月を指せば指を認む

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 にゃあという声に惹かれて登った屋根には先客、しかもチームメイト、しかも咢さん。何たる偶然、空は快晴、気分の悪いはずもない。

 どうしたんだよこんなとこで何猫とたわむれてんのと笑ったらふいと視線を外された。猫二匹、それが俺の正直な感想。

 足にまとわりつく猫をつぶさないようにと気でもつかっているのか不自然に身体を曲げて座りこんだ咢に近寄る、お猫様咢様、となりに座ってもよろしいでしょうか?

「空気より薄そうなクセしてテメェでも足に負担かかんのかよ」

「少なくともおまえよか体重あると思うんですけどっ」

 嗚呼やっぱり女王様。

 そのままツッコムでもなく空に向いた視線を了承の印と取って同じように体育座り、足の間をすり抜けてくるほそい猫。

「ノラ?」

「知らん」

「おまえの兄ちゃんが冷たいぞニャンコ」

「誰が兄だ」

 咢の視線の先には空かと思っていたら青に浮かぶ白い月、果して奴がそれを見ているのかどうかは俺には知れなかったがまぁそういうことにしておけば何となく今日にふさわしくロマンティックでイイ感じ。

「月」

「……」

「おまえやイッキなら捕まえられるんだなぁって思うことがあるんだ」

「……」

「月って手に入らないモンの象徴だろ? でもおまえたちならさ、月のほうを引き寄せちまいそうとか思っちまうんだよな、はは、これも薄い奴の思考回路っぽい?」

 自虐というわけでもないけれど、咢たちならそもそも月を届かないものと考えることもなさそうだと感じる、それは月どころかそんな奴等に届かないことへの劣等感だし、そんな奴等がいることそのものに対する安心感? 咢にわかってもらおうとは思わないしわかってもらえるとも思わないしわかってもらえないことに俺は安堵もするのだろうが、いずれ咢のための言葉ではない俺のための言葉、また無視されるものだと思っていた。しかし。

「眼鏡女とおんなじようなこと言うんだな……」

「……へ? 林檎? だよな?」

「カラスに対してな。自分じゃなくて周囲を変えていく力が奴にはあるって、でもそれは」

 ああ林檎なら言いそう。そう思った、あの子はとても現実的で自分が現実には追いつかないことを知っていてそれでも腐るでもなく現実に向かっていけて、そしてイッキに夢を見ている、そんなところまで好きなあの子。

「それは、単に、月にしかなれないだけじゃないか、とか」

「……咢?」

「仕事ができることとな、仕事ができると周囲に見られることってのはな、別物なんだよ」

 咢の言葉はいつも散文的で、俺には繋がっているのか別の話に飛んだのかそれすらもわからなかったけれど、いずれにしろまともな意味で仕事などしたことのない中学生に話す内容としては適切ではない気がした、ならばこれはさっきの俺と同じ、咢自身のための言葉なのだろうかと傾げる首、首には鈴はなく音は鳴らない。

 なついてきた猫を撫でながら奴は言う、

「おまえや眼鏡女やコーヒー豚はそうだな、社会に出てもそれなりに仕事もできるし、仕事ができると周囲に評価されるタイプだろう。だけどカラスや海人や、多分亜紀人も俺も、上には立てても、歯車にはなれない」

「……? じゃ、トップになりゃいいんじゃねェの?」

「……俺は猫が好きだ」

「え?」

 猫を抱きあげて俺に押しつけると立ちあがる、そして爽やかな、それは晴れやかな笑顔で宣う彼。

「あのバカガラスはどうだか知んねェが、少なくとも俺は、てっぺんがないことを知ってるから飛べる、月までもどこまでも、飛ぶことしかできない」

 と空に飛びたった猫もとい鳥一羽。地に残された猫二匹。空は快晴、なんて晴れやかに物哀しい透明なあお、ぽつんと浮かぶ月ひとつ。

 にゃあと泣く猫二匹。空を泣く鳥一羽。

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