最初から、嘘しかない関係だった。
あなたに植え付けられた偽りの記憶、あなたの妹と置き換えられた僕、僕はあなたの弟として振る舞う度にあなたに嘘を吐いていたし、あなたは弟として僕を愛する度に自分自身に嘘を吐いていた。
あなたにもらった誕生日、ナナリーの誕生日、誕生日も嘘、ロケットの中身はあなたとナナリーの写真だった。機情も見逃していたらしいこの写真は、あなたに残った唯一の嘘ではない真実なのだろうと思った。その記憶も、今は書き換えられて、あなたと僕のものだと思っているのだろうけれど、でも、その嘘を真実にしてあなたと僕の写真に換えることはできないと、思った。だって僕が持ってるあなたの真実は、きっとこれだけだろうから。すべてが嘘であることを、忘れないために。
愛情も嘘。想い出も嘘。何もかも嘘だと、でも思っていたのにあなたは、与えられた嘘を取り去った本物のはずのあなたは、たった一年の想い出が本物だったなんて、嗚呼またそんな嘘を重ねて。
「嘘は吐かないよ、おまえにだけは」
そんな嘘で、騙されたいだなんて。
信じたいよ。
信じたかったよ。
……信じていたよ。
どうせ嘘しかなかったから、嘘で良かったんだ。それだけが僕の知っているぬくもり、それだけが僕の真実。記憶が戻ってから更に優しい口調、細められた眸、ふれる指先、まるで作り物のお伽噺のようにうつくしい作り物のあなたの愛情、でもそれで良かった。それがほしかった。冷たい真実なんかよりも暖かい嘘がほしかった。どうせ嘘ならあり得ないくらいに僕だけを見て、僕だけを愛して、そして僕を利用して、……。
綺麗だね、嘘ばっかりの世界で、こんなにもあなたの愛だけは、本当に。
だから。
「殺させない……絶対に!」
誰にも。たとえあなたに生きる意味がなくなっても、僕にとっての生きる意味が、あなただから。
「こんな広範囲でギアスを……ロロ、これ以上は、おまえの心臓が保たない!」
優しい人。そして可哀相なひと。僕を殺したかったと言ったそのくちで、僕の身体の心配なんて。あなたは憎い相手を憎む方法すら知らないのか。そんな嘘が、まるで本物の愛情のように聞こえるような必死さで。
なんて嘘吐きで、なんてやさしいひと。もう、それだけで、僕は。
「もう、良いんだロロ……俺はもう」
「駄目だよ兄さん、だって」
「やめ」
ギアスを発動する。追撃してきた騎士団、彼等が何故いきなりゼロを裏切ったのか、僕は知らない。シャーリー・フェネットが何故記憶を取り戻して銃を持っていたのかも、僕は知らない。僕はいつも何も知らない、誰も何も教えてはくれなかった、いつだって僕は何も知らされていない、ただの駒だった。
ただ、あなただけが。
あなただけが、僕に愛を教えてくれた。
だから、それだけで良い。理由なんかなくて良い、何も知らないままの道具で良い、ただあなたを、あなたを傷付けるすべてのものから守るだけだ、僕が。
操縦者の制御を失ったナイトメアフレームが海に落ちてゆく。ああ、落ちて、
「僕はずっと、誰かの道具だった」
「るんだロロ、どうして俺なんかをた」
意識が、落ちて、
「僕は嚮団の道具で、……」
「すけるんだ、俺」
心臓、が。
「その次は兄さんの」
あなたが愛してくれるなら、あなただけの道具で良かった。
胸を押さえる。
「確かに、僕は兄さんに使われていただけなのかもしれない……でも、あの時間だけは。本物だった……!」
あなたと過ごした時間だけは、嘘にまみれた嘘ばかりのやさしい時間だけは、僕の、真実。
「はおまえのことを」
そんな、嘘じゃなくて本心を言ってまで、あなたは最後まで本当に弟を守ろうと、偽りの弟を守ろうと、なんでそんなに。
「あの、想い出のおかげで……漸く僕は」
だから、どうか、あと少し、少しだけで良いから、今度は僕に、僕があなたを守る力を、守れる時間を。
「人間になれた……!」
元から壊れている、失敗作の人形だけど、人形だったんだから、せめて今くらい心臓まで、贋物に。
「利用して……ロロ!」
限界なのを気付かれた。あなたの体感時間だと本当に一瞬一瞬で状況が変わっていっているだろうに、本当に凄い人。頭の回転の速い人。思考の切り替えの速い人。僕の、自慢の兄だった。今でも。
僕は、自慢どころか多分不肖の弟だっただろう僕は、それでも、あなたの役に少しは立てたのだろうか。道具ではなくなった、人間の弟の、僕でも。
「だから、もう、僕は」
だからもう僕は、あなたの優しい真実なんかには、もう、騙されない。
「やめてくれ! ギアスを使うな! 死にたいのか!」
死にたくないから、……今、生きてるから、あなたに逢って僕はやっと生き始めたから、だから、僕はあなたを、
「僕は、道具じゃ、ない……ッ! これは、僕の……意志なんだから……!」
あなたを、僕の、意志で。
軽アヴァロンを撃墜する。これで敵性ナイトメアは追ってこられないだろう。あなたは死なない。死なせない。
嘘の中で、僕が、守るから。
「ロロ……どうして俺を助けた。俺はおまえを」
「兄さんは、……嘘吐きだから」
「え……」
あなたを傷付ける真実なんて要らない。嘘で良いよ。だからそんな、嘘を吐いていたことに傷付かないで、そんなかお、しないで。
僕になら、いくらでも嘘吐いて、良いから。
「嘘、だよね……僕を殺そうとしたなんて、……僕が、嫌い、……なんて」
全部の冷たい真実を、僕が、全部、全部嘘にしてあげるから。
だから、どうか。どうか、泣かないで。
「……そうか、すっかり見抜かれてるな」
あなたは、僕を包み込んでくれた、あのきれいな笑顔のままで。
「さすがは俺の弟だ」
そう、わらって。嘘のようにうつくしく、わらって。偽りの弟のことを、自慢げに、愛おしげに、語って、いつも。
「そう……だよ? 僕は、兄さんのことなら、なんでも、わかる、……だ……」
なに、ひとつ、わからないままで。真実なんて、なにひとつ、わからないままで、良い。嘘を、全部信じてあげるから。
あなたが、僕を愛してくれたことだけを、信じていくから。だから。
あなたは、あなたが、だれよりもやさしいひとなのだと、やさしいせかいをつくれるひとなのだと、どうかうそでもいいから、しんじて。いきて。
あなたはさいごまでたったひとりぼくをあいしてくれたひと。
にいさん。
「ああ、そうだよ……おまえの兄は、嘘吐きなんだ。……ロロ」