漂流の羽根

Novel

 何が苦手かって、自分の考えを見透かすような輩が苦手だった。そういう人間なのだ自分は、と自覚した頃には、樹の周囲には信者ばかりだった。煎じ詰めれば当然。理解なしに遠くから愛してくれる相手、そんなものを求めた結果がこれだ。

 だから、樹は宇童アキラが苦手だった。あの目。咢と同じ琥珀色の獣の眸、だが咢にはないヒトとしての経験が、樹の良く見知った諦念と切望が、そこには色を帯びて渦巻いている。

 自分と同じ匂いがする。

 鰐島家、つまりトレーラーからの脱走後、亜紀人が吃り気味に小声で話した、兄やアキラとの過去話。樹の胸で、背で、樹の腕に体重を支えられながら、方向確認の合間に、亜紀人はそんな想い出を語ったのだった。

 些かの嫉妬。彼等にも、自分以外の大切な想い出があったのだと。

 些かの安堵。彼等にも、自分以外の大切な想い出があったのだと。

「だから……宇童君、仕方なかったと思うんだ、僕はね。蓮花ちゃんしか居なかったから。蓮花ちゃんが、たったひとつの宇童君の聖域だったから」

 おまえにとっての咢がそうであるように? 声には出せなかった。

 樹が気を失っていた間に終結した超獣戦、警察介入の経緯は後に葛馬から聞いてはいたが、さりとてアキラの奇妙な行動の所以が語られたわけではなかった。それは今、亜紀人によって語られている。

 ただ一つ得た肯定のために、今迄の世界のすべてを否定した男。

 なまじ考えの根本が理解できない人間よりも、行動原理が実感として理解できる、それでいて違うスタンスの人間を、樹は苦手としていた。同じ状況で同じ行動原理で、別の行動を選んだ人間。それはもう樹にとって、憎悪にも等しく恐怖の対象だった。そういう人間と相対することは、自分の選んできた道選んできた道、すべてが間違っていたのではないかという、生存理由の喪失にも繋がる思いだった。

 そうしてなればこそ樹は顔を上げる。顔を上げ、天を睨む。正しいと言い放つ。正義を掲げる。己という正義を。

 それは死にたいという希望にひどく似ていたし、生きたいという絶望にひどく近かった。

 地に足の着いていない感覚。足下がふらつく。

「イッキ君、御免ね……疲れたよね」

「バーカ、俺様がンな弱っちいわけねェだろ」

 そうして誰だかわからなくなるのだ、自分の話しているのが誰なのか、亜紀人と話しているのは誰なのか、アキラを恐れているのは誰なのか。良く知りもしない相手に傷付くのは莫迦らしいと思いながらも、樹はアキラの行動にいたく不安にならざるを得ないのだ。自分も「得てしまったら」彼のように、かつての世界を壊すのだろうか、それを守るために命を賭けるようになってしまうのだろうか、己のすべてを否定して。

 そうして気付くのだ。アキラを苦手とする、それと同じ感覚で、自分は亜紀人と咢の信頼に目を瞑っているのだと。仮にシムカに愛されたとしても自分はそれを恐れるのだろうか、と俯くと、亜紀人と視線が絡んだ。

 恋心だなんて、本当は幻想にしか過ぎないものとすら考えている。考え、だからこそ渡り鳥に縋っているのだし、腕の中のぬくもりからも目を背けているのだとも気付いている。遠い手の届かない人だったり、信者だったり、そんな距離がないと駄目なのだと知っている。多分、自分は恋などできない。この歳でそう結論付けるのは愚かと思いながらも、愛されることができない自分というものを致命的だとも感じている。

 いずれ何処ぞの女性とキスをしてセックスをして結婚をして子供を作って、そんな未来が待っているにしろ、それでも自分は決して手に入らないだろう何かを求めて放浪し続けるような気が、樹にはしてならないのだった。

 エア・トレックがその手段になれば良い、と思う。手段、それは決して目的ではなく。

 何物をもこの手に掴めないように、常に自分を正しいと言えるように。

「イッキ君」

「んぬ?」

「御免ね、有難う……」

「アホンダラ、おまえは我が下僕、王様ってのは下僕を守るもんなんじゃ」

 どうか何者をもこの手には掴めないように。

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