舞妓姿の君を見ておもいだす。
毎年三人で遊んでいた夏祭り。一度だけ君とふたりきりで回ったことがあった。
君がひとりで来たとき、また奴は遅刻したのかと、僕は笑ったものだったが、ごめんねカズ君、イッキ来れなくなっちゃったの、と頭を下げられて、僕は心臓がはねるのを止められなかった。ええと、じゃあふたりだけ? なさけないほどにかすれた声でそう問えば、ごめんねごめんね私とじゃつまんないよね、帰ろっか、と言われ、あわてて首を振る。
つまんないだなんて、とんでもない。ふたりでめいっぱい回ろう、わたあめもたこ焼きもリンゴ飴も食べよう、盆踊り踊って射的やって金魚すくって、めいっぱいあいつに来れなかったこと後悔させてやろう。
まくしたてたら、君は笑ってくれた。うんそうだね、じゃあカズ君、よろしくね。
カラン、と下駄が鳴った。君が僕に近づいたのだ、ふいに目頭が熱くなった。
慣れない履き物にふだんより歩みの遅い君を見てかわいいと思う、手をさしのべて大丈夫つかまる? と言いたいけれど、それはあまりに不純な気がして、僕は声をつまらせたのだった。代わりに止まる、引き飴屋に、ヨーヨーすくいに、すれ違う浴衣の女の子に。目がいくのだというふりで歩みを止める、君はほっとしたように止まる、それだけでせいいっぱいだった。
本当は何も目になど入ってはいなくて、君の髪に、うなじに、首筋に、幾重もの布でかくされた君の身体に、うすい網をすくう仕草に、ふくれる飴糸を見つめる表情に、流れおちるパチンコ玉を追う視線に、君とおなじ名の果実をつつむ飴にふれるくちびるに、焚きしめられたかぐわしい香りに、僕はとらわれっぱなしだった。見つめては、視線が合うとそらしてしまう、君にそれがどう見えていたか、考える余裕もなかった。
やがて盆踊りのやぐらについたとき、君は困ったように笑って言った、ごめんねカズ君、踊ってきていいよ。君はたぶん足が痛むのだろうと思い、いいよ今年は、と石段に座りこんだ。でもちょっと見てこ? と見上げたら、うん、ごめんね、とまた謝られて、僕は困惑する。どうして謝るの、別におどりたいわけじゃないよ? となりにハンカチをしいて君を座らせた。どうしてそんな顔をするの?
君はだまっていた。うつむいていた。
祭り囃子のただなかで、僕たちはしばらくだまってみんなの踊りに興じる様を眺めた。そういえば言ってなかったと思い出す。
ゆかた、似合ってる。
え、とようやく僕のほうをむいた君にせいいっぱい笑いかけた。浴衣、それ今年はじめてのだろ? よく似合ってる。
純粋にそう思っていた、かすれてにじむ朝顔が藍地に映えて君の白さを引き立てて、本当にきれいだと思っていたんだ。ただ胸がいっぱいで口に出すのを忘れていただけだったんだ。
こんな泣きそうな顔をされるとは思ってもいなかった。
いやだった? ごめんなもう言わないから、気を悪くしたなら許して。
必死に頭を下げる僕に、違うの本当にちがうのカズ君ごめん、うれしいよと君は首をふってくれたが、目には泪が浮かんでいた。本当にちがうの、うれしい、来てよかった。そう言って君は泣く。
考えたくなかったのだ、君がなぜひとりでここに来たのかだのと。けんかしたの? けなされたの? 彼のことだ、どうせ褒めはしないと思っていたけれど、そしてそれはけして彼のせいではないのだけれど、でも君の泪はたまらなかった。たまらなくて、でもここで彼にたいして怒れれば良いものを、僕はそれもできない。それをするには、僕は彼を知りすぎている。そして君を知りすぎている。
とおくで、どぉん、ぱぁ、しゅうう、どおん。音がした。うつむいていた君が顔を上げる。おどろいたねカズ君、今年からこんなのはじまったんだね。
きれい、とこちらを向いて、泪の残るかおでほほえんだ君の、ひとみに花火がうつって、うんきれいだね、きれいだ……と僕が泣きそうになった、あの日。
あの日から、君は、彼は、僕は、僕達は、何かが変わったんだろうか。君がずっときれいになったことのほかに。