思ってはいないのに。ただ相手がシャーリーだっただけだ、俺がシャーリーのお父さんを殺してしまったときのような、単に相手が問題だっただけと、そんな考え方しかしていなかったのに。
爆弾を取り付けるのにさえ手の震えている俺。何一つ、俺は何一つ覚悟なんてできていなかった。ユフィを殺して尚、覚悟なんかできていなかった。大事な友人が殺されることにも、馴染みきった存在が殺すことにも、何一つ、覚悟なんて。
何度、覚悟したつもりになっていただろう。何度、したつもりだけで後悔してきただろう。
謝罪なんて。お父さんを殺して御免なさいと、シャーリーに、シャーリーのお母さんに、まともに謝ったこともなかった。何一つ言えるはずもなかった、俺はゼロだから。
ロロを謝らせたい、シャーリーに謝らせたい、土下座させてでも、殺してしまって御免なさいと、でもそれは。
俺が、まずシャーリーに謝れて、ないのに。
シャーリー。
シャーリー、ごめん、俺は、俺も、ロロにも、君に謝れない、謝らせられない。
代わりに、捧げる。覚悟を。
君と同じように、家族を殺される状況を、覚悟を、君に。
いや、殺す。この手できっと殺す、絶対に殺す、君が俺に家族を奪われたように、俺が、俺のこの手で奪う、俺から。
延ばしてしまった。褒めてしまった。嚮団に罪をなすりつけて、本当にロロを殺す覚悟もなかっただけだった、自分の罪に、あれの罪に、目を向けることを先延ばしにしただけだった。シャーリーを殺したあれを殺すことは、シャーリーのお父さんを殺した自分を殺すことだった。君を失った哀しみより、君の命を奪われた怒りより、自分の罪を直視することへの恐怖が先に立った。逃げた。
否、違う。あんな贋者。殺されたって、殺したって、失ったって、何の痛みもない、あんな贋者。ああ、それではでもシャーリーに捧げる意味もない、あんなのが死んだって、なんの重みも。
生に価値なんかない。人殺しなんか罪でもない。ただ殺された人に対する愛情だけが、殺された人を大事に思う生きてる人間に対する愛情だけが、生死にまるで意味があるかのように錯覚させるだけだ。
あんな不明ばかりの個人情報で、偽りばかりの経歴で、あんな子供が死んだって誰も哀しみなんか。あいつの生にも死にも、何の価値もあるものか。誰一人あんな、世界に初めから存在しないからのような嘘の塊のこどもなんかが世界から消えたって、誰一人悼んだりなんか。
だれひとり、あいしたりなんか。
…………。
兄が。
あれの、兄が。
もう世界の何処にも存在しないあれの兄が、泣くと思っていなかったら、そもそも。
わかっていた。それからすらも、俺は目を逸らしたいのだった。愛していることからも、憎んでいることからも、目を逸らして、逸らし続けて。
憎かった。シャーリーを殺したあいつが。
憎かった。あいつをあんなことしかできない何かに作り上げた奴等が。
憎かった。シャーリーの殺害を可能にしたギアスが。
憎かった。シャーリーの記憶を奪った自分が。
憎かった。学園の皆の記憶を改竄した皇帝が。
憎かった。シャーリーの記憶を取り戻させたジェレミアが。
憎かった。憎かった、世界の何もかも。
これが、人殺しをするということの、重みなのだ……と。
こんな、自分が殺したのではない殺人で、思い知るなんて。
……すべてを放り投げ出せたら、楽なのだろう。今だったらなかったことにできる、ああ本当に。いつだって、なかったことにできる、すべてを捨てて、すべてを忘れて。
捨てられないのは、愛しているからだ。シャーリーのことも、ロロのことも、嚮団だって、ギアスだって、父上のことだって、世界のすべてを。世界と、繋がって生きているから。
自分が殺されたくないから、殺さないという建前を掲げるだけなのだ、わかっている。だからロロは、殺されることにも殺すことにも意味など求めないのだ、わかっている。世界との繋がりのない人間が、どうして世界から切り離されることを恐れよう。自分が世界から切り離されることを恐れないのに、他人を世界から切り離す行為に何か欲望や快楽や罪悪感や不快感や、そんなものを感じたりするはずもないのだ。
だって、あれと繋がっていたかもしれない唯一の兄は、もう世界の何処にも居ない。
ああならなくてはならないのか。あれのようにならなくては、世界のすべてに反逆することなど不可能なのか。あれのように世界と隔絶していなければ、世界を敵に回しても戦うことなど許されないのか。
…………。
ならば、なってみせようではないか。
シャーリーの死に報いるためにも、あのこどものような修羅を通り越した
そうすれば。