3.5話 螢子さんと蔵馬さん

「しっかし思うんですけど」

「うん?」

「幽助が蔵馬さん食べたのって果てしなくエロいと思うんですけど、セックスよりも」

「螢子ちゃんが、そういうことを臆面もなく言おうとする人格に成長したのは、予想範囲外だったかもしれない」

「やったー、褒められちゃった。いやだよ褒めてないってばアタシってバ」

「……ぼたんに似てきましたねぇ。いや褒めてますよ」

「ぼたんさんは結構あたしの理想です。うん、霊界人にはないものかもしれませんけど、食欲と性欲ってとても近いと思うんですよね、人間の場合。幽助の場合は良くわかんないけど。妖怪もそうなんですか?」

「妖怪には或る意味性欲って存在しないからね、相手を犯すのは征服欲が主ですよ、単体生殖できる種族多いし。食欲もなきゃ困るけど、旨い不味いをそこまで求めないから調理法も発達していないし。要するにあまり激しく好き嫌いという感情を抱かないというか、そういう文化がないというか。だから考えない、考える土壌がない。感情としては存在するかもしれませんが、思考としての好悪が存在しない」

「ははあ。まぁ人間は食べることも性交することも、しないとすぐ滅んじゃう弱い生物ですからね。それを食欲だの性欲だのと如何にも本能です逃れられませーんって言っちゃえば確かに簡単ですね」

「更にはその欲望に愛情という名まで付けてそれを推奨しようとするシステムはなかなか興味深いですよ。確かに或る程度理に適っている、文化による効率的な洗脳です。地球上に人間の数が少ない際には多夫多妻制が文化でしたし、数が多くなってからは一夫一妻制にはびこる恋愛主義、工業と商業主義の発達と共に母性や父性なども近代以降にできた概念ですしね、そういうものを本能として埋め込んで疑うということをあまりしないでいられる鈍感さが、人間というシステムの最大の特徴だとオレは思っています」

「ピーター・バーガー読みました?」

「昔ね」

「特に日本人は、自分がこんなにも宗教に浸りきってるなんてことを考えもしないことが多いですね。それによる特殊なヌミノーゼも研究の対象として貴重でしょうが、何て言うかそういうのが……幽助を傷付けてきたんだと思うと許せない」

「君もね、螢子ちゃん」

「あたしはどうでも良いです。お陰でこうして蔵馬さんと話せるあたしなんだし」

「うん、それは嬉しいけどね、でもどうでも良くはないよ。君が最初に言ったように、本能とされる食欲と性欲が近いものならば、或いはポルノで良く囁かれるように性欲と暴力が近いものならば、例えばレイプを或る意味で肯定してしまうことになる、理性という言葉を対立項に置くことによってより一層、ね」

「ああ……そうか」

「それよりは、本能なんて概念を忘れて、ただ文化による学習の結果としての食欲なり性欲なりを考えたほうがずっと安全なんです。無論これは弱者を守ることを目的として考えた効率性の話ですから、力がすべての魔界では通用しない理論ですし、いずれ人間界も変わるかもしれませんが、確実に人間よりも肉体的に強靱な妖怪が跋扈する時代になるだろう今、実際に本能が存在するか否かは別として、そう考える土壌は培っておかないと人間は後で痛い目を見ます。我が身に戻ってくるってね」

「そうですね、あたしだったらそう考えたほうが楽です、人間の中でも更に弱い生き物ですし」

「良く女性のほうが協調性があるって言われるけど、それが理由かもしれませんねぇ」

「でもわかんないなぁ、蔵馬さんはどっちの人なの?」

「今はあなたが目の前に居ますから。オレとしては螢子ちゃんと幽助の子供、見たいですし」

「あたしは幽助と結婚したくありませーん」

「あはは、だったらオレとしますか?」

「ああ、それも良いですねぇ」