「……ルルーシュは?」
「大丈夫だ。甘言にも乗らずにちゃんと立っている。おまえも性格が悪いな、飴に毒を仕込むなんて」
「そうだね、それで本当に死んでしまうなら、そこまでの男だ」
そうなれば自分が殺す、ということなのだろう。C.C.の知っている枢木スザクという子供は、そんな人間だった。八年の間にとても変わった、とかつてルルーシュはC.C.に語ったけれど、八年前しか知らないC.C.にとっては、スザクとはこういう人間であった。
目的のためには傲慢な子供だった。結果のために自らの力を振るうことを厭わない子供だった。
変わった、と言っても恐らく、父を殺したことで己の力の強大さに怯えただけだったのだろう、制御さえ覚えてしまえばもはや躊躇いはないように見えた。母を、妹を守れなかったことで己の力の至らなさに絶望したルルーシュとは、本当に対称的な男だった。
だからこそ、C.C.を道具として使うことにも、自分自身を道具として使うことにも、躊躇いがない。
「おまえの鞭は、時折仮面じゃないように見えることがあるよ」
「君の飴も、仮面じゃないように見えることがあるよ。……ルルーシュを大事にしてくれて、有難う」
全く以て素直な男だ。
「やれやれ。私の役目こそが鞭だったはずなんだがな」
「君は鞭になるには覚悟が足りない、そうだろう?」
そして酷い男かもしれない。彼をそう断じるには、やはりC.C.には覚悟が足りなかったのだけれども。
「確かに、飴になるには覚悟など必要ないな」
ルルーシュにとって、C.C.が飴になりきれないことなど決まっている。と、言外にスザクはC.C.の欄外を告げていた。
ルルーシュにとっての飴が何かなど、初めから決まっていたのだ。だからこそ、その飴に乗らないだけの覚悟をルルーシュに付けさせなければならなかった。
「ルルーシュの共犯者」だのと、スザクがC.C.に求めるものは全く以て結果的に鞭でしかないというのに。
「そうかな、少なくとも僕には覚悟が必要だけど」
「ブラックリベリオン前、散々ルルーシュを甘やかしていたくせに、か?」
「違うかな。散々真実から逃げていただけだ、僕は」
そう言うスザクの貌はやけに晴々としている。己を知る、ということはそれだけで救いになることもある。C.C.の知る限り、スザクに与えられた飴も鞭も共に桃色だったと思うのだが、そのユフィを亡くし、そのフレイヤで亡くさせられ、彼は何を手に入れたのだろう。
父を殺し、罰を求め、死を追いかけ、ルルーシュとナナリーの幸せを望み続けて、そして今、彼等にとっての鞭となる立場を選んでいる。
「それでも、おまえは存在自体があいつの飴だろう」
「ルルーシュがまだそんな幻想を抱いてるんだとしたら、本気でぶっ飛ばしてくるけど」
「一発で死ぬから、せめて本気で羽根で撫でるくらいにしてやってくれ」
「やっぱり君が飴じゃないか」
この一ヶ月、まるで硬い表情で過ごしていたのが嘘のように華やかにわらったスザクに、C.C.が目を見開いた。この無邪気な笑顔、九年前には良く見た表情、ルルーシュやナナリーにずっと見せていた衒いのないえがお。
「……『良く仮面を被り続けたな』」
「ん? 別に、ルルーシュに厳しくすることは全く吝かではないよ。元々、僕はユフィの敵を恨んでいるんだし」
そんな台詞は、朗らかに笑いながら言うものではないのだ。
「スザク……『もう充分じゃないのか。おまえは良くやった』」
「……? シーツー?」
「『おまえは今迄ナナリー』とルルーシュのために頑張ってきたんじゃないか……少しくらいあいつに笑顔を見せてしまっても、誰もおまえを責めたりはしないさ……どうせ私達三人しか、もう居ない」
弾かれたようにスザクはC.C.を見詰めるが、C.C.の表情は相変わらずの仮面のままだった。その仮面に、盾という名を与えたのはスザクだ。まさかその盾を、自分にまで伸ばされるとは、スザクもまるで考えてはいなかった。
会話が甦る。
(後悔を?)
(まさか……。私は、永遠の時を生きる魔女。捨てたんだ、人間らしさなんか)
盾が。その仮面が、彼女の仮面のない素顔に近いと、思ったから。
(おまえも性格が悪いな、飴に毒を仕込むなんて)
むしろ毒に飴が含まれれば良いと、スザクは期待していただけだった。自分とはまるで似ていないC.C.に。
(君の飴も、仮面じゃないように見えることがあるよ)
「……大丈夫だよ。君が居る」
「……甘言には乗らない、と?」
「ルルーシュが居るし」
「そうだな。ルルーシュが居る」
「良く仮面を被り続けたね」
スザクはもはや仮面を被ってはいなかった。幼い表情でゆるく口許に曲線を乗せ、ああ彼は童顔だったのだとC.C.に再確認をさせる。
「そうとも、私はシーツーだからな」
C.C.という仮面のないまま、C.C.もまた、わらった。