時よ止まれ、汝は如何にも美しい。

Novel

 誰も僕と同じ時間は生きられない。

 そう、少し切なく思うことができるようになったのも、多分偽りの兄弟関係に居心地の好さを感じ始めてからのことだろう。

 誰とも一緒に生きられなくて良いと思っていた。諦めより先に単なる事実として思っていた。

 対象の前でギアスを使ってはならない長期任務、きっと最初、そのせいで錯覚してしまっただけなのだろうけど。

 ギアスのない生活、溢れるような愛情とやらを注がれる生活、賑やかで笑顔に溢れてておままごとのような生温い生活、そんな時間はあまりにもゆったりと優しく流れて、僕は錯覚してしまったのだ。僕も、人と同じようなゆっくりとした時間を生きられる人間なのかもしれないと。そんな、甘い期待を。否、期待にすらならない儚い夢を。

 でも、ルルーシュが記憶を取り戻したとき、そんな未練はきっぱりと捨てるつもりだったのに。どちらにしても、たとえギアスを失ったとしても、そんな未来を夢見ることは許されていない立場だったから。

 なのに。

「おまえの未来は、俺と」

 そんなものは、

「ロロには、人殺しがある世界なんて似合わない」

僕に似合わない未来は、ゆったりと誰かと生きる優しい世界のほうで、

「おまえの居場所は、ここにある」

そんな、今迄の僕を全部否定する言葉で。

 否定、されて生まれたのは誰だったのだろう。ルルーシュは僕ではない誰かを、その否定によって生み出そうとしていたけれど、それは記憶のなかった頃のあの人に都合の良かった従順な弟なのか、それとも記憶の戻ったあの人に都合の良い有益で従順な駒なのか。

 わからなかった。そのどちらも、あの人の求めるものとは何か違っているような気もしたし、僕が求めているものとも何か違っているような気がした。

 気は、したのだけれど。

 たった一つしかなかった選択肢があの人の言葉によって二つに増えただけで、まるでそれが普通の人の、普通の時間に生きる人達の、選択できる人生のように思えてしまったのは事実だった。そして選択肢を増やしてくれた人は、あれば良いと夢見ていたゆったりとした時間の中で、ゆったりとした時間を一緒に作ってくれた唯一のあたたかな人で、

「そういうことはもうやめろ」

暗殺なんて、似合わないことは、もうやめろと。

 暗殺を止めるということは、ギアスの使用を止めるということだった。ギアスを使わないということは、他の人と同じ時間を生きられるということだった。

 可能なのだろうか。そんなことが。ギアスを使うことしか許されてこなかった僕に、そんなことが許されるのだろうか。

 ルルーシュについていけば、そんな時間が許されるのだろうか。

 ルルーシュと、……兄さんと、同じ時間を生きてゆくことが、できるのだろうか。

 殺しを苦だと思ったことはないし、ギアスの使用は多少苦しくても必要なことだった。僕ができるのは本当にそれだけだったし、それを行わないということは僕が僕でなくなるということだった。何一つできない何かになることだった。ルルーシュが言ったのも、多分そういうことなんだろう。そういう存在ではない誰かの僕で、別のことできる何かを始めて、未来を共に作ろうと。

 苦しくは、ない。暗殺なんて、やめてもやめなくても本当はどうでも良かったのかもしれないけれど、でも、あの人の言うようにそんなのが似合わない僕というものがもし存在するのならば、そんな僕は、どんな僕だったとしても、ギアスを使わないんだから、あの人と一緒に生きてゆけるのだろうか。

 兄さんと。

 そんな、夢を見て、しまっただけなのだけれど。

「もう、良いんだロロ……俺はもう」

「駄目だよ兄さん、だって」

「やめ」

 そんな夢より、大事なものが、あった。だからこそそんな夢を見てしまっていたのだと、漸く気付けた。

「僕はずっと、誰かの道具だった」

 暗殺の道具である、僕にしかできないことが、あった。ギアスを使わなくてはできないことが今、まさに今、ここにある。

「るんだロロ、どうして俺なんかをた」

「僕は嚮団の道具で」

「すけるんだ、俺」

「その次は兄さんの」

 会話がどうしようもなくずれてゆく。ほら、兄さんだって僕と同じ時間は生きられない。本当はそんなこと、初めからわかってた。ただ、夢を見てみたかっただけだった。

 ギアスの使い手、暗殺者、そんなものじゃない僕なんて、この世界の何処にも存在なんかしていなかった。選択肢なんて、初めから何もなかった。でも何一つ存在していなかったおかげで、今僕は、夢よりも大事なものを守ることができる。

「確かに、僕は兄さんに使われていただけなのかもしれない……でも、あの時間だけは。本物だった……!」

 だから、あなたが否定した人殺しのある世界の似合う僕は、そんな世界しか知らない僕は、結局あなたの求めた従順な弟にも、従順な駒にもなれませんでした。

 本物だったから。あなたが求めた僕は、贋者の僕だったかもしれないけれど、あなたと同じ時間を過ごせる弟か道具かだったのかもしれないけれど、でも。

「はおまえのことを」

「あの、想い出のおかげで……漸く僕は」

 あなたが求めたのではない暗殺者の僕でしか、できないことで今、あなたを守ることができる。そんな僕を、僕は選択する。たった一本しかない道を、僕は選択する。選択することが、僕が唯一持っている、あなたを愛する弟だという誇り、なのです。

 あなたに求められたのではない、自分で選んだ弟の、かおで、今。

「人間になれた……!」

「利用して……ロロ!」

 利用されてあげることもできなくて、ごめんなさい、兄さん。

 ほんの一時、立ち止まっていた。ギアスを使わない時間、あなたもギアスを忘れている時間、あなたと兄弟になった夢を見て、でも記憶を取り戻してからも、あなたは僕にギアスを使えとは言わなかったし、あなたも僕にギアスを使わなかった。

 あの、ほんの一瞬。誰とも同じ時間を生きることのできない僕が、でもあの一瞬だけは、あなたと生きてた。

 だから今、あなたのために生きる。一緒には生きられないけど、あなたのために、今、生きてる。

 生きて、そして。

(大丈夫、僕だけは何処にも行かない。ずっと、兄さんと一緒だから)

 ほしかった、ほしかった、あなたと生きられる時間、あなたと一緒の未来、ほしかった、何を犠牲にしても、誰を犠牲にしても、僕が、僕が兄さんと、ほしかった。

 ほしかった、けど。

 ごめんね、約束したのに。ずっと一緒に居られなくて。兄さんは約束守ってくれたのに、僕は約束破って、ごめんね、兄さん。

 どうか、あなたはあのやさしい時間の中で、生きて。

 僕は結局、ギアスの使い手でしかあり得ませんでした。誰とも一緒に生きられない人間でしかありませんでした。欠陥品だから、一人で生きることすらできない道具でした。でも、あなたの弟でした。あなたが弟にしてくれました。あなたの望む形ではなかったと思うけれど、これが僕に作れる精一杯のあなたの弟でした。

 兄さん。僕の、にいさん。

 どうか、時よ。

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